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後部座席を見てみれば  作者: 牛髑髏タウン
飲み会と聞いて来てみれば
8/12

「いや、だからそういうつもりは全くなかった。少しもない」

「言い訳なんかしないで下さい」

「言い訳じゃない。それはお前の勘違いだ」

「私は怒っていますし、傷ついてもいます。でも、許さないとは言っていません。こんな……段階を踏まないやり方をされるとは思っていませんでしたけど。私は荘司さんの気持ちさえはっきりして貰えれば……」

「いやいや、まあ待て。まず話を聞くんだ。誤解なんだ」

「では、服を脱がされた上に体を抑えつけられて体中をまさぐられた場合に他にどんな解釈をすればいいと言うんですか?」

 両肩を抱いて睨む玲子。その目には涙が……。おい泣くな。そして話を聞いてくれ。

「まさぐってた訳じゃない。服を脱がしたのも心臓が動いてるかどうかを確かめるためで……」

「脈を取ればいいじゃないですか!」

 ……! おお。

 俺はぽんと手を打った。なるほど。その手があった。

「荘司さんも男の方ですし、理性を抑えられないこともあるんだってわかってます。でも言い訳なんかして欲しくないです」

「いやいや、待て待て。男の理性が最後には必ず欲望に負けるような言い方をするな。一般に男は女より理性的だし、俺はお前より理性的な自信がある。むしろ理性があったからこそ俺は冷静に対処できたんだ。俺は理性の塊だ。欲望を完璧にコントロールしている」

「嘘です! 一次会の店を出る時、私の身体を背負ってた時だって、む、胸のこと言ってましたし」

「気づいてたんならあの時ツッコめよ」

「さっき気づいたんです!」

 ……遅い。

「とにかく、我慢できなくなって襲ったって素直に認めてください」

「アホ。お前の薄い胸に誰が誘惑されるか」

「なっ。そ、そ、それは私と私の胸と私のお母さんと女性の半数を敵にまわす発言です!」

「お前と胸は別なのか。あと、なんでお袋さんが出てくるんだよ」

「私の身体のことで何か言うと、生んだお母さんが責任感じて悲しむからです」

「……わかった。悪かった。別に胸の大きさのことを言いたい訳じゃない。色気のある女なら、大きさによらずその胸も魅力的だ。はっきり言って、お前には色気がない。細い手足と白い肌を武器にしているだけのお子様だ。そんなものは女の色気じゃない。マネキンと同じだ。そんなものに惹かれるのは表面しか見ない男だけだ」

