鬼退治の終焉
「先生?」
キジが、誰に問うともなく、つぶやく。
男は血まみれの身体をぬぐい、焼酎で手を洗うと、桃太郎たちをキッと振りかえり、怒鳴った。
「この女と子供、両方救うには、一か八か、腹を切開して取り出すしかなかったのだ。残念ながら子供は助からなかったが、女はどうにか助かるだろう。これが俺のやっていたことだ。申し開きと言うのは、これでいいのか?」
「そんな話、聞いたことねえぞ!」
叫ぶサルに、男は侮蔑を投げつける。
「これは、外国で考えられた方法だ。お前がもっている青龍刀、それを作った国のはるか西、天竺より更に西にある国々では、身ごもった女と子供、両方を助けるために、しばしば、こういう術を用いるのだ」
「まさか。そんなの嘘だ!」
イヌがヤリを振り上げて叫んだ。
しかし男はおじけるでもなく、今度は本当に焼酎をごくりと飲むと、仏頂面で答える。
「嘘も何も、女は現に生きているだろうが。重要な臓物を避けて最小限に切れば、腹を割いたとて命まではなくならん。外国の知識だから、無知を哂おうとは思わんが、もう少し目を開いて、もっと広い視野を持つがいい」
男の自信たっぷりな様子に、四人は言葉を失う。
男は彼らを放って、他の患者のところへ向かった。
そう、彼は外洋で難破し、外国船に助けられて向こうで医術を学んできた、洋行の医師であったのだ。
言葉もわからない外国で、これだけのことを学んで帰り、あまつさえ実践しているのだ。
天才と言っていいだろう。
彼の行っていた帝王切開手術は、外科知識どころか、治療のために身体を切ると言う概念さえ持たない者から見れば、鬼の所業に見えても仕方ないだろう。
しかし、確かに彼は医師だった。
それが間違いないことを、四人とも直感的に悟っていた。
「と言うことは、表にいた異形どもは……」
桃太郎の小さなつぶやきを、男は聞き逃さない。
「なんだと……まさか、きさまら!」
叫んで駆け出し、男は扉の向こうへ姿を消した。
四人は途方にくれた。
たくさんの患者がうめきを上げる病棟のなかで、ひたすらに立ち尽くす。
やがて、呆然と言った面持ちで、男が帰ってくる。
「みんな……死んでる……」
「あの、異形のものどもは……」
桃太郎の言葉に、男は激昂した。
「異形だと! あいつらは人間だ! みな重篤な病で姿かたちは変わってしまっているが、穏やかで気のいい、まっとうな人間だ!」
桃太郎の顔が驚愕にゆがむ。
「少なくとも、話もせずいきなり皆殺しにしてしまう、貴様らのような悪鬼より、ずっと人間だ!」
「しかし……」
「骨の病、皮膚の病、筋肉の病。本人のせいではないと言うのに、いわれのない差別や迫害を受けてきた者達だ。みな故郷を捨て、ここに安息の地を得て、穏やかに暮らしていただけだと言うのに……」
「そんな……」
「お前らも、外の世界で彼らを迫害したやつらと同じだ! 姿かたちが違うというだけで、バケモノ扱いし、挙句の果てに皆殺しかっ! その醜くゆがんだ心のほうが、よほど鬼だ!」
強烈な、熱風。
まさにそういった激昂ぶりだった。
男は、涙を流し、怒りに燃えて、彼らを糾弾した。
彼らは何も言えないまま。
ただ、罵られるままだった。
それ以外、彼らに出来ることはなかった。
桃太郎の意気消沈ぶりは、見ている方の胸が痛くなるほどだった。
「気に病んじゃいけません。誰だってあんな異形を見れば、鬼だと思っても仕方ないですって」
キジの慰めに、横のイヌがうなずく。
「それに、あの男。医者だなんて言ってたけど、わかったんもんじゃありませんや。病の人間をあんな孤島に集めて、なにかよからぬ実験でもしたんじゃないですかね?」
「しかし……」
桃太郎の顔は、暗い。
イヌとキジは、ため息をついて、帰りの船を準備する。
と。
キジが声を上げた。
「ところでサルの兄貴は?」
いつの間にか、サルがいなくなっていた。
三人は、辺りを見まわす。
と。
どぉぉぉぉぉん!
爆音が鳴り響き、山の上に、ぱあっと炎が上がった。
「な、なんだぁ?」
驚いていると、やがて、山から駆けてくる者の姿が見えた。
サルだ。
その姿を見た瞬間、桃太郎は全てを理解する。
やってきたサルに向かって、大声で怒鳴った。
「サル! おぬし、火を放ったな! 爆薬か!」
サルは黙って不敵な笑みを浮かべる。
その笑みが、桃太郎の言葉を肯定していた。
キジとイヌは言葉を失って、二人を見つめている。
「なんということを……」
「だがね、大将」
サルはふてぶてしく言い放つ。
「このままじゃ、俺達のほうが鬼になっちまう。あいつがお上に俺たちのことを、恐れながらと訴えれば、俺達の首は胴体と泣き別れだ。そいつはちと困るだろう?」
「しかし、それでは……」
「それに、最初は火を放つつもりはなかったんだよ。けどな、もしかしたらアイツなら知ってるかもしれないと思って、聞いてみたのさ」
「なにをだ?」
「大将のことだよ。俺らの大将は、桃から生まれたらしいんだが、そんな病もあるのか? ってね。そうしたら、あいつどうなったと思う?」
意味ありげな笑いを浮かべて、サルは続けた。
「あの男、ものすごい形相で俺を見たあと、両肩をつかんで叫んだんだ。『それは本当か?!』ってね。それからしばらく、ぶつぶつとつぶやいていたんだが、不意に、けたたましく笑い出したんだよ。まるで、気がふれたみたいに」
「どういうことだ?」
「わからんね。だが、俺はその笑いがものすごく気味悪くて、なんだかむかっ腹が立ったんだ。それで火をつけてやったのさ。断言してもいいがね、あの男は自分で言うほど立派な医者じゃあないな。あんなひねた薄気味悪い笑いをする人間が、立派な医者であるものか」
とにかく、やってしまったことは取り戻しようがない。
結局、桃太郎一行は、鬼が島の生きとし生けるもの全てを殺す、と言う惨劇をやってのけ。
失意の中、島をあとにしたのだった。
早すぎた天才医師は、こうしてこの世を去った。
その後、桃太郎は三人の家来とともに戦場を駆け抜け、やがて、小さいながらも一国一城の主となる。
権力を持った桃太郎はあの島を買い取り、今や国の重臣となったサルに命じて、調査をさせる。
だが、事件から数十年の月日を経て、その跡は全て消え去っている。
あの医師がやっていたことが何だったのかは、結局わからずじまいだった。
しかし、焼け跡の奥の奥、ひっそりと作られた地下室から。
桃太郎の生まれた桃と同じ形をした、素材の判らぬ容器が幾つか見つかった。
そのことだけは、特筆に価するだろう。
結局、調査は打ち切られ。
それ以降、島は立ち入り禁止となった。
桃太郎は、よき主として善政を布いた。
人々は君主の鑑と彼を褒め称える。
その穏やかで情に厚い人柄と、病や事故などで異形の姿となった者まで優しく救う彼のやり方に喝采を送り、幸せに暮らした。
その善政は近隣にまで鳴り響き、「桃の殿様」として人気を博し、有名な忠臣である通称イヌ、サル、キジの三人と共に人々から愛された。
しかし、その表情は常にかげりを帯び。
八十八でその生涯を閉じるまで。
ついに、一度も笑うことがなかったと言う。




