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昔話異聞  作者: 藤村ひろと
桃の章
2/11

鬼が島

 

「ねえ大将。まさか、あれじゃないでしょうね?」



 揺れる船の上でキジの指すほうに目を凝らし、一行はそこで驚愕に言葉を失う。


 それもそのはず。


 目指す島の沿岸にいつのまにか、びっしりと人影が現れているではないか。


 しかも海岸を埋め尽くす人影は、近づくにつれ輪郭を明瞭にしてゆく。



 はっきりと見えてくると、船の中には重苦しい沈黙が影を落とした。


 みな、確認できたのだ。いや、確認してしまったのだ。


 そこに見えるものは、なるほど人らしい形をしているが、しかし、人ではありえないということを。



 異形。



 古木のようにねじくれた身体、おどろおどろしい皮膚の色。


 奇怪な姿をした異形の者たちの姿が、そこにあった。


 海岸を埋め尽くすその異形の者たちは、怯え、怒っていた。来るはずのないよそ者に、最大級の警戒をしているのだ。


 うなり声のようなものまで、はっきりと聞こえる距離まで近づいたとき、桃太郎はみなを振り返り、最後の確認をした。



「怖くなった者は、帰っていいのだぞ?」



 少々怖気おぞけをふるっていた彼らは、しかし大将のその言葉で、本来の傲慢さとふてぶてしさを取り戻した。


 イヌはにやりと笑って、桃太郎に答える。



「大将。俺たちぁ義兄弟だ。地獄の底までついて行くって。なあ、みんな?」


「おぅ!」



 瞬時に返って来る頼もしい返事に、桃太郎は満足げにうなずくと、凛とした瞳を異形の者達に向けながら鋭く号令をかけた。



「その意気や、よし。それではこれより、鬼退治に参る!」


「おぉ!」



 船の底が海底をこするや否や、四人は波を蹴って飛び出した。



 びっしりと集まった異形の中へ、真っ先に飛び込んだのはイヌだ。


 彼は自慢のヤリを振り回し、近くの者を次々とほふってゆく。たまに懐の長いヤリの弱点を突いて至近距離に入り込んできた敵には、上から匕首や手裏剣の洗礼が浴びせられる。


 もちろん、キジの得意技である。


 二人はお互いの弱点を補いあい、敵の真っ只中を暴れまわる。



 しかし、更にすさまじいのはサルだった。


 大勢の敵の中を、まるで無人の野に歩を進めるがごとく、青龍刀を振り回しながら道を切り開いてゆく。


 青龍刀の一振りごとに血飛沫ちしぶきが、赤い雨のように降り注ぐ。


 そして、サルが切り開いたその真っ赤な道を進むのは。



 もちろん桃太郎であった。


 サルの青龍刀がナタやマサカリだとしたら、桃太郎の日本刀はかみそりである。敵が触れるか触れないかのウチに、切り口も鮮やかに両断してしまうのだ。


 あれほどの数を誇っていた異形どもは、いまや恐怖の叫び声さえあげて、我先にと逃げ惑う。


 それを追うとするイヌとキジを、しかし、桃太郎は止めた。



「追う必要はない。あの山の上の屋敷、あれが本丸だろう。あそこにきっと、こいつらの大将がいる。その首を取るのだ」


「応ぅ!」



 合点承知の三人は、我先にと敵の本丸目指して進む。


 やがて。


 斬りも斬ったり無数のしかばねを超えて、山頂の屋敷の前に立つ。



「みな、大事無いか?」



 桃太郎の問いに、三人の家来はにやりと不敵な笑みを浮かべてみせる。


 彼らは大挙して押し寄せてきた異形の者どもを、ことごとく切り捨て、打ち倒し。


 ついに島の中心部、鬼の大将が住むと目される館までたどり着いた。


 守の兵らしき異形を、桃太郎の剣が一閃、切り倒した先に、重厚な扉で閉ざされた巨大な離れがあった。サルが分厚い扉を押すと、彼の膂力りょりょくにそれは苦もなく開く。


 勢いよく中に乗り込んだ四人はそこで。


 目に飛び込んできた光景に絶句した。



「鬼……」



 誰がつぶやいたものか。



 むわっと顔を押すような、物理的な力さえ感じられる腐敗臭。


 薄暗い空間を満たした、生臭い血臭。


 そして、その吹き出した臭いとともに、彼らの神経を焼いたのは。



 赤。



 床をぬらす、大量の血。


