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昔話異聞  作者: 藤村ひろと
海の章
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7/11

竜宮城と乙姫

 

 やがて太郎を乗せた巨大な亀――潜水艇は、目的地に到着した。



「ここで、まっていなさい」



 赤い髪の男に言われて、太郎は黙ってうなずく。


 太郎が通されたのは巨大な部屋だった。海側の壁一面に分厚い耐圧の強化アクリルがはめ込まれ、海底の様子が見えるようになっている。


 しかし、太郎の興味を引いたのは海の中の景色よりも、部屋そのものだった。床には柔らかなじゅうたんが敷き詰められ、銀色の優美なデザインのいすがいくつかおいてある。


 もっとも太郎には、それが腰をかけるものだということがわからないので、彼はただ、珍しい部屋の中を眺めながらぼけっと突っ立ていた。



「海の底に、このように広大で不思議な城が……これがうわさに聞く竜宮か」


「いらっしゃい」



 後ろから突然、声がかかった。


 振り向いたそこには、不思議な着物をまとった、蜂蜜色の髪を持つ女が一人、微笑みながら立っている。



「あなたは……あなたが、乙姫様ですか?」



 太郎の言葉に、一瞬あっけにとられた女は、やがて吹き出した。



「乙姫様? ふふふ、姫様ってほど若くもないんだけれど」


「まさか、竜宮城にご招待いただけるとは……」


「ご招待ってコトでもないんだけど、まあいいか。ここはね、あなたたちを観察し、研究するための施設なのよ」


「わたしたちを?」


「そう。そして、私はそこの所長。あなたは、この世界に本来ないはずのものを見てしまった。だから観察対象にならないのよ。それで、ほかに悪い影響が出ないうちに、隔離されたってワケ」


「は? あの……乙姫様?」


「わからなくていいから、聞いてなさい。あなた幸せよ? 今まで、あまたの賢者が求めてやまなかった、この世界を律する法則の一端を、垣間見ることができるんだから。つまり、神の摂理をね」



 ブロンドの女は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。



「神の摂理……では、乙姫様とは神様なのですか? 竜宮とは、神の住まう場所なのですね? すごい! 私は神々の住まわれる場所へ来たのか!」


「う~ん、まあ確かにあなた方を見守ってるって意味では、神と呼ばれてもいいのかもしれないけど。でも私たちは、あなたたちを助けたり救ったりはしないわよ? ただ、見てるだけなの」


「そうでしょうとも。神様が簡単にお助けになっては、我々が努力しなくなってしまいますからね。いやぁ、しかし、すばらしい」



 女は肩をすくめて半笑い。



「やっぱり、話が理解できないみたいだけど、まあいいか。スタッフの準備が整うまでまだ時間もあるし、せっかくだから、いろいろと面白いことを教えてあげる」



 太郎は、子供のように目を輝かせて、うなずいた。


 知識欲の旺盛な男なのである。



安倍晴明あべのせいめいって知ってる?」



 話がいきなり飛んで、太郎は一瞬戸惑ったが、うなずいて答えた。



「陰陽師でしょう? 天子様にお仕えして、まつりごとの吉凶を占うという。うそかまことか百を越えるお歳だそうですが」


「そう、反魂術までも使いこなし、死者さえも操る無敵の陰陽師……ってことになってるヒトね。あのヒトあたりは、我々の存在に、おぼろげながら気づいているみたいね」


「晴明様が、竜宮の存在に?」



 女は妖艶に微笑むと、ゆっくりと近づいてくる。


 太郎はむっとするようなその色香に、思わず体を硬くした。


 その様子を面白そうに見つめて、女は話を続ける。



「彼が気づいたのは、シリンダー(筒)のせいなの」


「しりんだぁ? それは?」


「そうね……竹筒みたいな形のものよ」


「竹筒、ですか」


「死者をよみがえらせる研究をしていた、竹取翁たけとりのおきなと言う老人が、シリンダーを手に入れたの。間抜けな話なんだけど、こちら側の手違いで新品のシリンダーがひとつ、紛失していたのよ。それをどこでだか拾ったというわけ。もっとも本人は、その重要性にまったく気づいてなかったのだけれど」


「……?」


「シリンダーには、カスタム(改造)された人体コントロールナノマシンが入っていた。カスタムの内容によってシリンダーは色分けされているの。老人が拾ったのはグリーンのシリンダー。救急救命シリンダーよ」


「乙姫様。いったい何を言っているんです?」


「外傷、病気、そのほかのトラブルを治療するシリンダーのこと。死後24時間以内であれば、たいていの状況には対応できるのよ。もっとも、それ以上時間がたっていれば、酸欠による脳のダメージまで回復させることはできないけれど」



 太郎は女の言葉の意味がわからず、ついには黙り込んでしまう。


 もっとも女の方はそんな彼にかまわず、嬉々としてしゃべり続けていた。



「老人は反魂術に成功したと勘違いしていたようだけど、実際はシリンダーの力なの。シリンダーのナノマシンがかぐやを治療している間に、怪しげな術をいろいろと駆使して、それによって生き返ったと思っていたらしいけど、まったくお笑い種だよね」


「あの……乙姫様? 私には、あなたのお話がちっとも……」


「まあ、そうあわてないで。時間はたっぷりあるんだから。老人はもともと、安倍晴明のめいで反魂術を研究していたのだけれど、そんな男がシリンダーを拾ったというのも、何か因縁めいたものなのかもしれないわね」



 女はますます、饒舌になってゆく。



「しかし老人は綱に斬られてしまった。それでコトの仔細を渡辺綱わたなべのつなから聞いた晴明は、老人の屋敷を徹底的に捜索させ、そこで、シリンダーの存在を知ったわけ」


「……」


「でもね、それじゃこっちは困るのよ。そんなものが存在することを、被験者が知ってしまっていては、正確なデータが取れないでしょ? 彼らをはるかに凌駕する神の力を持った存在が、実際に居るとわかってしまってはね」


「……」


「神はあくまで、宗教としてだけ存在していてもらわなくてはまずいわけ。じゃないと、みんながその巨大な存在を当てにしすぎて、自力で事態を切り抜ける力をもてなくなってしまうから。さっきあなたが言ったみたいにね」


「はい。それはわかります。神様を当てにして、努力しなくなってしまって、いいわけがないです」



 ブロンドの女は、優しく微笑んでうなずいた。



「だから私たちは、極力、自分たちの存在を消して行動しているの。今回はちょっとした潜水艇の故障で、たまたま、あなたに見られてしまったけれど」


「大丈夫です。ここで見聞きしたことは、決して誰にも話しませんから」


「うん、それは心配してないけどね」


 太郎は、美しい乙姫が自分を信用してくれたと、ひどく嬉しい気持ちになった。


 本当はもちろん、彼女が心配していないのは、もっと物騒な理由によるのだが。



 

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