135:来年は日本酒を造ろう
【第四層群】
層群の組み替えが終わったという放送があったため、各層群で待機していた商人達は夜明けとともに層群から出てくる。昨夜まで地上にあったはずの第四層群は相当高い位置に移動し、遠方の農村地帯には、何も無かった村予定地にいくつもの建物が並んでいる。
「終わりましたね。粟軍はここに来ることはありません。」
「越前屋どの、包囲する前に撃退されたと言うのか。」
「田蓑屋さん、船津屋さん、ダンジョンが成長している以上、撃退では無く撃破でしょう。つまり、粟軍はあの世行き、支払用の金銭はこのダンジョンが没収、みなさんがせっかく持ってきた数千石の食料は、また苦労して持ちかえらなければならない。というわけです。」
「そら殺生な。」
「幸い、わたくしはここのダンジョンと繋がりがありますから、食料を全部買い取って、このダンジョンに納めることができます。ただ、酒はそんなにたくさんは買い取れませんが。」
越前屋は燃料商であって食品商関係の組合(米商・穀物商・乾物商・酒商など)には加入していないので、つまり転売屋。
「安く買い叩こうと言うのか。」
「ちゃんと本来の相場で買いますよ。みなさんを敵に廻しても、何も良い事ありませんし。」
「それでは越前屋どのは利益を出せないのでは?」
「ダンジョンに恩を売れますからね。いっそ、あなた方もこのダンジョンに店を置いたらどうです。入植者が集まってくる間は、このダンジョンで食料が売れますし、ダンジョンの農業生産が軌道に乗ったら、逆にこのダンジョンで米を買い付けてほかへ売りに行けば良いのです。」
【第34層群・地上】
「今後は当面、この第34層群が地上になりダンジョンの玄関として機能、その上の第535層群・第310層群・第488層群低層部は元々ショッピングセンターですから、商業用に使います。」
「しょぴ?何です?」
越前屋にはマリーの使う外来語は当然分からない。
「多数の商店が並び売り買い出来る場所。ですね。それで越前屋さん、その方は?」
「酒屋の隅田屋さんです。今回、粟のせいで酷い目にあったので助けて欲しいとのことです。」
「隅田屋です。酒の大量注文があったので酒を全部持ってきたのですが、買い手が行方不明になってしまいました。」
「米はいくらでも必要ですし雑穀も乾物も買い取っていますが、酒を米に戻すのは不可能ですし、『米が無ければ酒を飲めばいいじゃない』という訳にもいきませんし、ダンジョンで買い取ることは出来ませんね。かといって住民に酒をあんまり売ると……。」
「同志図書頭様、このダンジョンは『百万町歩開墾計画』を進めていますが、水田百万町歩で米はどれくらい収穫出来ます?」
「え~と、実際の水田が7割として、農業技術を改良し肥料を十分供給出来れば反収2石の1,400万石は狙えるでしょう。公称は反収1石の四公六民で全て米換算なので年貢が400万石くらいでしょうか。」
現代農法では反収3石に達するが、さすがに基礎工業力の無いダンジョンでそれは難しい。
「農民の主食は裏作の麦ですから、残りの大部分、おそらく900万石程度は市場で売られます。年貢も半分は販売されるでしょう。肥料はダンジョン産ですから、肥料代が銭でも米でも最終的な結果は変わりません。そして、板東の人口は500万か600万くらい。もちろん人間はすぐ殖えますが、しばらくは米が余ると思われます。」
「確かに計算上は余裕が出てきそうね。人口抑制をしないとすぐに無意味になりそうですが。」
「そこで、この隅田屋さんに杜氏を呼んできて貰って、このダンジョンの米と水で酒を造る。というわけです。世の中、ある程度は酒は必要ですから。それに、餓鬼以外にも酒好きはいろいろ居ますよ。狸とか蛇とか鬼とか。」
「ああ、このダンジョンにも居ますね。隅田屋さん、1樽だけ買い取らせてもらいます。」
マリーはヴァサンティの顔を思い出し、酒を買い取る。
「くだらぬ酒ですが、今後何卒。」
この世界、海路が無いので大量輸送は出来ず、下り酒はほとんど見ない。
「酒は冬までにゆっくり売って貰って、さすがにこの冬は酒造りするほどの米は無いでしょうけど、来年冬から本格的に酒造りをすれば良いでしょう。」
「この冬は、実際に水を確認しないといけない。来年は酒米を何品種か植えてみて、土地にあった品種と栽培法を確認する。満足いく酒ができるまでには数年は必要だ。」
なお、麦は反収1.5石程度。100万町歩の半分(水田の7割)が麦畑なら麦の収量は750万石。農家が40万戸で農村全体が100万戸・500万人として、必要な麦が1人年1.5石程度ならちょうど750万石となる。埼玉の主食は大麦だが、小麦もけっこう食べられる。