「……な、何を……。きゅ、急にそんな、心にぐさっとくるようなことを言わないでください。ご、強姦魔のくせに」

「お前こそ人聞きが悪いことを言うな。まずはっきりさせておこう。俺は襲ってたわけじゃない。救おうとしてたんだ」

「何を救おうっていうんです」

「お前の命だよ。お前がどっかフラついてる間に、身体から血の気が引いて呼吸が止まってたんだぞ」

「嘘です。荘司さんは私が痛いって言ってるのに構わずに体中をまさぐってました」

「だからまさぐってたなんて言うな。違う。お前を身体に戻そうとしてただけだ」

「抵抗できない相手の服を脱がしたりして……最低です」

「お前の心臓が服の外についてりゃ脱がしたりしねえよ」

「荘司さん……。私が、平気だとでも思ってるんですか?」

 ……。玲子の目が細くなる。

「どういう意味だよ」

「わ、私、初めてだったんです」

「ん……いや、待て。奪ってない」

「奪いました! 私が部屋に返ってきた時、私はっきり見ました」

「何を見てたんだ。俺は服を着てたじゃないか」

「そっちじゃなくて!」

「どっちだよ」

「自分で考えてください!」


 *


 その後、下らないやりとりをすること数十分。玲子はようやく緊急事態だったことを理解した。大人しくなった。

「あの……ほんとに危なかったんですか?」

「ああ」

「ご……ごめんなさい」

「……はあ。わかったか。全部不可抗力だ。そら結果的には服を脱がせたり触ったりしたかもしれんが、俺が責められるいわれはない」

 正直言うと、確かに責められるいわれは無いつもりだが、申し訳ない気もせんでもなかった。だがそれは今は言わないでおく。

「……本当ごめんなさい。ついその、恥ずかしさとか、色々考えちゃったりして……」

 俺は横になった。

「勘弁してくれよもう。こんな馬鹿なことで死ぬのかと思ったんだぞ」

「……ごめんなさい。私、全く自覚なかったんです」

「やっぱあの状態は一歩間違えば危ないな。できれば避けたほうが……。お前、下手すると離脱グセがついちゃってんじゃないのか」

「え……。そ、それは困りました……」

「フラフラ出歩きやがって……。どこ行ってたんだ」

「い、いえ……ちょっと」

「……夜景でも見てたか」

「……あ、わかりました?」

「もう東京来てひと月だろ。夜景なんざ見飽きたろう」

「いえ……私の部屋、一階ですし……まだちゃんとした夜景、見たことないんです。さっきも結局途中で戻ってきちゃったんで見てないですし」

「途中で引き返したのか? 何で」

「やっぱり身体から離れすぎると厳しいみたいです。どんどん身体が薄くなってくのが自分でもわかって、怖くなって」

「ふーん…………」

 腕時計を見る。まだ閉店までは時間があるな……。

「……じゃあ、今行くか」

 俺は起き上がって上着を肩にかけ、扉を開けた。


 *


 非常階段を音を立てながら上がっていく。

「荘司さん、あの……」

「なんだよ」

「私、荘司さんにまた会えて、嬉しいですよ」

「そうか」

「でも荘司さん、合コンとか行く人なんですね」

「どんな奴だと思ってたんだ」

「いえ……なんとなく、女の人に縁の無い人かと」

「まあ、無いが」

「合コンに来るってことは……彼女いないってことですよね、まだ」

「中にはそうでない奴もいるぞ。結婚してるのに来たりする奴もいる」

「でも荘司さんはそういう人じゃないと思います」

 ……。

 なんか変な流れだな。

「お前、立候補するとか言わないよな」

「…………え、え、え?」

 階段を踏み外しそうになった玲子を引っ張り上げる。

「……どういう、意味、ですか?」

「なんか、そんなことを言い出しそうな雰囲気だなと思ってな」

「だ、だ、ダメですかね」

「まだ早い」

 また足を踏み外す玲子。

「えぇ……何が足りないんですか」

「色気」

「そ、そんな……」

 俺は急に走りだした。カンカンと鉄板がうるさい音を立てる。

「あ、ちょっと、待ってくださいよぅ!」


 *


「扉あいてるぞ。ラッキーだな」

 ビルの屋上へと非常階段から登ってきてしまった。バレたら怒られるが構わず扉を開けて狭い屋上へと踏み出す。

「地上十階の眺めだ。まあまあだな。住宅街であまり灯りはないが……」

「わあ」

 ……風が少し出ている。俺は上着を玲子にかけてやった。

「ありがとうございます」

「感動するほどの景色じゃないがな」

「そんなことないです……」

 長い髪が風になぶられていた。

「東京の街って終わりがないですよね」

「終わりがない?」

「街がどこまでも続いてます」

「そうか?」

「私の住んでたとこだと、街がすぐ山に吸い込まれて終わっちゃうんです」

「……東京にだって果てはあるさ」

 まあ、そうなんですけど、と玲子は言った。

 俺は柵の際まで歩いていき、振り返って言った。

「ようこそ東京へ。歓迎するよ」

 玲子は俺の上着を胸の前であわせながら、頭を下げた。

「よろしくお願いします」


 *


 午前五時という半端な時間にカラオケボックスは閉まり、俺たちは追い出された。始発にはまだ時間がある。

「牛丼でも食うか?」

「い、いえ……。気持ち悪いです」

「おいおい、今ごろ二日酔いかよ」

「二日酔いって翌日の朝来るものじゃないんですか?」

「そりゃそうだな。妥当か。ただお前ずっと元気そうだったからな」

「身体は寝てたんですよぅ……」

 玲子が座り込んだ。

「おい、大丈夫か」

「い、いえ……ちょっとダメかもです」

 小走りに傍の塀の内側に入り込む玲子。

「お、おいちょと、どこ行く気だ」

 建物には入らず、塀の内側で座り込んでいる。

「吐くんだったら、よその敷地に入っちゃまずいって」

 しかし吐きはしなかった。しばらく肩で息をしていたが、立ち上がった。

「も、もう平気です……」

 玲子を支えるようにしながら通りに出た。

 と、そこで。

「荘司じゃないか」

 声をかけられた。振り向くと真崎……と、エミコちゃんだった。二人の視線が生暖かい。その意味に気づいて汗が吹き出してくる俺。

「エミコ……おはよう」

 玲子が律儀に挨拶をした。

「おはようルーちゃん。アンタ、簡単な女ねえ……」

 玲子、頭の上にでかいクエスチョンマークを浮き出させている場合じゃないぞ。反論しなくていいのか。

「あ、言っとくけど荘司、俺らはお前らと違って、さっきまで居酒屋で飲んでたんだ。結構気があってさ」

 真崎の言葉を聞きながら俺は玲子とたった今出てきた塀に書いてある文字を見ていた。ご休憩1時間3000円……か。

「ルーちゃん調子悪そうね。大丈夫?」

「だ、大丈夫……。ちょっと腰痛いけど……」

 まあ本体はソファでずっと寝てたわけだからな。

「……あらま。お盛んね」

「おさかな……?」

 エミコはばっちり何かを誤解し、笑って玲子の頭をぽんぽんと叩いた。玲子、だから不思議そうな顔をするとかじゃなくて。

「別にいいのよ。ところでルーちゃん、どうすんのアンタ。寮、帰んの?」

「うん……帰る。エミコは?」

「一緒に帰りましょ。じゃ、そういうことで、またね、まーちゃん」

 まーちゃんと呼ばれた真崎が頷いた。

「おー。またなー。じゃ荘司、帰るか」

 俺は歩き出そうとして思い出す。

「あ、そうだ玲子……なんで、ルーちゃん、なんだ?」

 玲子は振り返って答えた。

「いかるが、れいこ、じゃないですか私の名前。イカルガレーコ。縮んでガレーコ。それがカレー粉になって、カレールー。なので、ルーちゃんです」

「……そか」

「なんですか、期待外れみたいな顔して」


 *


 帰りの電車の中。閑散とした車内は早朝から行動を開始する人間と、俺たちのように活動を終えようとする人間とが入り交じった奇妙な空気だった。

 俺は思い出す。

「電話番号……また交換すんの忘れたな」

 真崎が笑った。

「何やってんだお前。……エミコから聞いといてやろうか」

 窓の外を流れていく東京の風景を見ながら俺は答える。


「今度はちゃんと会いに行くさ」

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