力なる血を受け継ぐ者
霧流の始祖で霧宿の息子の話
「おーい、霧宿の息子」
刀を手にした一人の男が声を掛ける先には、一人の少年が居た。
「いい加減、その呼び方は、止めて欲しいな」
何処か生意気そうな少年は、立ち上がる。
「虎父、黒鳥の破片だったらまだ見付かってないよ」
それを聞いて残念そうな顔をする刀を手にした男、虎。
「そうか、まだか」
「虎父もどうしてそこまで黒鳥の破片に拘るんだよ?」
少年の言葉に虎が遠い目をする。
「お前は、遠糸様とは、親しかったな」
少年が頷く。
「母さんの幼い頃からの知り合いだって聞いてる」
「その遠糸様にも子供が居るって知ってるな?」
虎が訊ねると眉を寄せる少年。
「あいつね、正直、僕は、嫌いだな」
苦笑する虎。
「そういう顔を見ているとあたるさんの事を思い出すよ」
「あたるさん?」
首を傾げる少年に虎が語る。
「俺の兄弟子でな、色々と世話をしてくれた。遠糸様の子供の父親がその人だ」
頬をかく少年。
少年も異邪との戦う者達の中で育ってきた、そして自分が知らないその人がどうしたのかも何となくでは、あるが予測が出来た。
「虎父は、その人の為に黒鳥の破片の始末に拘ってるんだな」
虎は、笑いながら少年の頭を軽く叩く。
「バーカ、誰が男の為に命を懸けるかよ。黒鳥の破片に一番拘っているのは、遠糸様だ。その原因があたるさんだと俺は、考えている。遠糸様の中で黒鳥の破片が全てなくなるまで、あたるさんの事が消えることは、無い。だから俺は、黒鳥の破片を早くこの世界から消し去りたいのさ」
「詰り、横恋慕って奴?」
少年の突っ込みにかなり本気の拳が頭にあたる。
「いてぇ! 何するんだよ!」
文句を言う少年に虎が凄む。
「世の中には、本当の事でも言って良い事と悪い事があるんだよ」
流石に怯む少年。
「虎、霧流を虐めないの!」
そういって現れたのは、少年、霧流の母親と同じ年なのでそこそこの年齢の筈なのにまだまだ若い外見の女性、遠糸であった。
「遠糸様、これは、そういうのでは、無く」
慌てて誤魔化そうとする虎に詰め寄る遠糸。
「言い訳は、不要。霧流は、天道龍様の力を宿した特別な子供なの粗相がない様にね」
「はい! 気をつけます!」
しょちこばった態度を取る虎を横に見ながら霧流が口を開く。
「遠糸おば……」
遠糸が怖い笑顔を見せる。
「遠糸姉さんでしょ?」
「……遠糸姉さん、あたるってどんな人だったの?」
霧流の質問に遠糸が虎を睨む。
「余計な事を口にして。まあ、あいつは、勝手に死んじゃった馬鹿な奴よ。唯一の功績は、あの子を残してくれた事かしらね」
そう語る遠糸の顔は、霧流には、悲しそう見えた。
「母さん、遠糸さんにとってあたるさんってどんな人だったんだろう?」
霧流が家で繕い物をしていた母、霧宿に尋ねた。
「そうね。本当の所、恋人では、無かったのは、確かね。敢えて言えば妥協の上の関係だったわ」
顔を引きつらせる霧流。
「母さんも辛辣な事をはっきりと」
霧宿は、まるで深い湖の様な瞳で告げる。
「遠糸は、白風様が好きだった。初恋は、間違いなく白風様よ。私が神谷様に恋焦がれていたのと同じ様にね」
いきなりの発言に目を見開く霧流。
「母さん、それって本当なのか!」
「本当よ」
微笑む霧宿に霧流が戸惑いながら確認する。
「でも、それって若い頃の話だよね?」
悲しそうで辛そうなのに何処か嬉しそうな複雑な顔をする霧宿。
「遠糸は、隣に立って戦う事を選び、私は、貴方を産む事を選んだ。それは、きっと相手を愛していたから。多分、その気持ちは、今も変わらない」
「愛してるって……、それじゃあ、母さんは、今も神谷様と一緒になりたいと?」
戸惑う霧流に苦笑する霧宿。
「言ったでしょ、私は、貴方を産む事を選んだと」
「でも……」
居た堪れなくなる霧流を優しく抱きしめて霧宿が言う。
「貴方を産んだ事を一度だって後悔した事は、ないわ。それが答えよ。遠糸も同じなの、白風様と一緒になるよりも隣で戦う道を選んだ。あたるさんは、その切っ掛けを作った。他の人は、どう考えているかは、しらないけど私は、それだけの存在だと思うわ」
「虎父は、どうなんだろう?」
ふと出た霧流の問い掛けに事情を察した霧宿が微笑む。
「なるほどね。虎さんは、遠糸の事が好きなのは、有名ね。でも格の違いを感じている。その格の差を埋める為に黒鳥の破片に拘っているわ」
「格の違いって、虎父だって百流の使い手じゃ指折りの使い手ですよ?」
霧流の言葉に霧宿が首を横に振る。
「天道龍様の血を引く貴方には、理解できないかもしれないけどね、八百刃獣の力を得たものとその他の者との間には、越えられない壁が存在するのよ」
「そんな事は……」
