Dead or Alive(死ぬか生きるか)!?(場外編)
「で、殿下、お待ちください」
「それは無理だよ、カトリーナ。今、全方位から見られている」
「で、でも! いえ、だからこそ、です!」
「……もしかして恥ずかしいのですか?」
「! そ、そんな、そういうわけでは……」
「恥ずかしいのですね。……なんて可愛らしいのだろう、カトリーナ」
湖面の陽光の反射を受けたエリックの瞳は、まるで宝石のようにキラキラしている。
パールシルバーのセットアップを着ているだけでも、レフ板効果がある。
加えて彼は普段の存在からして、煌めいているのだ。
そこへさらにこんな風に自然の光のエフェクトまでまとうと……。
「王太子殿下、素敵……」
「今すぐ画家を呼んで王太子、王太子殿下のお姿を描いていただきたいわ!」
「ベヴァリッジ公爵令嬢が羨ましいですわね」
周囲のボートに乗る令嬢は、すっかりエリックに目が釘付けになっている。
「で、殿下。みんなの目は殿下に向かい、私のことなど眼中にないです。……そこまでしなくても、大丈夫ではありませんか!? 土曜日の昼下がり、殿下と交際中の公爵令嬢が、公園でボートに乗り、デートしていたと噂になると思います!」
一応私も明るいコスモス色のドレスを着ている。エリックと一緒にいて完全に目立たない状態ではない。王太子と公爵令嬢が二人きりでボートに乗っている――という印象付けはバッチリできると思うのだ。
「残念だがカトリーナ。王家に関する噂は迂闊にはできない。確信できることがないと、皆、沈黙を守る」
「つまり、ただボートに乗っているだけではダメなのですか……?」
エリックはこくりと頷く。
美しいブロンドが風になびき、サラサラと揺れている。近くのボートに乗る令嬢たちから、再びため息が聞こえてきた。
「ですが既に学校で交際宣言をしましたよね? その際、その……額に……」
「ええ、カトリーナのこの額に、キスをしましたね」
そこでエリックがぐいと前に出て、ほんの一瞬であるが、私の額にその唇が触れた。
「「「きゃーっ! 王太子殿下が、ベヴァリッジ公爵令嬢の額へキスをしたわ~」」」
ほんの一瞬。まさに秒の額へのキス。しかも額へのキスなんて、挨拶として司祭でさえするものなのに。
反応しているのは周囲の令嬢たちだけではない。湖のほとりに布を広げ、ピクニックをしている貴族たちまで歓声をあげており、その声がここまで聞こえて来ていた。しかもなぜかオペラグラスまで持っている者がいて、まさに湖の真ん中にいるエリックと私を……観劇している……!
「王家の恋愛事情は、社交界では黄金の果実。面白おかしく観察し、その実を楽しく味わいたいのですよ」
「そしてその社交界で、殿下と私が交際しているらしいと噂になる必要があると……?」
エリックはオールを調整しながら「ええ、その通りです」と頷き、話を続ける。
「既に学校では交際宣言をしている。当然、生徒である令嬢と令息は自身の両親に報告しています。ですが先程伝えた通りで、王家に関する間違った噂をすることは、不敬罪になりかねないので、そう簡単に口にすることはできません。ですが土曜日の王立公園の湖。晩秋とは思えない暖かさで天気もよく、湖畔ではピクニック、湖上では多くのボートが出ています。ここでデートをして、キスをすれば……。間違いなく、カトリーナ嬢と僕は交際していると思われるでしょう。一瞬で多数の目撃者ができますから」
エリックの言うことは理解できる。でもこの世界で婚姻前に人前でキスをするなんて……。
(許されていないと思うのですが! ここにきてエリックはかなり不良になっている!)
「キスと言っても、ここは結婚式までお預けです。……人前ではね」
不良になってしまったエリックは、不良とは思えない完璧王子様スマイルと共に、私の顎を持ち上げる。そして彼の長い親指が私の唇に触れていた。
「「「きゃーーーーーっ! 王太子殿下が公爵令嬢の顎を持ち上げましたわ! 唇に指が、触れていますわよ~~~!」」」
顎くいだけでギャラリーからは熱狂的な反応が返ってくる。
「それに交際宣言をして、カトリーナ嬢はVIPルームで昼食をとったのでしょう、ポロロック男爵令嬢と」
「はい。そこでしっかり、殿下と交際していること、ダイセン侯爵令息に告白してダブルデートをしましょう、と伝えました!」
「でも動きがないのですよね?」
そうなのだ。あの日、ポメリアは「ダブルデート! 絶対ですよ、ベヴァリッジ公爵令嬢!」とものすごい食いつきを見せている。あれを見たら、すぐにでも動くと思ったのに……。
ポメリアはまだ、ケントに告白していないようなのだ。
(ポメリア自身は告白する気が満々でも、彼女のご両親が食事の席で「交際していると言っても、社交界では、その噂は流れていない。まだ殿下が公爵令嬢と交際していると断言はできん」とでも言ったのかしら? こうなったらやっぱり、この全方位にギャラリーがいる湖の真ん中でエリックに愛を叫んでもらわないと……キスをしてもらわないと、ダメなのかしら……)
唇のキスではない。きっと頬へのキスだ。よってそんなに恥ずかしがる必要はないはず。
そうは分かっても、これだけ大勢の注目を集めると、緊張してしまう。
でも……。この世界で生存するためには、公衆の面前でのキスも必要なこと。しかもエリックはこの偽装交際のために、こんなにも協力してくれているのだ。
(恥ずかしいなんて、甘ったれたことを言っている場合ではないわ! これも私の生存のために、必要なこと!)
心では勇ましく決意できている。だが……。
「で、殿下。分かりました……。どうぞ、キスを……なさってくださいませ」
声は小さく震え、視線は伏し目。体だって小刻みに震えている。いつもの大輪の華と言われる公爵令嬢の面影はどこへやら、ひどい体たらくだ――そう思ったが。
「……!」
ふわっと石鹸の清潔な香りがしたと思ったら、エリックに抱きしめられている。
「で、殿下!?」
「作戦変更です。キスは……特別なものです。面白半分で観劇する者たちに見せる必要はありません! 大丈夫です、カトリーナ嬢。君のことは僕が絶対に守ります」
「???」
せっかく決意したというのに。エリックは突然の作戦変更を口にする。しかも熱烈な勢いで私を抱きしめているのだ。
「で、殿下、く、苦しいです……」
「! ああ、すまないです。カトリーナ嬢は……なんてか弱く可憐なのでしょうか」
「???」
どちらかというと私はこの世界ではボン・キュッ・ボンで存在感があると思うのだけど。でも鍛えているエリックからすると、華奢に感じるのかしら……?
でもこの作戦変更は功を奏したようだ。社交界では瞬く間にこの噂が広まる。
「王太子殿下と公爵令嬢が、昼下がりの湖のボートの上で、熱烈に抱き合っていましたわ! 二人は相思相愛で間違いなし。交際しているのは事実ですわよ」
しかもその翌日の日曜日、マッサージ会にやってきたポメリアからは「ダイセン侯爵令息に告白しました! そしてお付き合いすることになりましたよ! ダブルデート、お願いします!」と言われることになった。しかもよくよく話を聞くと、ポメリアは告白前にケントについていろいろ調べていただけで……。
(なんだかこの国全体にエリックと私が交際している……という情報がどんどん広がっているけど、大丈夫……なのよね?)
まさかこれがエリックによる外堀を埋める作戦だったなんて……私が知るのはすべてが終わった後だった……!
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情報解禁(発売日決定)の記念で番外編を公開しました~
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