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空白の星座

第三話 空白の星座


翌朝、観測室にはいつもより多くの人が集まっていた。昨夜確認された異常について、基地の上層部から正式な調査が命じられたらしく、普段ならそれぞれの持ち場で作業している兵士たちも、観測室の画面に表示されたデータを静かに見つめている。


天音は少し離れた場所からその様子を眺めていた。昨日までは一枚の記録用紙に残っていただけの小さな異常だったものが、いつの間にか基地全体で扱われる問題になっている。とはいっても、誰かが慌てているわけではなく、原因を一つずつ確認していくといういつもの軍のやり方が続いていた。


「敵の観測装置という可能性は?」


上官の問いに、通信担当の兵士が答える。


「現在のところ、その可能性を示すデータはありません。周辺の通信にも不審なものは確認されていません」


「衛星は?」


「該当するものはありません」


いくつかの可能性が挙げられては消えていく中で、天音は昨夜の記録を見つめていた。あの光は確かにそこにあった。空の中の一つの星と、観測された異常の方向はほとんど重なっていたが、それだけでは何かが分かったとは言えない。


しばらくして、古い観測記録を調べるよう指示が出た。現在のデータだけでは判断できないなら、過去にも同じ現象が起きていなかったかを確かめる必要があるということだった。


天音は古い記録の保管されている資料室へ向かった。そこには何年も前の観測記録が紙や古い記録媒体のまま残されていて、棚を一つずつ確認していくだけでもかなりの時間がかかりそうだった。


記録をめくり始めてからしばらくは、特に変わったものは見つからなかった。十年前、十五年前、さらに古いものへと遡っていっても、空の観測記録には晴れや曇り、視界の状態、星の位置などが淡々と記されているだけだった。


ところが、戦争が始まるより少し前の記録に差しかかったところで、天音の手が止まった。


そこには、昨夜と似たような数値の変化が記録されていた。

日時を確認すると、十八年前よりさらに前の日付だった。


「……これ」


天音は記録を何度も見直した。


数値の変化そのものは小さく、今のものと完全に一致しているわけではない。それでも、一定の間隔で観測値が揺れるという特徴はよく似ていた。


そのページの隅には、当時の観測担当者による短いメモが残されている。


原因不明。


天音はその文字をしばらく眺めたあと、さらに古い星図を取り出した。


現在の星空と照らし合わせながら星の位置を確認していくと、妙なことに気づいた。


一つだけ、合わない。


昔の星図には確かに記されているのに、現在の記録にはその星が存在しない場所があった。


反対に、昨夜天音が見つけた星の位置には、古い星図では何も記されていない。


「そんなこと、あるのかな……」


星の位置が少しずれること自体は珍しくない。観測方法の違いや記録の誤差だってある。それでも、星そのものが記録から消えたように見えるのはおかしかった。


天音は古い星図と現在の記録を並べ、何度も見比べた。


空はずっと同じものだと思っていた。


昨日まで、そんなことを疑ったことすらなかった。


基地の外へ出たときに見た空も、観測塔から見上げた夜空も、何年も前の記録に残されている空も、全部同じものだと思っていたのに、その当たり前が少しだけ揺らいでいる。


やがて資料室に別の兵士が入ってきた。


「何か見つかった?」


天音は星図を見せた。


「この星、今は観測されていません」


兵士は紙を覗き込み、しばらく考えたあとで肩をすくめた。


「古い記録なら、間違いじゃないか?」


「そうかもしれません」


そう答えながらも、天音は納得できなかった。


その日の夜、天音は一人で観測室に残っていた。窓の外にはいつものように星が広がっていて、昨日と同じ場所にあの星も見えている。


記録上では存在しないはずの星。


それなのに、確かにそこにある。


天音は観測機器を調整しながら、その星を見つめた。昨日感じた懐かしさは、今日になっても消えていなかった。むしろ、見れば見るほど強くなっているような気がする。


そのときだった。


観測機器の数値がわずかに動いた。


天音は画面へ視線を戻したが、異常はほんの一瞬で消えてしまった。もう一度確認しても、そこには何も残っていない。


それでも、天音は窓の外を見た。


星が、ほんの一瞬だけ弱くなったように見えた。


瞬きをすると、いつもと変わらない光がそこにある。


「……今の、何?」


答えるものはなかった。


天音はしばらく窓の前に立ったまま、遠い星を見つめていた。

その光はあまりにも小さく、手を伸ばしても届かないほど遠い。それなのに、不思議と目を離すことができなかった。

やがて天音は観測記録に一行だけ書き加えた。


――旧記録との星図に不一致あり。


そして少し迷ったあと、その下にもう一つだけ言葉を残した。


――あの星を、以前から知っているような感覚がある。


書き終えた天音は、記録用紙を閉じた。


窓の向こうでは、星々が何も知らないように輝いている。

その中に一つだけ、昔の空にはなかった光があった。


そしてもう一つ、昔の空にあったはずの光が、今はどこにもなかった。


2,3話同時投稿になります!!

いっぱい読んでくれたら嬉しいな〜

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