128:秘策は百鬼夜行ならぬ大餓鬼夜行
【平塚東の砂漠】
粟軍では、細川民部少輔・三好木工頭・里見右馬頭、そして総の海上典膳が軍議を開いていた。
「いよいよ敵地に乗り込むか。それで、民部少輔殿、平塚には寄らないので?」
里見右馬頭が尋ねる。犬士は犬獣人だが、右馬頭は人間の中年男。
「右馬頭殿、武蔵はあのダンジョンから一番利益を得る立場だから、忍びなどが工作してくる危険がある。その上、平塚に寄ると2度も涸れ谷を超える。足場が悪いからこの大軍勢では時間を喰われるし、毛で雨が降って鉄砲水という危険も否定できない。」
細川民部少輔が答える。やや背が高い初老の男。頭はだいぶ白い。
「里見家としては、単に水の豊富なダンジョンを制圧したいだけなんだが。武蔵でもどこでも、既得権を主張するなら別だけど、だれも制圧しないなら、里見の物にしても良いはずだ。」
「里見の、ではなく粟の。里見ばかりが力を付けたら、我が三好が不利になるゆえに。」
三好木工頭は、いかにも女武者といった感じの中年女性。赤備えは狸だが、木工頭は狸顔では無い。
「まぁまぁ、お二方、取らぬ狸の皮算用は意味がありませぬ。いえ、木工頭殿の赤備えのことではございません。この平塚で、民部少輔殿の秘策を披露して戴けると聞きましたが。あの筑波内薬佑を一蹴したダンジョン相手に、仮に犬士隊も赤備えも無しですら勝てるという策を。」
仲介に入る海上典膳は高齢の巫女。おそらく、この4人では一番の年長者。
「ああ、秘策だったな。それは『大餓鬼夜行』だ。」
「は? 百鬼夜行は今回使えぬぞ。我が赤備えは外征では化けることは出来ぬことくらい、民部少輔殿も知っているであろ。」
三好木工頭の赤備えは狸だが、狸が化けて百鬼夜行するにはダンジョンの力が必要。当然敵地では使えない。
「百鬼夜行ではなく、大餓鬼夜行だ。ダンジョンには罠が付きもの。塔型ダンジョンで城壁や堀を持ち、落とし穴を多用するダンジョンには、餓鬼が有効だ。そのため、今回、相撲の西、出とその向こうの国々から餓鬼を集められるだけ呼び寄せた。犬士隊や赤備えは強力な戦力ではあるが、このダンジョンとは相性が良くなく、それだけは防御力にも決定力にも欠ける。」
「よく相撲が通しましたね。相撲の西には関所があるのですが、あれを抜けるのは難しいでしょうに。」
感心する海上典膳。
「相撲の南の砂漠地帯を迂回した。餓鬼は飲食不要で何日も活動できるからな。総の南西端で右馬頭殿に用意して貰った酒を補充し、武蔵と総の間の砂漠を通る。これで邪魔されずに餓鬼をここまで呼ぶことが出来た。」
「餓鬼用だったのか。あの酒は。妙に多いと思ったが。それで、餓鬼をどう使うので?」
「落とし穴を見つけたら、餓鬼が地面で手足を互いに組んで足場となり、犬士隊や赤備えなど餓鬼以外はその上を移動、移動後の餓鬼は先頭へ進んでまた地面を覆う。これで落とし穴は避けられる。これを『無限軌道』と言う。」
要するにグンタイアリの橋みたいな物。この地域にグンタイアリは居ないが。害虫ダンジョンでも無い限り。
「餓鬼で攻城塔を作って堀や土塁を越える。という戦法は知っていましたが……。」
感心する三好木工頭。
「確かに、いかに我が犬士隊が猛犬と言えども、罠には弱いからな。なるほど餓鬼が犬士隊の弱点を補うわけか。」
里見右馬頭は、ようやく強力な犬士隊が居るのに、巨額の金銭をつぎ込んで大量に傭兵をかき集めた細川民部少輔の意図に気付く。
「餓鬼は上手く使えば強力だ。ましてや今回は10万人居る。修羅には理由も無く餓鬼を毛嫌いする者も居るが、今回はこちらの軍勢に修羅はおらぬ故に問題は無い。」




