竜宮城と乙姫
やがて太郎を乗せた巨大な亀――潜水艇は、目的地に到着した。
「ここで、まっていなさい」
赤い髪の男に言われて、太郎は黙ってうなずく。
太郎が通されたのは巨大な部屋だった。海側の壁一面に分厚い耐圧の強化アクリルがはめ込まれ、海底の様子が見えるようになっている。
しかし、太郎の興味を引いたのは海の中の景色よりも、部屋そのものだった。床には柔らかなじゅうたんが敷き詰められ、銀色の優美なデザインのいすがいくつかおいてある。
もっとも太郎には、それが腰をかけるものだということがわからないので、彼はただ、珍しい部屋の中を眺めながらぼけっと突っ立ていた。
「海の底に、このように広大で不思議な城が……これがうわさに聞く竜宮か」
「いらっしゃい」
後ろから突然、声がかかった。
振り向いたそこには、不思議な着物をまとった、蜂蜜色の髪を持つ女が一人、微笑みながら立っている。
「あなたは……あなたが、乙姫様ですか?」
太郎の言葉に、一瞬あっけにとられた女は、やがて吹き出した。
「乙姫様? ふふふ、姫様ってほど若くもないんだけれど」
「まさか、竜宮城にご招待いただけるとは……」
「ご招待ってコトでもないんだけど、まあいいか。ここはね、あなたたちを観察し、研究するための施設なのよ」
「わたしたちを?」
「そう。そして、私はそこの所長。あなたは、この世界に本来ないはずのものを見てしまった。だから観察対象にならないのよ。それで、ほかに悪い影響が出ないうちに、隔離されたってワケ」
「は? あの……乙姫様?」
「わからなくていいから、聞いてなさい。あなた幸せよ? 今まで、あまたの賢者が求めてやまなかった、この世界を律する法則の一端を、垣間見ることができるんだから。つまり、神の摂理をね」
ブロンドの女は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「神の摂理……では、乙姫様とは神様なのですか? 竜宮とは、神の住まう場所なのですね? すごい! 私は神々の住まわれる場所へ来たのか!」
「う~ん、まあ確かにあなた方を見守ってるって意味では、神と呼ばれてもいいのかもしれないけど。でも私たちは、あなたたちを助けたり救ったりはしないわよ? ただ、見てるだけなの」
「そうでしょうとも。神様が簡単にお助けになっては、我々が努力しなくなってしまいますからね。いやぁ、しかし、すばらしい」
女は肩をすくめて半笑い。
「やっぱり、話が理解できないみたいだけど、まあいいか。スタッフの準備が整うまでまだ時間もあるし、せっかくだから、いろいろと面白いことを教えてあげる」
太郎は、子供のように目を輝かせて、うなずいた。
知識欲の旺盛な男なのである。
「安倍晴明って知ってる?」
話がいきなり飛んで、太郎は一瞬戸惑ったが、うなずいて答えた。
「陰陽師でしょう? 天子様にお仕えして、政の吉凶を占うという。うそかまことか百を越えるお歳だそうですが」
「そう、反魂術までも使いこなし、死者さえも操る無敵の陰陽師……ってことになってるヒトね。あのヒトあたりは、我々の存在に、おぼろげながら気づいているみたいね」
「晴明様が、竜宮の存在に?」
女は妖艶に微笑むと、ゆっくりと近づいてくる。
太郎はむっとするようなその色香に、思わず体を硬くした。
その様子を面白そうに見つめて、女は話を続ける。
「彼が気づいたのは、シリンダー(筒)のせいなの」
「しりんだぁ? それは?」
「そうね……竹筒みたいな形のものよ」
「竹筒、ですか」
「死者をよみがえらせる研究をしていた、竹取翁と言う老人が、シリンダーを手に入れたの。間抜けな話なんだけど、こちら側の手違いで新品のシリンダーがひとつ、紛失していたのよ。それをどこでだか拾ったというわけ。もっとも本人は、その重要性にまったく気づいてなかったのだけれど」
「……?」
「シリンダーには、カスタム(改造)された人体コントロールナノマシンが入っていた。カスタムの内容によってシリンダーは色分けされているの。老人が拾ったのはグリーンのシリンダー。救急救命シリンダーよ」
「乙姫様。いったい何を言っているんです?」
「外傷、病気、そのほかのトラブルを治療するシリンダーのこと。死後24時間以内であれば、たいていの状況には対応できるのよ。もっとも、それ以上時間がたっていれば、酸欠による脳のダメージまで回復させることはできないけれど」
太郎は女の言葉の意味がわからず、ついには黙り込んでしまう。
もっとも女の方はそんな彼にかまわず、嬉々としてしゃべり続けていた。
「老人は反魂術に成功したと勘違いしていたようだけど、実際はシリンダーの力なの。シリンダーのナノマシンがかぐやを治療している間に、怪しげな術をいろいろと駆使して、それによって生き返ったと思っていたらしいけど、まったくお笑い種だよね」
「あの……乙姫様? 私には、あなたのお話がちっとも……」
「まあ、そうあわてないで。時間はたっぷりあるんだから。老人はもともと、安倍晴明の命で反魂術を研究していたのだけれど、そんな男がシリンダーを拾ったというのも、何か因縁めいたものなのかもしれないわね」
女はますます、饒舌になってゆく。
「しかし老人は綱に斬られてしまった。それでコトの仔細を渡辺綱から聞いた晴明は、老人の屋敷を徹底的に捜索させ、そこで、シリンダーの存在を知ったわけ」
「……」
「でもね、それじゃこっちは困るのよ。そんなものが存在することを、被験者が知ってしまっていては、正確なデータが取れないでしょ? 彼らをはるかに凌駕する神の力を持った存在が、実際に居るとわかってしまってはね」
「……」
「神はあくまで、宗教としてだけ存在していてもらわなくてはまずいわけ。じゃないと、みんながその巨大な存在を当てにしすぎて、自力で事態を切り抜ける力をもてなくなってしまうから。さっきあなたが言ったみたいにね」
「はい。それはわかります。神様を当てにして、努力しなくなってしまって、いいわけがないです」
ブロンドの女は、優しく微笑んでうなずいた。
「だから私たちは、極力、自分たちの存在を消して行動しているの。今回はちょっとした潜水艇の故障で、たまたま、あなたに見られてしまったけれど」
「大丈夫です。ここで見聞きしたことは、決して誰にも話しませんから」
「うん、それは心配してないけどね」
太郎は、美しい乙姫が自分を信用してくれたと、ひどく嬉しい気持ちになった。
本当はもちろん、彼女が心配していないのは、もっと物騒な理由によるのだが。




