第三十一話「日善景虎」
日善景虎。
それは俺がもっとも尊敬する恩人の名前だ。
十年前に俺を悪霊獣から助けてくれた侍で、養子として引き取ってくれた義父。あの人がいなかったら俺はこの場にはいなかっただろう。
義父さんは俺を引き取ると侍を辞め、男手一つで俺を育ててくれた。そして時々話してくれた侍だった頃の話によると、侍だった義父さんはそれなりに腕がたち、火藤家の私設軍の隊長格だったらしい。
しかしいくら隊長格といっても所詮は一兵卒の義父さんのことを政栄様が知っているのは正直意外だった。
「景虎はなにかと話題のつきない男だったからね。それに私も何回か彼と顔を会わせて話をしたこともあったし、忘れるはずがないさ」
疑問が顔に出ていたのか政栄様は懐かしそうな顔をして俺の疑問に答えてくれた。するとアオが好奇心に目を輝かせて政栄様に話しかける。
「ねぇねぇ。カズトの義父さんって一体どんな人だったの? カズトってば全然話してくれないからよかったら教えて?」
「ええ、構いませんよ。そうですね……。日善景虎は平民出身でありましたが、腕のよくて正義感が強い男でしたね。少し、いやかなり直情的な性格で彼の周囲では問題が絶えませんでしたが、それでもその性格のお陰か部下には慕われていました」
直情的な性格で問題が絶えない、か……。
確かに義父さんは正義感が強くて、回りが見えなくなることがあり、そのせいで様々なトラブルに巻き込まれることが多かったな。そうか。昔からそうだったんだ。
「景虎は問題はありましたがよい侍でした。彼なら私の惑星の大陸を任せても大丈夫だと思っていました。……ですが彼は侍の道を捨ててしまった」
政栄様はそこで言葉を区切ると何かを惜しむように目をつぶった。
「今から十年前のことです。ある惑星に悪霊獣の大群が現れたという知らせを受けた私は、景虎を初めとする少数精鋭の部下を引き連れて悪霊獣の討伐に向かいました。悪霊獣の大群は無事に全て倒すことができましたが、惑星の人間はただ一人の少年を除いて全滅。そしてその生き残りの少年を保護したのが……」
日善景虎。生き残りの少年というのは俺。
義父さんは俺を引き取った後「俺に侍の道を歩ませない」と言って政栄様の前から去ったのですね?
「その通りだ。……あの時の少年が随分と大きくなったものだ」
そこまで言うと政栄様はいきなり俺に向かって頭を下げた。
政栄様?
「日善カズト殿。君の義父上が何故君を侍の道から遠ざけたのか、その理由は十年前に『あの場所』を見た者としては十分理解しているつもりだ。しかし君は神霊の青火姫様を宿した身。どうかその力を景虎が信じた正しいことのために使ってほしい。……これは景虎の友人としての頼みでもある」
………………………………………分かりました。




