113:なまずの里吉川
【東門外・芝川左岸(東岸)台地上】
一方、逆の東からやってきたのは、みすぼらしい服を着た鯰獣人。半魚人だが畜生道なので、この世界ではまとめて獣人と呼ぶ。
「吉川と申します。」
吉川ではない。
「ようこそ、図書館都市ダンジョンへ。アンといいます。ご用件は?」
東方面の種まきを指揮していたアンが応対する。
「我々、吉川一族は、昔、ここから東に50里程の場所にあった『二郷半領水郷』という湿地ダンジョンに棲んでいました。しかし、いつしかダンジョンは干上がり、筑波氏には地震の原因だと迫害され、地震が起きる度に火炙りや釜茹でにされて来ました。このたび、筑波氏が討たれ、また西の地に水多きダンジョンが出来たとのことで、我が一族の安住の地を探すためにこちらへ来ました。」
「マリーさん、あ、このダンジョンの対外的責任者を紹介するので、このまま道を進んで下さい。」
「ありがとうございます。」
ナマズ男が西のダンジョン本体方向へ去ると、アンはすぐマリーに連絡を取る。
「吉川と名乗るナマズ半魚人が東門へ向かいました。一族の受け入れを求めるとのことです。」
「了解。西に東に、忙しいね。乗馬でも習おうかな。ミントに宿を手配させるから、今夜は1泊するよう伝えて。」
「マリーさん、馬獣人ならば動物の馬より騎乗しやすく、乗るだけなら特別な訓練は要らないそうです。」
馬獣人ならぬ屈強な男に騎乗して登山したことで知られる岡藩主の中川久清も、特別な騎乗訓練はしていない。担がれているだけ。とも言うが。
「それこそ自動車が欲しくなりますが、難しいでしょうね。」
「さすがにミントさんも扱いきれません。すぐに故障してしまうでしょう。」
【第四層群応接室】
「紫蘇図書頭です。あなたが鮎の吉川さんですね。事情は聞いています。」
「はい。二郷半領水郷はあらかた干上がってしまい、我が一族は飢えに苦しんでいます。」
「あらかた、ということは、少しは残っている、ということですね。」
「ですが、遠からず完全に干上がります。」
「なら、この下の谷に池を作りますから、生き残りの動植物を全種類こちらに移します。」
マリーは地図を見ながら、しばらく何か考える。
「二郷半領は織田城へ向かう途中ですね。途中の町はどう料理しても構わないそうです。さて、吉川さん。」
「はい。」
「いずれは故郷に戻られる日も来るでしょう。このダンジョンがさらに成長すれば、水を引いて湖を作ることも可能になります。ですが、今すぐ50里も彼方まで水を引く力はありません。良くて20里でしょうか。二郷半領が干上がるまでに間に合わない危険もありますから、こちらに引っ越して貰わないといけません。ただ、池は龍の運動場でもあるので、龍とは仲良くやってください。」
「ありがとうございます。筑波が力を失ったとは言え、このままでは干し鯰になるところでした。」
「田植えが終わったら、冒険者を二郷半領水郷へ派遣し、動植物を根こそぎにしてこちらへ移します。こちらで殖えるまで、しばらくは……何を食べて貰いましょうか。総から買ってくる干し魚あたりでしょうか。」
「好物は蛙・魚・甲殻類あたりだが、別に亀でも構わないし、口に入るなら鳥でも鼠でも贅沢は言わない。」
「しばらくは干し魚でお願いします。アフリカツメガエルは召喚出来なさそうですし、金魚や鯉を増やすのも時間が必要ですし。」
ナマズの漢字表記は中国では「鮎」ですが、日本では「鯰」が多用されます。




