115:辻村・西村・鼎村
【南東門外2里・岸村】
「図書頭様、親戚の辻文蔵から、そろそろ郎等を連れてこちらへ着くとの文があった。」
岸播磨介が報告する。もちろん文蔵は本名(諱)では無いので普通に呼んで構わない。
「岸村の隣に辻村を作らないといけませんね。あるいは文蔵村でしょうか?」
マリーが埼玉県の地図を見ながら言う。
「いえ、思い切って1日行程の10里先が良いだろう。そのうち西帯刀と鼎弾正も来るから、20里に西村、30里に鼎村を作れば、南東方面はより安全になる。」
「以前も南東が危ないと聞きましたが。」
「もちろん東から来た筑波軍みたいな例もあるが、長期的には南東が一番危険だ。武蔵や毛の向こうは山だから甲・科・越から大軍が越えてくるのは困難だし、東の東は無人の砂漠。だが、総の南端部は国府台の力が及ばず、その南の粟は動向が読めない。」
甲信越ならぬ甲科越だが、いずれも険しい山道、しかも砂漠なので水も無い峠を越えないといけない。
「しかし、30里は遠いですね。……片道3日かかります。」
「ほれ、何だったかな、『ドロン』だったか。」
「ドローンですね。あれは乗るには小さすぎます。それに、30里は遠すぎます。長期的には手は無いでもないのですが、現状では目処が立たない状態です。」
「苦難は人を磨くとも言うからな。問題があるのは悪いことでは無い。獅子は我が子を千尋の谷に落とす。と言うだろ。」
「いえ、あれは『獅子は他人(前夫)の子を千尋の谷に落とす』です。」
「我が子では無かったのか。」
「ライオン、あ、獅子とか、猿の一種とか、たまにあることですね。人間でも継子を迫害するってのは時々ありますが、同じでしょう。」
「とたんに獅子が俗物に見えてきたが。」
「ついでに、獅子の雄は狩りもしない穀潰しのくせに威張っているとくれば。」
「なんと。」
ライオンの評価は地の底まで落ちた。
「ま、このあたりに居ない動物のことはさておき、あえて遠方に村を置く理由は何ですか。」
「ダンジョン構造物はそうそう壊せないから、籠城するには最適だろう。壊せぬ城など攻城戦では悪夢にしかならない。その上、無視して先へ行くことも出来ない。」
「それなら村まで作らず砦だけ置けば良いのでは? 田畑まで守ることが出来ないのが城壁の問題点ですから。植物に日光が必要なため屋根を作ることが出来ません。厳密には人工光ってものはあるのですが、到底ダンジョンエネルギーの収支が合いませんし。」
「確かに城壁は、城壁を越える高さの攻城塔には苦戦するし、鳥獣人でも飛び道具でも空を飛ばれたら無意味ではある。」
「ダンジョンの固有法則無しで飛ぶのは大変ですから、そうそう飛ぶ敵は居ないとは思いますけど、火箭とかドローンとか固有法則に頼らない飛び道具はありますからね。」
「図書館都市ダンジョンから豊島代官所のある平塚までは50里程度、そこから国府台までは30里程度。そして、府中から平塚経由で国府台方面へは整備された街道がある。」
「確かに地理的な配置はそんなものですね。」
「30里に鼎村を置き、40里に防衛に特化した砦を置けば、平塚まで野宿せず5日で行けるし、そのまま国府台へ向かうことが出来る。」
「40里までダンジョン影響圏に組み込む、ということですか。」
「いや、50里、平塚の手前、涸れ川に橋を架けるまで。」
「播磨介殿が、2里離れたこの岸村までダンジョン影響圏に組み込むよう無理難題を言っていたのはつい最近なのですが。」
「なぁに、今や西は15里か16里、琵琶橋まで広げているだろ。50里なんてすぐだ。今から計画しておいた方が良い。このダンジョンは他に例を見ないほど影響圏を広げているから、じきに百里とか千里とか言うことになる。」
「百里はともかく、千里なんて視界に収めるだけで1200km、400万尺の塔が必要ですよ。そんなの、最速の層群間エレベーターでも登るだけで1日必要です。」
「その『層群間エレベーター』を地面に敷くことは出来ないのか?」
「水平エレベーター? 確かに、『転送陣』と呼ばれるダンジョンシステムですから、機械みたいに整備の問題とかは無いでしょうが……。ダンジョンって基本的に上か下かに積み重ねるものですから、水平って発想はありませんでした。戻って検討してみます。」
マリーはそう言うと、ダンジョン本体へ帰って行った。