 飛び散って壁に凄惨な絵画を描く、血液の赤だ。


 その赤い世界の真ん中に、その男はいた。



「あれが、鬼……か」



 もう一度、誰かがつぶやく。



 その男は、こちらに背を向けてかがみこんでいた。


 眼前にはもう死んでいるのだろうか、大きく腹のせり出した女が血にまみれて転がっている。


 と。


 なんと「鬼」は女の臨月の腹を裂き、その中に腕を突っ込んだ。


 そして中から血まみれの塊を取り出す。



 みなが恐怖に凍りつく中、桃太郎は、悪鬼の所業に猛然と腹を立てていた。


 憎悪に歯を食いしばり、鬼をにらみつける。



 臨月の腹を裂いて、子供を引きずり出す。


 なんと言う非道。


 最悪の外道。


 まさに、鬼。



 桃太郎に流れる正義の血が、全身を包む。


 その憤怒の気配に、鬼は振り返った。


 そして突然の闖入者である桃太郎たちの姿を認めると、ものすごい形相で歯をむき、烈火のごとく怒り出す。



「なんだぁ、キサマら! 何をしている!」


「それは、こっちのセリフだ」



 怒りに燃えていた桃太郎は、鬼の声を聞いた瞬間、ふいに身体が冷たくなるのを感じた。


 決しておくしたわけではない。むしろその逆だ。


 膨れ上がった怒りが、ぶつける相手を実感した瞬間、恐ろしく凝り固まり。


 濃く、冷たい毒へと変わったのだ。



 逆上したままではこの怪物には勝てないと、彼の本能が察知したのかもしれない。


 その冷静な目で見てみれば、「鬼の大将」は確かに人間のようだ。


 まさに言葉どおり鬼気きき迫る充血した瞳を見開き、全身をあけに染めて、しかし、そこに立っているのは一人の人間だった。



「人……か。姿かたちは少なくとも、人に見えるな。しかしその所業、到底人とは言えぬ。幼子を身ごもった母親を喰らうばかりか、その胎児を引きずり出して喰らう。人のカタチをしている分、キサマの鬼は、より醜い」


「ふん、愚かな……」


「なんだとっ! この悪鬼めが」



 激昂したサルを、桃太郎は冷静にとどめる。



「鬼よ、我らを愚かとわらうのが、貴様に出来るこの世で最後のことだ。この桃太郎、今まさに天意をもって貴様を成敗する。おとなしく我が太刀のちりとなれ」



 とたんに男は、更なる嘲笑を浴びせ、叫んだ。



「天意だとっ! 貴様、何をもって天意と言う? 俺がしていることの真意を理解できぬ愚か者が、天をかたるか! 恐れを知らぬ愚者めが」


「てんめぇ! 大将のことをバカにしやがったなぁ!」


「キジ、やめよ」



 キジを止めた桃太郎は、不思議な顔で「鬼」を見た。



「我が天を騙ると言うか。それならば、キサマの後ろにあるそれは何だ? それこそ悪鬼の所業でなくて、何だと言うのだ? 申し開きできるものなら……」


「うるさい!」



 それだけ叫ぶと、男は血まみれの女に近づく。


 そして、こともあろうにその腹を、まるで着物でも縫うかのように、針と糸で縫い始めたではないか。



「何をしている?」


「見てわからぬなら黙っていろ。いや、手伝え。そこにある焼酎をもってこい」


「大将、近寄っちゃいけません! 鬼め、俺たちを無視して、女の身体を喰らいながら、酒盛りをしようってハラですぜ? ふてえ野郎だ」


「まて、それなら、腹を縫うのはおかしい」



 桃太郎は男に言われたとおり、焼酎の徳利を持ってちかづく。


 三人の家来はそのそばに寄り添って、いつ「鬼」が飛び掛ってきてもいいように身構えた。


 しかし、男はそんな彼らをまったく無視し、縫い終えた女のハラに焼酎を吹き付ける。



 そのとたん。



「ひぃ!」



 と叫んで、女が目を開けた。



「なんてこった、生きてやがる」



 小さくうめいたサルには構わず、男は女に向かってうなずいた。


 その瞳は、驚くほど穏やかだ。


 それから男は、先ほど取り上げた胎児を手ぬぐいでぬぐうと、女に見せた。



「すまんな、間に合わなかった。もう少し早ければ……」


「先生……」



 女のうめきとともに発せられた言葉は。


 桃太郎たちを凍りつかせた。




 


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