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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第8話

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瞬光碧影 5.


 あのマヤさんの”くしゃみ”から一週間。


 遅れて入った梅雨が、いきなり今日明けてしまった青空の下に僕たちはいた。


 照り付ける太陽と白い入道雲が夏の到来を告げている。


 昼下がり……一番暑い盛りだ。


 近所の公園にある高台の神社の境内に僕はいた。


 僕の足元のベンチの陰に、ハチワレ白グレーの猫又。


『ふう……暑いであるのぉ……』


 猫又が足元でボヤいた。


「もう直ぐだそうだよ」


 僕はスマホのメッセージを見ながら猫又をなだめた。


 程なくすると境内へと続く階段を上ってくる足音が聞こえてきた。


「お待たせしましたー!」


 瑠璃ちゃんの元気な声が境内に響く。


「暑いのに、お疲れさん……どうだった?」


 僕は何となく言葉を口にした。


「バッチリでしたよ……ほら!」


 瑠璃ちゃんは、黒いボディに45mm/f2.8パンケーキレンズを付けた一眼レフカメラを見せてニコリとした。


 結局、付喪神の半身の黒いカメラボディは、値段が高すぎて購入を断念。そして、瑠璃ちゃんの身体の事も考慮して、付喪神の宿るパンケーキレンズを手放す事になった。


 その際、店員の立花さんにダメ元で付喪神の件を説明をして、パンケーキレンズとカメラボディをセットにして店頭に並べてほしい旨を伝えた。


 はっきり言って、作り話か妄想のような付喪神の話を神妙な面持ちで聞いてくれた立花さんは、しばらく考えてから快く承諾してくれた。


 ただ、変な事があったので、一度ボディを点検整備に出したいとの事で、瑠璃ちゃんのパンケーキレンズも一緒に清掃に出してくれるという次第で手放す流れとなった。


 そして、今日が整備から戻ってくる日だった。


 立花さんの好意で、一日だけ試写をして良いとの事で貸し出してくれたのだった。


「すごくカッコいいね」


 僕は正直にそう思った。


「でしょ! ああ、これが私の愛機になるのなら、こんなに嬉しい事はない……なんですけどねぇ……はあ」


 瑠璃ちゃんはうっとりと、そして心底残念そうな溜め息をついた。


 やはり高校生には、このカメラは高すぎる。


『……おおっ! 付喪神よ……なかなか良いではないか。調子はどうだ?』

「なお、なーお……にゃー」


 猫又は日陰からのっそり出てきて、瑠璃ちゃんに擦り寄った。


 あざとい……。


「はは、よーしよしよし!」


 瑠璃ちゃんは、しゃがみ込むと猫又の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 そんな猫又の問いかけに、一瞬の沈黙。


――チッ、カチリ。


 その時。


 絞り環が滑らかに回るような、小気味よい金属音がカメラから響いた。


『…………。これはこれは八兵衛殿はちべえどの。この度は大変お世話になりました。そして先輩さんも心よりお礼を言わせていただきます』


「え……誰?」


 聞こえてきたのは、耳に心地よく響く重厚な低音でつやのあるダンディボイス。


 僕は思わず、黒く渋いカメラを二度見、いや三度見してしまった。


『あ、これは失礼いたしました。わたしは皆様がおっしゃる付喪神でございます』


 とてもジェントルマンな感じで喋る……渋いお爺さんになってる。


「え、あ、あの……なんで?」


『いえ、私は今まで半身だったので、どうも、知能が半分みたいな感じだったのでしょうか……この度、点検終了したレンズをボディに装着したところ、このように生前のような思考を持つ事が出来ました。ありがたい話です』


――合体、合体と言っていたのが噓のような紳士ぶりだ。


『で、先程の”八兵衛”とは何ぞ……我はそのような名ではないぞ』


 瑠璃ちゃんに撫でてもらっていた猫又がムクリと起き上がると問うた。


『おお! これは失礼いたしました。しかし、瑠璃嬢るりじょう貴方あなたを「八兵衛はちべえ」と言っておりましたので、てっきりそうかと……失礼しました』


『……な、なぬっ!?』


 その瞬間だった。


「シャー―ッ!」


 猫又が、弾かれたように飛び退くと、背中の毛を逆立てて二本足で立ち上がらんばかりの完璧な「やんのかポーズ」を決めたのだ。


 威嚇いかくしているはずなのに、顔が面白いことになっている。


「ぷはっ! あーっははは! 八兵衛……! その顔でそのポーズ、ピッタリじゃないか!」


 僕はこらえきれずに吹き出した。


「あれ? 先輩も”八兵衛”って名付けてたんですか?」


 瑠璃ちゃんは驚いたように僕を見上げた。


『八兵衛ではない! 断じて違うぎゃーーっ!』

「シャー――ッ! シャッ、シャー――ッ!」


 猫又の――もとい、八兵衛の必死の抗議が境内に虚しく響き渡る。


「――さてと、時間は有限だから撮り始めますね!」


 瑠璃ちゃんは、おかしな八兵衛を横目に立ち上がると、元気に言った。


 スッと自然にカメラのファインダーを覗き、シャッターを切り出す。


 青空の下、瑠璃ちゃんのポニーテールが揺れる。


 白いTシャツが眩しく、夏の日差しが痛い。


――カシャッ!


