第1話◇ 目が覚めたら、森の中だった
初めての小説投稿になります。
楽しみながら精いっぱい書いていきますので、コウイチたちの歩みを温かく見守っていただけたら嬉しいです。
頬に冷たいものが触れていた。土の匂いがする。
神崎恒一はゆっくりと目を開けた。視界いっぱいに広がったのは、見覚えのない木々だった。
「…………は?」
木々の隙間から差し込む光。風に揺れる葉。遠くから聞こえる鳥らしき鳴き声。そして、自分が寝転がっている湿った地面。
どこからどう見ても森だ。
「……どこだ、ここ」
起き上がって身体を確認する。怪我はない。着ている服にも見覚えがあるが、森へ来た記憶など当然なかった。
ポケットを探ると、財布と家の鍵がある。傍らには持っていたはずの鞄も落ちていた。少なくとも、身につけていた物だけを残して誰かに放り出された、というわけではなさそうだ。
「……誘拐?」
口にしてから、自分で否定した。誘拐犯が財布まで残して森へ放置する理由が分からない。
それに、周囲の木々は妙に大きかった。植物に詳しいわけではないが、日本の森とはどこか違う気がする。何より静かすぎる。聞こえるのは、風と鳥の声だけだった。
――まず状況確認だ。
そう考えた瞬間、視界の端に何かが浮かんだ。
「……ん?」
半透明の板のようなものが、自分の目の前に浮かんでいる。
【名前】神崎恒一
【種族】人族
【年齢】35
【Lv】1
【HP】32/32
【MP】18/18
【固有スキル】
《鑑定》Lv1
《アイテムボックス》Lv1
《隠蔽》Lv1
《生成》Lv1
恒一は数秒黙り込み、それから小さく呟いた。
「……ゲーム?」
試しに手を伸ばしてみるが、指は半透明の文字をすり抜けた。
「ステータス……閉じろ」
消えた。
「……出ろ」
再び現れる。
恒一は額を押さえた。
「いやいやいや……」
見知らぬ森。目の前に浮かぶステータス。思い当たる言葉は1つしかない。
異世界。
「……まさかな」
笑おうとしたが、笑えなかった。
――仮に異世界だとしよう。
正しいかどうかは後でいい。今必要なのは、自分が置かれている状況に対して一番生存率の高い行動を選ぶことだ。
人間、訳の分からない状況ほど思い込みで動く。その結果がどうなるかは、嫌というほど知っていた。
――情報だ。
恒一はステータスに表示された《鑑定》へ意識を向けた。
【鑑定 Lv1】
対象の基本情報を取得する。
「……それだけか」
足元の草を見る。
「鑑定」
【雑草】
「…………見れば分かる」
次に近くの木へ使ってみる。
【ラグの木】
建材や薪として利用される一般的な樹木。
恒一の表情が変わった。知らない木だ。少なくとも、使えば自分の知らない情報を得られるらしい。
続いて《アイテムボックス》を試す。
「アイテムボックス」
目の前に黒い空間が現れた。
足元の小石を拾って入れてみると、そのまま消える。頭の中に意識を向けると【小石×1】と表示され、取り出すことを意識した瞬間、手の中に戻ってきた。
「便利だな……」
容量も、時間停止のような機能があるのかも分からない。検証が必要だ。
もう1度ステータスへ目を向けたところで、恒一の視線が止まった。
【MP】16/18
「……あれ?」
最初は18だったはずだ。
《アイテムボックス》を使ったからか。だが、減っているのは2。
その前にやったことを思い返す。
雑草を《鑑定》した。
ラグの木も《鑑定》した。
2回。
「……鑑定か?」
足元から別の小石を拾う。
「鑑定」
【小石】
どこにでもある石。
すぐにステータスを確認する。
【MP】15/18
「やっぱりか」
《鑑定》1回でMPを1消費する。
少なくとも今のところは、そう考えてよさそうだ。
「便利だからって、使い放題じゃないってことか」
恒一はMPの残量を頭へ入れた。
次に視線を向けたのは、最後のスキルだった。
【生成 Lv1】
物質を生成する。
条件を満たすことで生成可能対象が増加する。
「条件?」
何でも作れる能力なら、こんな書き方にはならない。
試しに水を思い浮かべる。
「生成。水」
掌の上に水が現れ、そのまま地面へ落ちた。
「あっ」
恒一は濡れた手を眺めてから、少しだけ笑った。
「……容器が先だったな」
ステータスを確認する。
【MP】14/18
「こっちも使うのか」
《鑑定》と同じく1減っている。ただし、何を作っても1なのか、それとも作る物によって変わるのかは分からない。
次に、家の台所にあった包丁を思い浮かべる。
「生成」
【生成できません】
【対象に対する理解度が不足しています】
「……理解度」
恒一はその言葉を記憶した。
MPには限りがあり、作れる物にも条件がある。能力を当てにして行動し、肝心なところで使えないでは洒落にならない。
