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昔話異聞  作者: 藤村ひろと
竹の章
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4/11

竹取の翁といふもの

文中に、人によっては不快に感じられる描写が含まれます。

 

 あるところに、竹取のおきなと呼ばれる老人がいた。


 もっとも、竹取とは仕事の種類だし、翁とは老人のことだから当然、本名ではない。


 竹を取ってかごなどを編み、生計を立てているのだからもちろん、金持ちでも高貴な身分でもない。 むしろどちらかと言うと、変わり者の偏屈な爺さんである。


 妻も友人もいない、孤独なひとり身だ。



 彼は、全身に大きなやけどを負っていた。


 顔は醜くひきつれ、無愛想な表情とあいまって、なかなかに他人を寄せ付けない、恐ろしげな雰囲気を身にまとっている。


 しかし、誰がそのヤケドの由来を聞いても、爺さんはかたくなに口を閉ざし、決して明かそうとはしなかった。


 そのため人々の間では、『先日殺された鬼の生き残りではないか?』というような憶測まで、飛び交っていた。


 もっとも老人は、鬼と言うにはいささかくたびれ、貧相ないでたちであったから、それ以上、人々が疑うこともなかったのだが。



 爺さんのところには、通いで世話をしてくれる老婆がいた。


 彼女がなにものなのかは、村の誰も知らない。


 いや、たいていの者は、彼女が爺さんの女房だと思っている。


 しかし、通いであるから当然、夜になれば彼女はどことも知れぬ自宅へ帰り、爺さんはひとりで、長い夜を過ごすのである。



 人々は、彼の顔に残った大きなやけどのあとが、他人を遠ざける理由の一端であると勝手に解釈し、それ以上、老人に深くかかわることをしなかった。


 とは言え、彼に寂しさはない。


 むしろ、余計な気遣いや雑音を排除したくて、この歳になるまで連れ合いを持たなかったのだ。なぜなら彼には、昼間の竹取とは別にもうひとつ、夜の顔があるからだ。



ぽたり、ぽたり。



 大きいばかりの荒れ果てた屋敷。元は、どこぞの公家か大名の、別荘だったらしい建物だ。


 さびしく不便な場所にあるので、手放されたあとは手を入れる者もなく、荒れ果てるままになっている。


 爺さんは、ここに住んでいた。



ぽたり。ぽたり。



 その屋敷の奥の座敷から、今夜も怪しげな物音が聞こえる。



「ふうむ。大筋はこれでよかろうが、いったい、何がいかんのだろう?」



 爺さんはぶつぶつと独り言ちながら、奇妙な形をした、瑠璃ガラス製の南蛮の容器をつかって、ぶくぶくと泡立ったり、ぽこぽこと瓦斯ガスを発する液体を混ぜ合わせている。


 そのそばには、金属の棒を突き刺された犬猫や、なにかの線をつながれたヘビ、カエル、それになんと、はらわたを引きずり出された、どうやら胎児らしき遺体まであるではないか。


 背筋の寒くなる恐ろしい光景の中、しかし、爺さんは冷静な様子で黙々と作業を続ける。



 その目の前に横たわるのは、ひとりの小さな女の子。


 素っ裸の身体は、まるで白磁のように美しいが、血の気と言うものがまったく感じられない。


 まるで蝋人形のようだ。


 彼女の細い腕には、透明の管が差し込まれ、それは大きなガラス製のビンにつながっている。


 ぽたりぽたりと言う音は、そのガラス瓶の中の、赤黒い液体が立てる音であった。



「うぅむ。このままでは、また腐ってしまう。わしも歳だし、もう墓暴はかあばきのような重労働はしたくないのだがなぁ」



 つまり、この娘、いや、この遺体は。


 あばいた墓の中から盗んできたものなのだ。



 そんな恐ろしいことを、まるでそこいらで竹でも採ってくるかのように、淡々と独り言ちる爺さん。


 そうして腕を組んだまま、しばらく考えていた爺さんは。


 突然、はたと手を打つと、嬉々として動き出した。



 やがて準備が整ったのか、爺さんはむっつりと黙ったまま、横にある機械を起動する。


 瞬間。



びくん。



 娘の遺体は、まな板の上の魚のように跳ね上がった。


 爺さんは、会心の笑みを浮かべる。


 それから、娘のまだ幼い胸に耳を当て、口元に手をかざし、やがて。



「誕生日おめでとう。わが娘」



 と、小さくつぶやいた。


 




