140:入植者到来中
【図書館都市ダンジョン影響圏西端・琵琶橋】
「父上、武蔵から人が居なくなるのではないか。」
続々とやってくる移民を見ながら、仙波左馬允次郎が言う。
「なに、相撲はもちろん、総や毛の者もここを通るから、皆が武蔵から来たわけでは無い。それに、そもそも移民には寺と村役人の証文が必要だから、移住されたら困る者は止めることが出来る。もっとも、ダンジョン側が武蔵の者と気づかず、ただの逃散と誤認してしまったら別だが。」
父親の仙波掃部助が答える。
「それで、父上、今日はどのような御用向きで。」
「なに、そなたも知行持ちの身。一族の金子掌侍殿から一家を立ててはどうかという話があった。むろん、国主様も了承済みゆえ、あとは図書頭様の承諾を得れば良い。」
次郎の意向など誰も聞かない。あのババァ、と言いそうになったが立場上我慢する次郎。
「つまり、妻を紹介していただけるということですか。」
「おおそうよ。楽しみに待っておれ。ついでに、仙波の南に居る大井氏が分家を出したいというので、それも頼んでくる。」
「あの大井の獅子か。大猪……それだと猪俣党になってしまう。」
「はは。」
水の貴重な砂漠で、水が得られる大井戸があるため大井氏であり、競馬場とは無関係。仙波氏と同じ村山党の一員であり、もちろん猪俣党ではない。
【蝮村】
ダンジョン北西10里(約40km)、蝮村。丹党の村々から応援で派遣された農民達、というか厄介払いされた次男三男達が次々到着。ラージャはせっせと田畑を増やしていた。
【私市村】
ダンジョン北東10里(約40km)、私市村には、大昔に図書館都市ダンジョンのずっと北の方に拠点を置いていた武士団が住んでいる。開発担当のファリゴールが不在なので、暇な私市党の惣領、私市山手はせっせと手紙を書いていた。もちろん「山手」なんて官職は存在せず、根拠のない官職風の名乗り。
「大里や幡羅にちゃんと家がある親戚達は呼ばなくて良いか。え~と、あの一族は海賊に身をやつしているから呼べば飛んでくるだろう。アレは修羅だし図書頭様も断らないだろうな。あの横山党も呼べば来るか。」
【野与村】
ダンジョン東10里(約40km)、野与村。3人の冒険者が涸れ谷の対岸にある遺跡を見ていた。
「あれが『岩山の廃墟』か。ようやっと冒険者らしい仕事だな。」
右馬太夫が隣に居る兵衞次郎に声を掛ける。
「違いねぇ。落ち武者狩りどころかダンジョンが倒した敵兵の荷物を集めるなんて、あんまり気分の良い仕事でもねぇからな。」
「しかしな、相変わらず敵には容赦しないお方だ。首を取らないということは、和睦とかそういうことは一切考慮しないということだろ。」
「ああ、左衛門太郎、根切りしか考えない。『鳴かぬなら今夜は天麩羅ほととぎす』図書頭様は、そいうお方よ。」
ユリ科のホトトギスは、若芽を天麩羅やおひたしにして食べることが出来る。鳥の方は不味いとのこと。




