Dead or Alive(死ぬか生きるか)!?(18)
――『日没直前の温かみのある黄金色の景色、日没後の透明感のある青空の下の景色を、観覧車から楽しみましょう』
エリックがそう言っていたが、まさに観覧車が動き出すと、ゴールデンアワーがスタートしていた。見渡す建物はすべてとろっと蜂蜜をコーディングしたかのようだ。
「隣の席へ移動してもいいですか?」
「え」
「わたしがここに座っていると、景色が見えにくくないですか? 一緒にそちらの席に並んで座った方が、景色を一望できます」
それはエリックが言う通りだった。対面にエリックが座っていると、確かにせっかくガラス張りになっているのに、正面の景色は見づらくなっている。
「そうですね。……並んで座るには少し狭いですが」
「カトリーナが細いので十分スペースが残っていますよ」
そんな冗談を言いながら、エリックが隣に座ると……。
(そ、想像以上に近いわ……!)
それだけではなかった。
「もしかして殿下は……」
「気づいた? わたしもマグノリアの香水をつけています」
(やっぱり。大好きなマグノリアの香りが倍になり、頬が緩みそうだわ!)
「こうやってこの香水をつけていると、カトリーナに会えない時間も、そばにあなたがいる気持ちになり、安らぎます」
「!?」
この言葉には心臓が盛大に反応しそうになる。
だがしかし!
(とんでもないリップサービスだわ! ポメリアは無事ケインと婚約することになった。勿論、貴族同士の婚約には国王陛下の許可が必要になる。でもポメリアはヒロインなのだ。ここで国王陛下が不用意に『許さん』になるわけがない! つまり攻略完了なのだ。エリックとの偽装交際も、もう終わりよ)
「殿下……」
話し掛けようとしたら、エリックは私の手をとり、ゆっくりマッサージを始める。
エリックは日曜日のマッサージ会でも、自身の順番の前に、毎週こうすることが当たり前になっていた。よって慣れた手つきでマッサージをしてくれるのだけど……。
(本当に上手だわ。もしエリックが本気でマッサージの道に進んだら……。あっさり私を超えてしまいそう)
「ポロロック男爵令嬢はダイセン侯爵令息と間違いなく婚約できます。貴族同士の婚約には国王陛下の許可が必要になりますよね。でもわたしが確認した限り。『許可できず』になる事由はありません。問題なく、婚約は成立します」
「そうですよね。それもこれも殿下のおかげです。本当にありがとうございました」
「あなたのお役に立ててよかったです」
そこで微笑むエリックの笑顔は本当に美しい。
「殿下、もうこれで偽装こ……あっ」
合谷と呼ばれる、手の甲の親指と人差し指の付け根をグッと押され、私は思わず悶絶する。
「カトリーナ。わたしとの交際はこのまま続けましょう」
「えっ、で、でも、殿下は私っ……あああっ!」
またも合谷を押され、私は言葉が続かない。
「わたしはカトリーナのことが好きなんです。偽装で終わらせるつもりはありません」
「!? そ、それは本心なのですか!?」
「本心です。カトリーナはわたしのこと、嫌いですか……?」
エリックの顔が耳元に近づき、そのささやきが耳の中で優しく響く。甘いマグノリアの香りをまとう息が首筋にかかり、意識が飛びそうになる。
「……!」
合谷への強い刺激から一転。ソフトで優しいマッサージに気持ちが蕩けそうになる。
「カトリーナもわたしのことが好きですよね?」
「わ、私は……」
「素直になってください、カトリーナ。わたしはあなたのことを心から思っているのですから」
耳元でのささやきは極上過ぎて、全身を甘美な痺れが駆け抜ける。手へのマッサージも続き、甘いマグノリアの香りは、荒くなる呼吸と共に胸いっぱいに吸い込み、体中を歓喜で満たす。思考はとてもではないけれど、まともにできる状態ではない。
そんな状況ながらも、ぼんやり頭で浮かぶことがある。
(やられる前にやる。そして私は確かにエリックを陥落させたはずだった。でも今はまるであの日の逆のような状態では……。エリックは聡明だから私の……)
「カトリーナ」
エリックが両手で私の頬を包み、自身の顔を近づける。彼の額が自分の額に触れ、もう心臓が爆発寸前!