 しかし瑠璃ちゃんは、ものともせずにシャッターを切り続ける。


 境内を歩き、公園の緑を背にし、何度も何度も、愛おしそうに。


 程なくして、その短い「お別れ」の試写は完了した。


 瑠璃ちゃんは、カメラボディの下板のフィルムロックボタンを押し込み、軍艦部左のフィルム巻き戻しレバーを起こして、フィルムを巻き戻した。


パカン!


 そしてフィルム室の蓋を開けて、中におさまるパトローネを取り出した。


「ふう、もうすぐ返す時間だから、これで終わりですね……シャッター音が気持ち良かったぁ」


 瑠璃ちゃんは満足したように、そして寂しそうに言うと、取り出したパトローネをフィルムケースにしまった。


「もう、いいのかい?」


 僕は瑠璃ちゃんに声を掛けた。


「はい……少し残念だけど、このレンズは手放します。沢山ありがとうね」


 瑠璃ちゃんは労い(ねぎらい)の言葉をレンズとカメラに投げかけた。


『ああ……素晴らしい一時ひとときでした。思い起こせば、このカメラで私は妻と……おっと、この話は以前、先輩さんにお話しましたね。ふっ』


 付喪神は不敵な笑みを浮かべるように、レンズの絞り羽根をカチリ、と誇らしげに鳴らした。


「あ、すみません……その話とか他の話も、あんまり長かったんで聞き流していたので……覚えてません」


 僕は申し訳なさそうに言った。


『なんと……そうでしたか。そうですよね、若い人には少々退屈な話だったかもしれません……若いって素晴らしいですなぁ』


 付喪神はどこか遠い目をして言ったように聞こえた。


――いや……若さは関係ないかと――。


『ん? ……付喪神よ。お主……』


 猫又の八兵衛が少し焦ったように言った。


『ああ、もうそうなのですね……私、もう……意識がどんどん薄れていくようです……ああ……』


 付喪神の穏やかな声。


「ええっ! ど、どう言う事?」


 僕は猫又の八兵衛に聞いた。


『どうやら彼奴あやつは、成仏するようだぞい』


 猫又の八兵衛が少し寂しそうに言った。


「へ、成仏って……そんな幽霊みたいな展開って……え? ホントに?」


 僕の目にも付喪神の宿る、瑠璃ちゃんの手の中のカメラがキラキラと優しく光り出しているのが見えた。


「えええっ! 瑠璃ちゃん! 付喪神が成仏していくよ!」


 キョトンと僕を見ていた瑠璃ちゃんに必死に伝えた。


『ああ、我が人生に悔いなし……』


 いやいや、悔いありまくってカメラになってたんでしょう!


『……瑠璃嬢に八兵衛殿、そして先輩さん。ありがとう……さあ、魂の帰還です……ああ、何もかもが懐かしい……』


 そう言うと付喪神であった魂が、夏の西日が眩しい天へと召されていく光景が僕の目にも映った。


『こらー! 誰が八兵衛だぎゃー!』

「シャー! シャシャシャーーッ!」


 八兵衛はキラキラと消えゆく、かつて付喪神であった人の魂に吠えた。


 日はまだ高く、暮れの明星にはまだ早いけど、僕の脳内では夜空にキラリと輝き、紳士な老人がグッドサインを見せながらニヤリとする顔が浮かび――現世うつしよを去っていく。


 瑠璃ちゃんはポカンと僕の顔を見ている。


 空へキラキラと軌跡を残して昇る、悔い無き魂の輝きが美しい。


――感動的な光景だ。


 その、まさに最高潮の瞬間だった。


 シュバッ! と何かが急接近した。


 その輝きに、不用心に近づく影――


 マヤさんだった。


パクッ!

 

 僕は、衝撃的で決定的な瞬間を見てしまった。


 マヤさんは無造作に、それをムンズと掴むと、まるでスーパーの試食でも摘まむような軽やかな仕草で、ポイッと口の中に放り込んでしまったのだ。


『あ……食べた』


 八兵衛が呆然ぼうぜんと呟いた。


「ちょ、待ってよ……マヤさんそれ食べちゃダメなやつだよ!!」


 僕は知らず、声を荒げて叫んでいた。


ぺっ!


――あ、吐き出した。


(はあ、何だか美味しそうに見えたから、思わず摘まんでしまいましたが……なんて言うか、味がしなくて美味しくありませんわね)


 などと言って僕の所まで飛んできた。


『ああ、皆さんありがとう……私はこれで妻の所へ行けます……ありがとう……』


キラン!


