116:水平エレベーターの検討
【コアルーム】
「つまり、ダンジョン影響圏が広くなりすぎて移動に時間が掛かる。という問題だったな。我輩は出歩かないが。」
「命を9つ持っていたりはしないんでしょうか。それに、名前付きモンスターは死亡復活しますから、ダンジョンマスターも何かありそうな気はしますが。コアを砕かない限り死なない。とか。」
「試すつもりは無いぞ。」
「それで、移動手段ですが、自動車は整備できないのですぐに産廃になってしまう。電車はそれ以前に入手手段すら無い。でしたね。」
「どこかに鉄道博物館ダンジョンとか車両基地ダンジョンとか転がっていないんだろうか。」
「有りません。この付近には、海と鉄道と神社は存在しません。」
埼玉県の地図を見ながらマリーが断言する。もちろん埼玉世界では無いので厳密に位置が対応している訳では無いが、一番有りそうな場所はこのダンジョン付近で、そこに無いと言うことは無いのであろう。
「海はこの世界自体に存在しないのかもしれないが。それで、交通機関だったな。」
「その件で、騎士団長から、層群間エレベーターを水平移動に使えないか。という提案がありました。」
「層群間エレベーターか。」
「一般のダンジョンで言うところの『転送陣』ですね。大規模ダンジョンだと高低差が数kmに達し、階段がとんでもない数になりますから、冒険者から感情と生命力を効率的に収集するために必要になります。弱った冒険者を地上に帰して後日再挑戦させたり、強い冒険者を深部に送り込んだり、都合が悪い冒険者を『処分』したり。」
「地上から第三層群まで歩いて登る、なんて無謀すぎるな。」
「このダンジョンでも層群間は階段を繋げてあるのですが、登山どころでは無い話になってしまいますね。」
「影響圏の端だとけっこう距離があるぞ。」
「現在最も遠いのは、入間の手前の琵琶橋ですね。関所は置きますが関銭は徴収しません。距離は62kmですから、エレベーターなら1時間は必要ありません。」
「案外早いな。」
「層群間エレベーター自体は、仕組みとしてはリニアモーター式エレベーターですから、各層群内にある普通のケーブルを使用したエレベーターと異なり、続行運転や緩急結合、つまり1本の昇降路に複数の『かご』を走らせることが可能です。このため途中階に影響されません。ただ、あくまでもエレベーターなので大量輸送には向きませんし、エネルギー効率も劣ります。」
リニアモーター式エレベーターはコストが高いため、異世界でもよっぽどの巨大ビルや特殊な形状の建物以外では使用されない。
「輸送力が低いのか。」
「輸送力は鉄道は3~6万人/時、バスは5,000人/時、車で1,000人/時(車線あたり)ですが、転送陣は1つの乗り場で運転間隔30秒程度ですから冒険者のパーティーが平均4人なら480人/時程度となります。『かご』自体は10人や15人は乗ることが出来ますが。」
「それでもさほど多くは無いな。」
「このダンジョンが現在、482層群3,520階で延床面積640万㎡。軽く10万人は居住可能ですから、概ね5分で10,000人、30秒で1,000人の輸送力が必要になります。つまり1階、第4層群の北側には将来100箇所程度のエレベーター乗り場が必要になります。」
「それで、水平エレベーターを後で電車にでも転用することは可能なのか。」
「完全に仕様が異なりますから、壊して作り替えた方が早いでしょう。エレベーターは垂直方向なら最適な選択肢、それでも、このダンジョンみたいにキロメートル単位の高さだと、だいぶ問題がありますが……。水平方向で数十kmとなると、余り良い選択肢とも言えません。」
「それなら、まだ図書館の公用車を名前付きモンスターの人数分召喚して、整備は諦めて使い捨てにした方が良いか。」
「数が増えたら、車を使い捨てにする損失は無視出来なくなりますが、ダンジョンモンスターが使う程度ならその方が『得』ではあります。使い捨てというのは道徳的にどうかとは思いますが。あと、層群間エレベーターはダンジョンそのものの機能なので容易には破壊されませんが、公用車は備品扱いなので、テロ等で破壊される危険性はあります。」
「もし車を使うなら、街道も広げて車道を作らないといけないな。」
「いえ、本格的に導入するなら、いっそ最初から高架道路を作ってしまえば良いと思います。いずれ高速道路は必要ですから、最初は暫定2車線、自動車の整備が出来るようになったら本格的な高速道路に増やせば良いかと。どちらが良いか検討してみましょう。」




