186:豊島代官所
早速、マリーと南東方面担当のキンランは召喚した公用車に乗って豊島代官所平塚に向かう。ただしキンランはオートマ車免許しか無いため、人工衛星が無く自動運転の機能が制約される現状では、運転はマニュアル車免許を持つマリーが行う。既に関所のある無名橋まで高架道路が用意されており、車は一定速度で真っ直ぐ走行し、ペーパードライバーでも旅人を轢いたりする心配は無い。歩けば5日の距離だが、車だとたった2時間。
【豊島代官所・平塚】
平塚は北西から南東に延びる長さ10km足らず・高さ20m程の崖の上にあり、南西側が台地で、北東は低地となっている。低地にはさほど大きくない涸れ川が流れており、さらに向こう、平塚から10km足らずの場所に霞ヶ関と府中の手前を流れている涸れ川がある。
「これはこれは。紫蘇図書頭様、キンラン殿。」
豊島代官、中里民部大録が出迎える。
「豊島代官どの、まずは賄賂の白米をお納め下さい。」
「おお、西市佑どのが言っておった白米か。さすがに入間のように全く手に入らぬということは無いにせよ、こちらでも貴重品だ。板海苔を載せて食べると実に美味しい。」
「お代官様、海苔って、この辺に海苔を産するダンジョンがあるんやろか。」
「20里ほど南、荏原代官所旗之台との間に、『浅草干潟』という直径10里ほどのダンジョンがあり、海苔や貝を産する。普段は干潟が広がっているが、毎日2回、急に塩水が満ちるため、時々溺れる者が出る。」
「つまり浅草海苔ですね。これがマスター、いや、管理者が居るダンジョンなら交渉を試みる価値はありそうですが。」
「図書頭様、仮にダンジョンに管理者が居たところで交渉など出来るものではなく、どう接すれば良いか、誰にも正解は分からぬ。確かに、ダンジョンによっては多くの恩恵が得られる存在ではあるが、ダンジョンは生贄を求め、時に理不尽に多くの人々の命を奪う。」
「わたしは他のダンジョンの管理者は見たことがありませんが、一般にはそういうものなのでしょうか。」
「冒険者どもの話を聞く限り、ダンジョンに理屈が通じるようには見えぬ。かといって、ダンジョン無しでは食べる物も不足することになる。図書頭様の百万なんだったか計画が進めば、少なくとも訳の分からないダンジョンの不安定な産物に頼らずとも、飢えることは無くなると期待しておる。」
供給源が図書館都市ダンジョンになるというだけで、この世界、食料は結局ダンジョン頼りなのであるが。
「百万町歩開墾計画です。百万一心ではありません。思想統制など困難かつ無意味です。ただ、見も蓋も無いことを言わせて戴くと、ご存じのようにダンジョンというものは人の生命と感情を必要としていますから、交易による交換ならともかく、ダンジョン影響圏外に一方的に食料を援助して外の皆さんが食べるのは、あまり得は無いのですよね。」
「それはそうだろうな。飢餓なら郡代官同士で食料の融通は行うが、普段は府中に納める分以外は独立採算だ。それでも、いざという時に飢饉の心配をしなくて良くなる。というのは代官として非常にありがたいことだ。」
「こっちはダンジョンだから、貸し付けの担保に土地を貰う、ちゅう訳にいかへんから、限界はあるけど。」




