200:刑場ダンジョン(3日目朝)
【第四層群・会議室】
「またダンジョンの背が高くなっているな。8万尺を越えたか。」
入間代官、吉田西市佑が琵琶橋からダンジョンの公用車に乗ってやってきた。
「分かりますか。」
眠そうなマリーが代官に応対する。
「距離が17里と分かっているから、高さを計算するのは容易だ。それに、霞ヶ関では柱を立てて、決まった場所から見ることで、ダンジョンが高くなったら分かるようにしている。」
「え……。」
「代官としての当然の責務だ。これで、少なくとも現状では勝っている。と推測でき、府中の武蔵守様にも報告が出来る。もっとも報告が届くのは明日の昼前になるが。」
「けっこう時間がかかりますね。」
「飛脚では仕方ない。狼煙では伝えられる内容はごく限られている。旗振も費用がかかる割りに伝えられる量は限られるので、このあたりでは使われていない。」
要は伝えられる情報量が少ない。ということ。この地域「情報」という単語自体は無いが。
「既に報告が行っているように、平塚の横で地獄の亡者の腐った死体を産するダンジョンが見つかった。ということです。わたし達は『ゾンビ』と呼んでいますが。」
そう言うと、マリーは記録映像を再現する。
「地獄の亡者か。那須塩原のさらに向こうには地獄ダンジョン『殺生石』があると言うが。……もう少し詳しい『動く絵』はないか。」
「これが、ゾンビの群です。ほとんどは首無しですが、少数首があるものも居ます。」
「ふむ。首がない死体は、概ね見たところ首が無いだけか、胴を横から切り付けられている。もし、戦死者が首を獲られたのなら、槍で突かれた者が多いはずだし、刀傷も肩口から斜めが多いはずだ。一方、首がある死体が居るだろう。この死体はよく見ると脇腹を刺されている。おそらくは磔だろう。つまり、首が無い死体は死罪・獄門と思われる。なお、下手人、つまり斬首だけなら死体は親族が引き取って葬儀を行うから刑場に死体は無いはずだ。」
「敵は刑場ダンジョンということですか。」
「でも、刑死者が万を超えるとは多すぎるな。治安が悪すぎる。むろん、治安維持のために、あえて冤罪を許容する場合も多々あるが、それにしても数が多すぎる。」
死刑執行数は統計のある幕末混乱期の江戸で年100件程度。つまり江戸時代約250年で1~2万人と推定される。刑場は複数あるので、1箇所で1万を超えることは無い。はずなのであるが。
「刑場ですか。つまり、おそらくは異世界から罪人を転生させるので、最初から名前がある『名前付きモンスター』。という訳ですね。だからダンジョンから外へ出てくると。」
「そういうダンジョンが存在する。ということは大問題だ。ダンジョンへの対処は、ダンジョンの怪物は出てこない。という前提で立てられている。」
「規模から見てモンスターの数があまりにも多すぎる。という問題もあります。せいぜい100m、いえ、50間四方しかありません。」
「このダンジョンも影響圏はやたらと広いが、本体は200間四方に納まるだろう。」
「534層群がショッピングモールで長さ400mありますから、200間を少し超えますね。でも、ダンジョンモンスターは100人居ませんよ。あのダンジョンは地下があるようには見えませんし。」
「越前屋あたりも既にダンジョン所属みたいなものだろ。……ま、そういう問題はともかく、機能としてダンジョンに所属している怪物が大挙出てくる。というのは重大な問題だ。今後、そういうダンジョンが無いか監視していち早く駆逐する。というのも必要と思うが……。」
「事前には分かりませんからね。『誰も住んでいないのにダンジョン影響圏に組み込めない』となるとダンジョンがあると推定できますが、それが危険かどうかは分かりません。ましてや、ダンジョンとの間に村でもあったらダンジョン影響圏を広げられませんから、わたしにはどうにもできません。」
「霞ヶ関より西の方向とか。か。」
「それ以前に霞ヶ関そのものも河越城の陰になりますから。街道が琵琶橋までなのもそのためです。出来れば入間代官所霞ヶ関付近も、変なダンジョンが潜んでいないか調べた方が良いのでしょうが、方法が分かりません。」




