241:丹沢ヒルズ
【第三層群屋上展望台】
「マリーさん、仮に、の話だけど、稲作ダンジョンならば水田も収量が増えるんだろうか。」
「主系列モンスターが稲(修羅)なら、稲・麦・ドウモロコシ・サトウキビなどを季節を気にせず生産可能でしょう。もっとも、生物である以上、ダンジョンエネルギーを投入しなければ収量は異世界の現代農業程度、このダンジョンの2倍が限界でしょうが。」
「このダンジョンでは現代農業並みは難しいか。」
「肥料は修羅用を流用できますから、与え方を工夫すればもう少し収量は増やせそうですが、この世界では農薬の調達に限界がありますからね。農薬工場の建設は進めていますが、工程は複雑ですから研究室段階ですら道は遠い状態です。幸い、このダンジョンには虫獣人は居ませんから、異世界の農薬は人畜・植物に無害ならば生産出来れば使用可能です。ただ、除草剤は修羅に毒になる危険があるので使えません。」
外骨格生物は大型化すると自重を支えられない。さらに知能を持つほどの巨大昆虫は特定のダンジョン以外では呼吸すらできない。
「農薬も複雑な化学物質だからなぁ。」
「簡単で原始的な農薬は害虫より人間によく効き、しかも害虫はたちまち薬剤抵抗性を身につけて農薬が効かなくなります。そういう農薬も、後先考えずに、例えば丹沢ヒルズに大量の農薬を散布して虫を一度壊滅させ、抵抗性を持つ害虫が増える前に木材を伐採するとか。そういう使い方は可能でしょうが。」
「それはまた無茶苦茶なやり方だな。ダンジョン同士で戦争って訳か。」
「一度に大量の木材を効率的に獲得するには、そうなりますね。普通に冒険者を送り込んで木材を伐採する。だと、苦労が多い割りに成果は乏しくなります。そもそも相手がダンジョンである以上、成果より投入労力の方が多くなるのは仕方ありませんが。」
「冒険者を虫で苦しめて感情をエネルギー化するダンジョンだったな。」
「越前屋さんによると、『手の上の 蛭と一緒に 昼ご飯』と言うそうです。」
「マリーさん、それ、血を吸われていないか。」
「吸われていますね。蛭は昆虫ではありませんが、アブラムシでもアザミウマでも吸汁性昆虫ってのはろくでもない害虫と相場が決まっています。」
「丹沢ヒルズの中心は蛭ヶ岳って言うからな。」
「丹沢ヒルズといえば、マダニ・スズメバチ・ツタウルシ、挙げ句に熊ですからね。開発するなら、まず、こちらの影響圏内にベースキャンプを設置、ダンジョン構造物による高速道路により十分な補給体制を整えた上で、丹沢ヒルズへ冒険者を送り込みます。丹沢ヒルズ影響圏の端の方は荒れ地で木は生えていませんから、道路を作りながら内部へ進み、伐採キャンプを設置、蛭と戦い、ツタウルシに注意しながら木材を伐りだします。」
「春の田植えまでに木材を確保しようとしたら……。」
「マスター、殺虫剤を始め、何もかも到底間に合いません。丹沢ヒルズから小規模に木材を切り出すことは可能でしょうが。」
「本格的な攻略は後日として、当面は普通に冒険者に木材伐採依頼するだけになるかな。」
「冒険者派遣なら、別に戦争でも無く普通のことですからね。もし丹沢ヒルズに意思疎通可能なダンジョンマスターでも居るなら、攻略より交易を要求した方が得でしょうが、どうなのでしょうね。」




