158:谷越の干殺し
【谷越】
図書館都市ダンジョン東方、谷越の町は筑波により作られた町で、100里離れた小田城と霞ヶ関の中間に位置し砂漠を渡る隊商への補給で成り立っていた。しかし筑波の混乱で旅人が減り、追い打ちを掛けるように井戸が涸れてしまう。
涸れ川の上流側と下流側をダンジョン影響圏に組み込んだマリーが地下水脈を断ち、わずかな水も吸い取ってしまったためなのであるが、オアシスが涸れることは砂漠では時々あることなので、住民達はまさかそんな攻撃が行われているとは知らない。
【コアルーム】
「マリーさん、谷越の町で井戸が涸れたそうだ。」
「二郷半領付近の湿地も今年か来年には干上がりそうですからね。でも、人の居る町はダンジョン影響圏に組み込むことができませんから、水道を引くことはできません。廃村になってからダンジョン影響圏に組み込んで、再度新しい町を作ることは可能ですが。」
「ダンジョン内にある『所有者の居ない物』は吸収できる。と同じかな。」
「似たような物ですね。ただ、国際法上の『無主地』は人が住んでいても主権国家が形成されて居なければ占領できますが、ダンジョン影響圏は国家が無くても人が住んでいたら広げられません。逆に、誰も居ない廃村なら、墓地などが残っていても影響圏に組み込むことが出来ます。」
【第4層群・会議室】
「図書頭様。谷越の名主、岡野小源太と申します。」
「紫蘇図書頭です。要件は想像が付きますが、残念ながら、ダンジョンは人が住んでいる町を新たに影響圏に組み込むことは出来ません。ですから、谷越に水を引くことは不可能です。」
「それは知っている。だが、図書頭様が二郷半領水郷のナマズどもに『故郷に戻る日も来る』と言ったということは、ナマズが死に絶えなくても引っ越して居なくなれば、その場所をダンジョンに呑み込んで水を送り込むことが出来る。それから再度ナマズどもを住まわせる。ということではないか。」
「そこまで分かっていますか。なら話は早いですね。ただ、今の谷越は涸れ川添いの低い場所にあります。今後ダンジョンが発展して水の供給が増えれば、いずれダンジョンとは無関係に雨が降るようになり、谷沿いは急な増水の危険が出てきます。この付近では『見沼』という貯水池を作り水の量を管理していますが、谷越も、もう少し高い場所に新しい町、谷越をひっくり返して『越谷』を作れば良いでしょう。歴史的経緯から見れば『越ヶ谷』が良いでしょうか。」
マリーは机の上に埼玉県の地図を広げながら言う。異世界では古い宿場町が越ヶ谷で、それが周辺町村と合併したのが越谷。
「もし断ったらどうなるんだ。」
「しばらくは水無し、このダンジョンが発展したら、普段は旱魃でたまに洪水。となるでしょうか。谷越を避けて街道を作ることになりますから、筑波に代わって織田が繁栄しても旅人は谷越を通らないでしょう。」
「酷い脅迫だな……。でも、筑波に見捨てられた以上、選択肢は無い。」
「わたしは筑波内薬佑みたいなことはしませんよ。」




