291:はじめての乗馬の顛末
馬脚に乗る場合は背負子型の「人馬鞍」を使用する。異世界の岡藩主・中川久清のように山に登るだけなら、鞍に後ろ向きに乗っても良いが、騎乗して指揮を執る場合は前向きに乗る。手綱は使用できないため、通常は合図は声で行う。乗馬鞭を使っての合図は高等技術であり、馬脚は服を着ているので馬より合図が伝わりにくい、間違えて上半身を叩くと怪我をしてしまう。という問題がある。なお、馬頭は首から下はただのマッチョな人間なので鞭は使えない。また、拍車はこの地域では馬でも馬脚でも馬頭でも使われない。
乗る方は早ければ3歳くらいから始めたりするが、乗せる方は骨格がある程度完成するまでは重い騎手は乗せられない。馴致は、まず馬具に慣れることから始め、その後、実際に人を乗せる訳だが、骨がセルロース系で内臓も簡略化されたマリーは体重が軽いため、まだ子供のツクバの騎乗馴致に都合が良い。
【第三層群屋上庭園】
「う……疲れました。足が痛い。」
展望台より低い位置にある屋上庭園。その中央にある花壇の縁はテーブルになっているが、マリーはその上に文字通り転がっていた。
「自分で乗るとなると、大変ですね。」
「賭けて見る方が普通だな。飼って乗る人は多くは無い。馬脚の場合は『召し抱えて』だが。」
異世界の江戸時代、大名が力士を召し抱えたように、この世界でも有能な馬脚を家臣とすることは武将にとって名誉である。
「わたしは常々、騎馬隊が必要とは言っていましたが、こんなに大変だとは思いませんでした。しかも動物の馬だと、蹴ったり落としたりするわけですし。」
「馬脚は領主を蹴飛ばしたり放り投げたりしない分別はあるな。」
「動物の馬だと凶暴な方が好まれますからね。『怪物』とか『狂犬』とか。」
なにしろ馬の形をした猛獣である。それを乗りこなしてこそ一人前。もっとも、もはや大領主となったマリーが悍馬ではなく馬脚の女の子に乗っている、いや載っているからと言って、公然と馬鹿にする者は居ないだろうが。
「ただ『群馬』に馬脚は居ても、動物の馬はあまり多くは無いな。」
「異世界の江戸時代だと、東京・埼玉・神奈川以外の関東以北は比較的馬が多い地域ですが、この世界では毛は獣人が代替、東は失敗国家で馬どころではないのでしょう。総は馬産地のはずですが、その割には良い馬は出回りません。」
「あるいは、騎馬隊は切り札なので、馬を出さないようにしているんだろう。」
「確かに、武蔵でも、動物の馬は府中の馬市へ送り、一番良い馬は国や城主達が買い上げていますね。」
異世界でも江戸時代、後の府中駅付近に馬市があった。古代、武蔵国府に馬を集めて京へ送る馬を決めていた名残で、今に至るまで馬とは縁が深い。この世界では府中に競馬場ダンジョンは無いが、そもそも存在しないのか、はるか西の備後府中か安芸府中にでもあるのかは不明。
「マリーさん、いっそ生産に手を出すというのはどうだろうか。」
「もちろん、最初ハルナがここへ来た時から考えています。その『白馬の王子様』を探すのは大変ですし、最初の子供達が一人前になるには15年は必要でしょうが。」
マリーは馬脚、ダンジョンマスターは動物の馬を増やすことを考えている。




