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昔話異聞  作者: 藤村ひろと
海の章
8/11

伝説の意味と神々の事情

 

「私たちはね、海底に身を潜めてあなたたちの社会生活、その一部始終を観察しているの」


「私は、神様は空の上にいらっしゃるものだと思っていました」


「うん、そういう意見もあったんだけどね。宇宙に居るよりも深海に居たほうが、長く見つからずにすむと考えたわけ。私たちも、本当の深海をすべて探査できたのは、宇宙に出たずっとあとだったから。」


「……はあ……」


「あなたが世界と認識しているのは、この星のある一部。隔離された、ほんの一部の世界なのよ。そして、私たちが所属しているのは、その外側。あなたたちが西洋と呼んでいる、隔離された外の世界なの。わかるかな?」


「えぇ? 西洋というのは、単なる外国ではなく、神々の国のことだったのですか?」


「まあ、そうなるかな?」


「なんと……」



 太郎は、あまりの衝撃に絶句する。



「現在、日本と呼ばれている場所は、我々によって意図的に隔離された、巨大な実験場なのよ。遺伝子からデザインされた、まったく新しい人類の特性を研究するための、大切な実験場」


「……」


「この星はもう、採掘するものは採掘されつくし、リサイクルできるものはリサイクルしつくしたわ。百億の人間が住むのは、もう無理なのね。だから私たちは、別の星を見つけてそこに移住したの」


「別の星?」


「それでね。移住も無事成功し、生活に余裕が出てくるとね。今度は残してきた自分たちの故郷が、ひどく気にかかるようになったのよ。それで故郷の星、地球を、できるだけ元の状態に返してあげようということになったわけ 」



 女はここで、やりきれないと言った顔になると、吐きすてるように付け加えた。



「もちろん、そういう一見やさしい、人間味にあふれたことをして、政府のイメージをアップさせようって言う、多分に『政治的な思惑』が絡んでもいるんだけど」


「……はあ」


「で、実はその裏で新しい人類を作り、彼らを研究して、我々の将来に備えようって計画が持ち上がったの。さすがに今の母星を、ここと同じように滅ぼしてしまって、また 他の星を探して移住って言うわけにも行かないでしょう?」


「私には、神々の事情はよくわかりません」



 困惑する太郎には一切かまわず、女は話を続けた。



「だから、あなたたちは私たちとよく似ているけれど、全然別の生き物だといってもいいの。寿命もうんと短いし、身体はずっと丈夫だし、食事もうんと少なくてすむし」


 神様と自分たちが、違う生き物だと言われても。


 太郎としては、そりゃあそうだろうとうなずくしかない。


 しかし、寿命という言葉に、太郎は興味を引かれた。



「神様は、どれくらい生きられるのですか?」


「そうね、おおむね百年位かな。中には百二十を超える人もいる。あなたたちの平均が五十年だから、その倍くらいは生きるわね」


「ひゃ、百二十?」


「もっとも、あなたたちのように、ほんのわずかな、私たちにとっては一回の半分にも満たない食料で、十日も生きることはできないけれど。私たちは、日に三食も食べるのよ。それも一回に、あなたたちの倍の食事をね」



 太郎は、またも絶句してしまう。


 日に三回、一度に自分たちの倍の食事を取るのなら、そりゃあ百年もの長生きをするだろうと、妙なところで感心してしまった。



「日本以外の国々には、地球復興委員会のスタッフが点々と存在して、それぞれのフィールドで、破壊された自然を回復させようと頑張っているわ。まだまだ時間かかるけれど、いずれは元の美しい地球がよみがえるでしょう」


「はあ……よくわかりませんが、大変なお仕事なのでしょうね」


「そうね。でも、みんなやりがいを持ってるわね。それに比べると私たちは、やっぱり楽しい仕事とはいえないわ」


「そうなのですか? しかし、人々を見守るという、すばらしいお仕事ではありませんか。いや、神様に、私のような者が言うのは生意気ですが」


「ふふふ、ありがとう。でもね、実際ひどい仕事なのよ。だってね、この研究が一段落して、我々が新しい星とうまく共存してゆくことができるようになったとして、それじゃあ実験に使われたあなたたちをどうするかって話になるでしょう?」


「はぁ……」


「そのときの、あなたたちの役目って言うのは、観光施設化された地球の、昔の生活を再現し演出するための、いわば動物園の動物みたいなものなのよ」


「?」


「なんでそんなことになるかって言うとね、この計画に出資しているのが、有名なレジャーランド会社だからなの。その会社が出資の条件として、その後の観光権利を手にしたってわけ。ねずみがシンボルの、あの有名な会社よ。まあ、あなたは知るわけないんだけれど」



 女は少し怒ったような表情で、そう言った。


 それから、困惑している太郎の顔を見て冷静さを取り戻したのか、急に話題を変える。



「桃太郎のお話、知ってる?」


「はい、桃の殿様の武勇伝ですね。そういえばあの殿様も、ずいぶんと長生きしたようですけれど、もしかして?」


「そう。アレも私たちの失敗の例。ちょっとした事故で、DNA操作処理前の胎児を入れた胎盤カプセルを乗せた飛行機が、ある山の山頂付近に墜落してしまったの。もっとも処理班が飛んでって、すぐに後片付けをしたのだけれど」


「は、はぁ……」


「その時にひとつだけ、カプセルが回収されないまま川に乗って、ふもとまで流れていってしまったのね。処理前だから、カプセル内の胎児は私たちと同じ人間だった。老夫婦が持ち帰ったときにはもう、中の胎児は大きく育ち、やがてカプセルは胎児を外へ出すために開いたってわけ」


「すみません、乙姫様。私にはもう、何がなにやら」


「つまり、あなたの言う桃の殿様は、私たちの仲間だったってこと」


「なんと。それであの殿様は、長生きしたんですね? へえ、桃の殿様が、神様だったとは」



 そのとき扉が開いて、彼女の部下らしい男が入ってきた。


 男とすこし話した女は太郎を振り返ると、悲しげな笑みを浮かべた。



「さて、そろそろ時間みたい。いろいろと話せて楽しかったわ」


「こ、こちらこそ。神さまのお話を聞かせていただけて……」


「では、さようなら」



 冷たく話を切ると、彼女はそれきり姿を消す。


 その後ろ姿には、なんともいえない悲しげなかげが、べったりと色濃く落とされていた。



 

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