 付喪神は、まだ昇天しないで何か言っている。


 もう誰も聞いていなかった。


 「どうしたんですか先輩? 空なんかずっと見て……付喪神さんが上がって行ったんですか?」


 そんな僕に、瑠璃ちゃんが聞いてきた。


「あー……うん。まあ、そんな感じ……かな」


 僕は何とも説明に困ったので、そっけなく答えてしまった。


「じゃ、私……帰ります。ありがとうございました。八兵衛またね!」


 瑠璃ちゃんは僕と八兵衛に別れを告げると、境内の階段を軽快に下りていった。


『誰が、八兵衛だ!』


 そう言うと八兵衛も瑠璃ちゃんを追って、二又の尻尾をスッと一本に巻き付け、ピンと立てて足早にその場を去っていく。


 僕だけポツンと小さなお社の前に残されてしまった。


――何だかあっけなかったなぁ……帰るか。


 そう思った矢先。


(下僕。わたくしここへ来る途中、いつもと違うお店を発見しましてよ)


 嫌な予感……。


(そこで今まで見た事もない、とても素晴らしいプリンの棚を発見しましてよ)


 意気揚々とマヤさんは鼻を鳴らしながら言った。


「はあ……」


 僕の気のない返事。


(さあ、行きますわよ……いざかん! ですわっ)


「やっぱり……そう来たかぁ」


 僕は再び、大きな溜め息をつくと、マヤさんの案内でその素晴らしいプリン棚のあるお店に向かう羽目になった。


「ところでマヤさん……最近は夜でもないのに、フラフラと表に出れるようになったんですか……」


(あら、いけなくって? わたくしにも夜だけではなく、昼も出歩く権利がありますのよ。ですから………………)


 などと延々と口上を並べたて、プリン売り場まで聞かせられるとは思いもしない僕だった。


 ああ……どこまでも青い夏の空が恨めしい。


 そして、今日も僕の平安な日常とは程遠い世界に身を置いていた。




   ♢   ♢   ♢




「――クッソ……ぐあぁぁぁっ! ――マジかよ……こん、な」


 暗い一室で毛布に包まり(くるまり)、蠢く(うごめく)物体があった。


――佐竹恭平さたけきょうへいだ。


 全身を引き裂かれるような激痛が、波のように断続的に襲う。


 熱に浮かされたように、異常な発熱が彼の体温と体力を奪っていく。


「……どうなってんだよ、これ? ……マジで、ヤベえ――」


 右腕が生き物のように脈打つ感覚。佐竹は暴れ出しそうな『それ』を必死に抑え込むように、床の上で丸まる。


 全身から脂汗が噴き出し、心臓の鼓動が早鐘のように鼓膜を打ち鳴らす。


 時折、頭の中に直接響くような『声』が聞こえる。


 幻聴か、それとも――。


 身体が内側から作り変えられていく。肉体が異形のモノへと変異しようとしていると、佐竹は本能で直感していた。


 ボロぼろきれのようなカーテンの隙間からは、穏やかな月光が差し込んでいる。


 だが、その淡い光すらも、今の彼にとっては吐き気を催す(もよおす)ほどの劇毒だった。


 静寂が包む。


(もう少し……)


「……だ、誰だ……何が……もう少し、だっ!」


 佐竹は虚空に向かって吠えた。


「がああああああ――!!」


 突如、額の中央から蒼白い光が漏れ出す。


「い、痛てええええええっ! 痛てえええええぞーぉおおっ!」


 頭蓋骨が内側から割られるような激痛に、佐竹は頭を抱え込み、床を転げ回って悶絶する。


 蒼白い輝きは、彼の苦痛を喰らうように白さを増していく。


「ぐ……ぎ、ぎゃあああああああああっ!」


 ブシュッ、と不快な音を立てて、全身の毛穴から黒い霧のような、いや、ヘドロに似た粘ついた「澱み」が溢れ出す。


 毛布に包まり悶え苦しむ佐竹の背中から、蜘蛛クモを思わせる異形の足が数本、幻影のように現れては苦しげに虚空を掻き(かき)、消える。


「――早く……終われ……俺を解放しろおおおおおおっ! こ、殺せええええええっ!!」


 魂を削るような絶叫。


 直後、額の光は限界を突破したように、強烈な閃光を放った。


「がっ、がはっ、がああああああああああ!」


 佐竹は堪らず毛布をはぎ取り、狂ったように頭を床に打ち付ける。


 額が割れ、血が飛び散る。


 その形相は狂人そのもの。白目を剥き、よだれを撒き散らしながら苦痛に吠える姿は、まさに血に飢えた狂犬だった。


 七転八倒しちてんばっとう


 暗闇の中で一層激しく輝きを増す額の光。その中心に、見る者が見れば――確かな『角』の輪郭が浮かび上がっていた。


「が、ぐ、がはああああ……の、吞まれて、堪るか、よ……ぐおおおおおっ!」


 荒い息を吐きながら、微かに正気しょうきを取り戻した佐竹。


 その瞳は血のように朱く染まり、昏く冷たい月の銀光をギラリと反射した。


「まだだ……まだ、俺はこんなもんじゃ……ねえ――」


 何もない、コンクリート剥き出しの暗い部屋。


 影が床を蠢き、のた打つように這う。


 静寂な世界に微かな「鬼気」が漂う。


 佐竹は一人、終わりの見えない変異の地獄と、深い闇の底で抗い続けていた。

 


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