否定しようとする霧流に霧宿がきつい目付きで告げる。
「あるの。それを常に意識しなさい。それを忘れた時、きっとそれは、取り返しのつかない不幸に繋がるわ」
「……解った」
そう答える霧流だが、実際のところ、まだ少年の霧流には、霧宿の言葉の本当の意味を理解していなかった。
そして、霧宿の予測は、的中するのであった。
「二人だけで良いんですか?」
黒鳥の破片の気配を見つけた霧流を虎は、強引に連れ出していた。
「俺の実力を信じろ! それよりこっちの方角で間違いがないな?」
霧流は、何処か不安そうに頷く。
「はい。もう少し行った所にある筈です」
その言葉の正しさを虎は、身をもって知る。
黒い気配が周囲を埋め尽くしていくのだ。
「周囲の意義を奪い、新たな体を構築しているな」
虎の刀を握る手が汗ばむ。
周囲の物を闇で喰らい、その中心に鳥の筈だが、鳥でない存在、黒き闇を孕む鳥、黒鳥の破片が在った。
「大きい、ここまで再生が進んでいる破片があるなんて……」
霧流が怯える中、虎が己を奮い立たせる。
「ならばこそ、ここで断つ! 『百流、八十九爪 黒竜裂』」
虎が古いし刃が地割れを生み、そこから放たれる大地の力が黒鳥の破片に迫る。
しかし、当たる直前にそれは、飛び立つ。
「逃がすか! 『百流、六十爪 白竜弾』」
虎が放った強烈な気弾は、黒鳥の破片に直撃した。
「やったか!」
感心の一撃に虎が勝利を確信していた。
「これでやれなくとも、このまま行けば……」
「虎父、何を言ってるんだよ、そんな技じゃ、黒鳥の破片にダメージなんて与えられる訳がないじゃないか」
霧流の言葉に虎が怒鳴る。
「馬鹿を言うな、今のは、俺の渾身の一撃だぞ!」
「でも……」
虎の気迫に怯む霧流だが、その言葉の正しさは、直ぐに証明された。
「無傷だと……」
虎が愕然としていた。
霧流の言うとおり、黒鳥の破片は、微々たるダメージも受けていなかったのだ。
「幾らなんでもそれは、無いだろう! 今までは、あれで消耗させられていた!」
激昂する虎に霧流は、戸惑って居た。
黒鳥の破片を感知する能力故にその排除に何度も動向した事がある霧流は、今の一撃がとても通用する物とは、思えなかったのだ。
「虎父、逃げようよ」
「馬鹿を言うな! ここで逃げてどうなる! 俺は、八百刃獣の力なんて無くても通じると言うことを示さなければいけないんだ!」
虎が己の中の気を高める中、黒鳥の破片が迫ってくる。
『百流、九十三爪 朱鳥翼』
己が持つ最強の技を放つ虎。
収束された気は、黒鳥の破片の表面で爆発的に広がっていく。
「これならどうだ!」
全身汗だらけで、肩で息をする虎。
そんな虎を見下すように黒鳥の破片は、その姿を更に大きくしていた。
「そんな……」
虎は、死を覚悟した。
『龍波』
霧流の放った収束された気が黒鳥の破片を抉った。
「虎父、今だ!」
「……霧流」
愕然とした顔のまま何も出来ない虎。
「もう! 父さん、力を貸してくれよ! 『龍息』」
苛立ちながもら体内の気を濃縮し、口から撃ち放つ霧流。
その一撃は、破片の核を打ち砕き、黒鳥の破片は、崩壊を始めた。
暫く後、黒鳥の破片の闇に喰われて抉れた土地の上で膝をついたままの虎とそんな虎に何と声をかけたら良いか解らない霧流が居た。
「笑いたければ笑え。散々大口を叩いておきながら、自分では傷一つつけられなかった」
無表情にそう口にする虎に霧流は、押し黙るしか出来なかった。
「何でだ? 何で俺は、こんなに無力なんだ?」
恥も外聞も無く虎は、大の男が泣いた。
白風が中心になる里に戻った霧流達を迎えたのは、叱責の嵐であった。
特に黒鳥の破片を感知する能力を持つ霧流を無断に連れ出した虎に対する責任は、追及された。
数日後、虎は、里からその姿を消した。
責任をとらされて放逐されたとも言われていたが、それが己の意思による出奔である事は、確かであった。
「母さん、僕は、母さんの言葉の意味を理解していなかったです」
辛そうに語る霧流が霧宿が粛々と告げる。
「虎さんに一生残る心の傷を生んだのは、間違いなく貴方よ。それには、間違いない。力とは、常にそういう物をはらむ物。そんな力を持って産んだ私を恨みなさい」
霧流が首を横に振る。
「僕は、恨まない。どんな風であれ虎父を助けられた。そしてこれからも多くの人間を助けられる。そんな力だから僕は、この力を一生付き合っていく。それがどんなに苦痛に満ちた道のりだとしても」
霧宿が涙する。
「立派な息子をもって私は、幸せよ」
この後、黒鳥の破片探査が主の仕事だった霧流が戦いに赴く事が多くなるのであった。
そしてその相手に自分の父親、天道龍と同じ龍が相手の事が多いのは、運命だろうか?