 竹取の翁の家に、天女と見まごうばかりの娘がいる。



 評判は、風をまいて近隣を駆け巡った。


 村の人間は、例の通いのばあさんを彼の妻だと思っていたから、彼らの孫かなにかだと勘違いしていた。


 しかし、やがて彼らは不思議なうわさを聞くようになる。



 その娘が竹のふしから生まれたという、世にも奇妙な話を。


 彼女は、その生まれの不思議さと、それ以上にその美しさを持って、人々から、おそれに近い崇拝をいただくこととなった。



 そして、そう言う話になれば当然、貴族の若者が押しかけてくる。


 世にも見目麗みめうるわしい娘。


 しかも、貴族の娘のようにお高くとまった扱いづらい女ではなく、その身分からいえば、側室にしたとしても充分に喜ばれるだろう、こちらの非常に扱いやすい立場の娘。


 貴族の若い男たちは、そう高をくくって彼女をめとりに、竹取の翁の元へ現れる。



 しかしその娘、かぐや姫は、一筋縄ではいかぬ驚くべき難物なんぶつだった。


 後世に残る物語では、そのとき彼女が、世にも難しい無理難題を吹っかけたと言うことになっている。


 が、これは貴族の若者たちが、あとで自分たちを正当化するために騙った作り話であった。



 実際のところ、 彼女はみなに平等に、しかも簡単な条件をつけただけだった。


 もっとも、簡単と言うのは『技術的な難易度』の問題であって、若い貴族らを取り巻く状況から言えば、確かに非常な難題であったのだが。



 彼女はただ一言、「百万両の金銀を用意して欲しい」と言っただけなのである。



 しかし、都でさえ疫病が流行はやり、道々に倒れる行き倒れなど珍しくもないようなこの時代において、それほどのお金を用意できるのは、天子様くらいしかいらっしゃらない。


 貴族の若者たちは、しぶしぶと引き下がるよりなかった。


 とは言え、まさか嫁に迎えたいと言っておいて、支度金が用意できないからやめるなどとは、彼らの肥大したプライドが許さない。


 結局、家柄云々をたてに、自ら言い出した願いを引っ込めた。


 そして仲間内には、彼女が無理難題を吹っかけたとして、話をうやむやにしてしまった。



「百万両、一人くらいは用意してくれるかと思ったがな。それだけの大金があれば、研究を続けるにもずいぶんと楽なのだが。何せあの人は、アレでなかなかにケチだからなぁ」



 翁が皮肉な微笑を浮かべてつぶやく。


 かぐや姫はその言葉に翁を見、小首をかしげて、それから穏やかに微笑んだ。


 翁はその顔を見ながらもう一度にやりと笑い、独り言を続ける。



「まぁ、そうあせって値切ることもあるまい。いずれ天子様が、お前に会いたがるかも知れぬ。そのときはせいぜい吹っかけて、お前を高く売りつけるとしよう」



 かぐや姫はしかし、翁のそんな冷酷な言葉にも、微笑んだままうなずくだけだった。


 彼女は、翁の言うことなら何でも聞くのだ。


 翁が死ねと言えば、彼女は笑ったまま死を受け入れるだろう。



 しかし、それは彼女が翁に心酔しているからではない。


 彼女には、死の意味がわからないと言う、ただそれだけの理由だ。


 翁の学んだ外国の言葉でリビングデッド、ゾンビなどと呼ばれる彼女は、その賢そうな見かけに反して、子犬ほどの知能も備えてはいない。


 彼女には二つの欲望しかないのだ。



 食欲と服従欲。



 腹を満たすこと、支配者である老人に全ての判断を預けること。


 イヌとまったく同じ、その本能だけを満たすために生きている。


 彼女はまさに、野生動物であった。



 イヌと違うのは、彼女は人間としての性欲や繁殖欲がないことだけだ。そしてそれは、老人には必要のないものだった。



「あ……ごはん……ごはん」



 まったく純粋で、まったく他意のない、心の底からの欲望を彼女は言葉にした。


 老人はうなずくと、彼女のための食事を取りに行く。


 しかし、もともと貧しい竹取の老人だ。育ち盛りの娘の食欲を満たす、たくさんのおいしい食事などあるわけはない。



 老人がもってきたのは、彼が食べ残した残飯と、そこらで捕まえてきた、ミミズ、ウジ、犬猫の屍骸、雑草、そのほかもろもろである。


 それを「ミキサー」と呼ばれる外国製の機械にかけると、そのどろどろとした異臭を放つ液体を、粗末な木のわんに注ぎ、かぐや姫の前においた。


 かぐや姫は腹をすかせた野良犬のように、その椀に飛びつく。


 そして、がつがつと異臭を放つ液体を喰らいはじめる。はたで見ているものさえたじろがせるような、強烈な異臭を放つ地獄のスープを、彼女は至福の表情を浮かべてむさぼった。



 平静を保って見ていられるのは、そこまでだった。


 『私』はゆっくりと影を出て、老人に姿を見せた。



 

ちょっとした叙述トリック的、遊びを入れてみました。

次話はこの『私』の視点で語られます。

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