035:近代兵器の限界
【第三層群屋上庭園】
「マリーさん、このダンジョンの技術水準は21世紀だったな。周囲は江戸時代。代官に騎士団を頼まなくても、技術力の差で海賊退治は出来ないのか。」
「マスター、近代兵器は生産技術の裏付けがあって初めて活躍出来ます。」
「本には便利な機械がいろいろ、それこそ写真付きで載っているのに、手に入らない。というのが問題だなぁ。」
ダンジョンマスターが愚痴る。
「基本は図書館の備品か本や雑誌の付録しか召喚できませんからね。致命的な問題の1つは『工作機械』、つまり機械を作る機械が無いことです。」
「本の知識だけあっても実体化出来ない。ということか。」
「工作機械があれば、設計図と材料を食べさせて部品を生産し、それを組み立てて機械を作ることが出来ます。ですが、現状の手工業レベルから工作機械まで持って行くには、あまりにも多数の工程が必要ですし、わたしも詳細な手順は知りません。」
「どこかに工場でも転がっていれば良いが。」
「大学図書館の派生で、実習工場や植物園、これは農業の方ですが、これらを召喚出来れば一挙に解決しますが……。」
「農場ダンジョンに加えて工場ダンジョンを制圧? そんなに都合良くあるかな。」
「どういうダンジョンが、どこにあるか。自体が分かりませんからね。」
「偵察衛星でもあれば良いが。」
「衛星どころか航空偵察すら制約はあります。確かに、このダンジョンなら、明らかに人工的な塔と、その周囲に広がる幾何学的な道路網や農地で、明らかに何かおかしいと分かります。ですが、洞窟などに潜っていたら上空からは分かりません。」
「もし、地道に工作機械を作るとしたら?」
「工程数は多いですし、多数の熟練職人が必要です。ミントだけでは到底手は回りません。」
「職人が熟練するには何十年も必要なんだろ。」
「とても気に入りませんが、修羅や人間より手先が器用な餓鬼を飼う。という方法もありますが、それですら問題は多いでしょう。」
「餓鬼か。六道の鉱物界だったな。」
「餓鬼の餌は高純度のアルコールやエーテルですから、マスターのビールでは全然足りません。酒だと概ね40度程度以上のようです。」
「シベリアだな。」
「ええ、シベリアでは、-30℃は寒さではない、30℃は暑さではない、30kmは距離ではない、30度は酒ではない。といって、ロシアの酒は40度です。この世界にロシアがあるかは不明ですが。」
【コアルーム】
「と、いう話がありまして、ミントさん、戦車とか戦闘機とかは、やはり不可能だろうか。」
「館長、はっきり言って不可能です。ああいう兵器は運転にも整備にも特殊技能が必要です。そして、将軍ラージャ殿が薙刀と乗馬、つまり民間でも習得可能な軍事技術しか持っていないことから予想出来るのは、このダンジョンは軍人は召喚出来ないのでは? という可能性です。」
「製造どころか運用すら出来ないか。」
「戦車どころか、自動車すら『道路』が無い以上使い物になりません。不整地対応のピックアップトラックあたりを改造した『テクニカル』なら道路無しで運用出来そうに見えますが、整備も充電も出来ない以上、役には立ちません。その上、機関銃などの登載兵器は入手困難です。」
「技術的優位性を生かす方法は無いか。」
「結局、ある程度使い物になり得るのは、情報通信関係、無線機や偵察ドローン。あと肥料を流用した火薬くらいでしょう。そのくらいなら、本格的な工場が無くても、分冊百科の3Dプリンターと卓上NC旋盤で、ごく少数なら組み立て可能ですから。」
「なら、まずは、そのあたりで検討して欲しい。」