まず検証。それから利用。
その順番だ。
そのときだった。
ガサッ。
背後の茂みが揺れ、恒一の身体が硬直した。
ゆっくり振り返ると、1匹の動物が茂みから姿を現す。
「……ウサギ?」
白い毛に赤い目。大きさは普通のウサギより少し大きい程度だが、額から15センチほどの鋭い角が伸びていた。
「なんだよ、それ……」
ゲームなら笑えたかもしれない。しかし実物を見ると、その角の先端は明らかな凶器にしか見えない。
――《鑑定》を使えば、MPを1使う。
一瞬だけ迷った。
だが、目の前の生き物が何なのか分からない方が危険だ。
「鑑定」
【ホーンラビット】
Lv2
小型の魔物。
額の角を利用した突進攻撃を行う。
肉は食用。
角は素材として利用可能。
MPは13。
「魔物……」
その言葉を認識した瞬間、ホーンラビットが地面を蹴った。
「っ!」
速い。
恒一は反射的に横へ飛んだが、右太腿に熱が走った。
「ぐっ!」
ズボンが裂け、血が滲んでいる。一瞬遅ければ腹に刺さっていた。
「……冗談だろ」
心臓が激しく鳴る。
ホーンラビットがこちらを向いた。
もう、かわいいウサギには見えなかった。
――殺される。
HPがゼロになったらどうなるか。考える必要すらない。
死ぬ。
「待て……考えろ」
逃げるか。いや、相手の方が速い。木に登るにしても、その前に刺される。
なら武器だ。
何か作れるか。
「生成……木の棒!」
右手に1本の棒が現れた。
一瞬だけステータスへ意識を向ける。
【MP】12/18
――木の棒も1か。
ホーンラビットが地面を蹴った。
「来い!」
自分でも分かるほど声が裏返った。
棒を振るが外れる。
「くそっ!」
2度目の突進をぎりぎりで避ける。手が震え、呼吸が浅くなる。
――落ち着け。
無理だ。
――それでも考えろ。
ホーンラビットは一直線に突っ込んでくる。
なら――。
恒一は太い木の横へ移動した。
「来い……」
ウサギが地面を蹴る。
直前まで引きつけ、横へ飛んだ。
ガンッ!
角が木に突き刺さる。
「今だ!」
恒一は棒を振り下ろした。
1回、2回、3回。
「死ねっ!」
さらに2度叩きつけると、やがてホーンラビットは動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
棒が手から落ちる。
恒一はその場に座り込み、震える身体を押さえながら死骸へ近づいた。
頭が潰れ、血が流れている。
吐き気が込み上げた。
「うっ……」
木に手をつき、胃の中のものを吐く。
さっきまで生きていた。それを自分が殺した。
ゲームではない。
生き物だった。
「……くそ」
しばらく動けなかった。
それでも、もし殺していなければ、そこに転がっていたのは自分だった。
そう考えるしかない。
「……生きるためだ」
誰に言い訳しているのか、自分でも分からなかった。
呼吸が落ち着いてから、恒一はホーンラビットへ目を向けた。
もう1度《鑑定》すれば、死んだことで何か情報が変わるかもしれない。
MPは残り12。
1程度なら、使っても問題ない。
「鑑定」
【ホーンラビット】
状態:死亡
肉:食用可能
角:錬金・武器素材
毛皮:低級素材
恒一の目が止まった。
肉は食える。角と毛皮は素材として使われる。
素材として利用されているなら、それを必要とする人間がいるはずだ。
「……売れるか?」
恐怖も罪悪感も消えていない。それでも頭のどこかで、別のスイッチが入った。
ここが本当に異世界なら、日本円は役に立たない。食事も宿も無料ではない。なら必要なのは、この世界の金だ。
値段は分からない。
だが、使い道のある物なら買い取る人間がいる可能性はある。
恒一は小さく息を吐いた。
「……悪いな。せめて無駄にはしない」
《アイテムボックス》へ収納すると、死骸は消えた。
【ホーンラビット×1】
表示を確認し、恒一は立ち上がる。
脚は痛い。怖さも残っている。この森には、あれより強いものがいる可能性だってある。
それでも、ここに留まり続けるわけにはいかない。
「まず、人のいる場所を探すか」
誰かを信用するつもりはない。助けてもらえるとも思わない。
だが、人間が生活している場所なら情報がある。情報があれば判断できる。判断できれば、生き残れる。
恒一は木々の向こうへ目を向けた。
異世界に来た理由など、今はどうでもいい。帰れるのかどうかも分からない。
だったらまず――。
「今日を生き残ろう」
神崎恒一、35歳。
所持金、日本円で1万8640円。
異世界での所持金――ゼロ。
資産。
角の生えたウサギ、1匹。
「……酷いスタートだな」
恒一は苦笑すると、鞄を肩に掛け直し、森の中を歩き始めた。




