残るのか、帰るのか
「なんだったんだろ……」
竜也は手の中にある宝石の存在を確認しながら呟く。手渡された宝石はまだ光を放っていた。
宝石に気づいた早苗が驚きの声を上げる。
「これ、ラピスラズリじゃないですか?」
「あ、これラピスラズリなんですか?」
「しかもかなりの力が込められています。パワーストーンにしても強すぎなくらいですね」
「へー……って、なんでこれを俺に渡したんだろあの人」
んー、と二人は唸るが、答えは出てこない。
「というか早苗さん、里の人たちとずっと何かしてたみたいですけどもういいんですか?」
「大丈夫です。神奈子様と諏訪子様も里の皆さんと飲みに行きましたし」
「昼からお酒飲んでるんですか……」
「まあ、神奈子様も諏訪子様も酔うことはないので大丈夫だと思いますよ。……寧ろ付き合わされる人たちの方が大変だと思います」
「もう度数100%のお酒飲んでても驚かない自信があります」
「……(実は既に飲んだことあるんですよね……)」
「早苗さん?」
「何でもないです気にしないでください」
あはははと早苗は笑う。呟いた言葉が何だったのかをなんとなく分かってしまった竜也も苦笑いする。
「……何してんのよあんたら、二人とも変な笑い方して」
そんな二人を奇妙に思ったのか、少女が話しかけてくる。
「あれ、霊夢さん何故ここに?」
「休憩よ休憩。半日近く拘束されてたんだからそりゃ疲れるわよ」
「お疲れ様です」
「……ふむ」
霊夢と呼ばれた赤い巫女服の少女と、緑髪の早苗を見比べ、ぽんっと手のひらを叩く。
「マリ「それ以上は駄目です」……」
竜也の言葉を早苗は途中で止める。その連想は既に思い浮かんだことがあるのかもしれない。
話の内容が一切分からない霊夢は首を傾げる。
「あははは、霊夢さんは気にしないでください」
「ふーん、まあ別にいいけど。というかそっちのあんた、えーと竜也さんだったわよね?」
「あ、はいそうです」
「結局外の世界に帰らないということでいいの? いつまでも守矢神社に居候してるわけにもいかないでしょうし」
霊夢の言葉に真っ先に反応したのは、竜也ではなく早苗だった。
「あの、私たちは別にいつまでいてくれても構いませんよ?」
「あんたらが良くても竜也さんは良くないでしょう。完全にヒモ生活だし、……変な事情も抱えてるみたいだし」
「え?」
霊夢は竜也を見ながら、正確には竜也の中にいるものを見ながらそんなことを言う。
(えっと、もしかして気づいてる?)
「あ、気づいてはいるけど具体的には分からないわよ。そもそもただの勘よ勘」
竜也の心を読んだかと勘違いしそうなくらいなタイミングで霊夢は言う。実際、竜也はテレパシーでも使えるのかと勘違いしているが。
「まあ私に迷惑がかからなければそれでいいんだけどね。異変なんて起こさないでよ?」
そう言って霊夢はスタスタと歩き去っていく。言いたいことは言い終わったらしい。
竜也は霊夢を見ながらぽつりと呟く。
「……確かに、考えとかないといけないですよね」
ヒモ生活がどうとか言うわけではないが、実際頼りっぱなしというわけにはいかないだろう。
それに、ちゃんと決めないといけない。
外の世界に戻り、ごく普通の生活を送るのか。
それとも幻想郷に残り、常識を投げ捨てた生活を送るのか。
……正直、既にどうするかを竜也は決めているが。
「……あの、本当に大丈夫ですからね?」
早苗が少し不安そうに竜也の顔を覗き込む。竜也は笑ってこう答える。
「ヒモ生活は遠慮しておきます」
「え、ええと、そうだ! 竜也さん絵を描いて売れば充分稼げますよ! 妖怪なんかの絵を描きましょう!」
「妖怪の絵って、需要あるんですか? そもそも絵描きってこういう小さな場所だと全然儲かる気しないんですけど」
「あ、えーと、うー」
「……でも、絵描きですか。確かに、好きなことでお金を稼げるのって、幸せかもしれませんね」
「で、ですよね! それに紅魔館の人たちは高く買ってくれそうですし!」
必死に絵描きの良さを主張する早苗を見ながら、竜也は心の中で謝る。
(すいません、早苗さん)
外に帰るか、ここに残るか。どちらにするかを、竜也は既に決めていた。
(……俺は、外に帰ります)
龍神の力は危険だ、と竜也は思う。
誰にも言ったなかったが、竜也の頭には昨日からずっと声が響いていた。
―――帰りたい。
力がずっと、竜也に喋りかけていた。それと同時に、力は竜也の体を乗っ取ろうとしていた。
今は大丈夫だが、そのうち竜也の体は、龍神に乗っ取られるのだろう。
そのせいで、早苗たちに迷惑をかけたくなくなかった。
だから、
「とりあえず、どこかでお昼食べません?」
竜也は、ごく自然に笑う。笑みは、自然と出てきてくれた。
早苗と一緒に歩きながら、彼は力に語りかける。
―――いいよ、お前の好きにしても。
―――だから、今だけおとなしくしててください。
力は、竜也の言葉に反応することなく、帰りたいと言い続ける。
だが、乗っ取ろうとする力がなくなったのを、竜也は感じていた。