「カトリーナのことが好きです。愛しています」
そう甘い声で告げると、エリックの鼻が私の鼻に触れた。今にもキスが出来そうな距離でエリックが畳み掛ける。
「わたしのことが好きですか、カトリーナ」
マグノリアの甘い香り。
全力で私を魅了しようとするエリック。
外はブルーアワーに包まれ、幻想的な青の空間を生み出していた。まるで現実に起きていることとは思えないまま、私は導かれるように答えている。
「……はい。私も殿下のことが好きです……」
「よかったです……! カトリーナも間違いなく、わたしを好きに違いないと思っていたけれど……。こうやって直接気持ちを伝えてもらえると、とても嬉しいな……」
そのままふわりと抱き寄せられると、その胸の温かさ、居心地の良さに心身が癒されていく。
(転生してからずっと一人であれこれ考えて駆け抜けてきた。誰かに甘えること、忘れていたわ。いいのかな、甘えても)
「どうしてわたしがカトリーナをこんなに好きか、分かりますか?」
エリックが私を抱きしめながら尋ねるが、完全に蕩けきっているので、答えることはできない。そんな私の頭を愛おしそうにエリックは撫でながら、話し続ける。
「マッサージでは私を含めた三人の令息とポロロック男爵令嬢の不調を解消しようとしましたよね。ポロロック男爵令嬢とダイセン侯爵令息が幸せになれるように、わたしと偽装交際まで始めた。……こちらはもう偽装ではなく、正式な交際で、今晩にもわたしは父上にカトリーナとの婚約の件を話しますが」
そこで私の額にキスをするから、一瞬、意識が飛んだかもしれない。
「ともかくカトリーナはいつだって自分よりも誰かの幸せを願える人間なのです。聖職者でもないのに、そこまでできるのはすごいことだと思います。カトリーナの神の手も、勿論愛していますよ。でもそれ以上にあなたという存在が、わたしにはとてつもなく大切なんです」
エリックの伝えてくれる真摯な言葉を聞き、私の理性が覚醒する。
私は旧校舎のアトリウムにエリックを呼び出し、そこで彼を陥落させた。でもその際、本来はポメリアが言うべき言葉を私が口にしてしまったのだ。そのせいでエリックは、問答無用で私への好意フラグを立ててしまったのではないか。
乙女ゲームのことは話せないが、なんとなくニュアンスが伝わるように話し、思わずその点を確認すると……。
「あの日、わたしに伝えてくれた言葉。あれはポロロック男爵令嬢が言っていたことだった…」
「はい」
「確かにあの時、わたしの状態を的確に指摘されたことに驚き、気づいてくれたことに感動したのは事実です。ですがあのハーブティーは?」
エリックは優しい眼差しで私を見ながら、穏やかに尋ねる。
「あれは私が思いついたことです。レシピも自分で考案しました」
「マッサージは?」
「それも私の思い付きです」
するとエリックは口元にフッと微笑を浮かべ、私の額に再度キスをした。不意打ちのキスに心臓が止まりそうになるが、彼は話を続ける。
「ポロロック男爵令嬢の言葉から気づきを得たカトリーナは、わたしをどうやったら助けられるか考え、ハーブティーのブレンドを考案し、マッサージをしてくれました。ポロロック男爵令嬢は気づいていても、結局何もしなかったのです。でもカトリーナは行動してくれた。そんなカトリーナのことがわたしは好きなんですよ。自信を持ってください」
「殿下……!」
「既にわたしの心を決まっているのです。ポロロック男爵令嬢を好きになるなんてないですから。カトリーナが心配しないで済むよう、婚約は迅速に進めましょう。両家ともに乗り気ですから、すぐに手続きは済みますよ」
そう言うとエリックが再びふわりと私を抱きしめた。
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本日もう1話更新します~
【併読されている読者様へ】コミカライズ化決定
『断罪後の悪役令嬢は、冷徹な騎士団長様の溺愛に気づけない』
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2371542/blogkey/3500182/
└8/22にノベライズが発売されたばかりの本作ですが、読者様の応援のおかげでコミカライズ化が決定しました! 読者様には心から感謝でございます。ありがとうございます! なろう版ではお祝いのSSも更新しています。続報は連載作の後書きや活動報告、Xなどで行いますのでお楽しみに~
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ということで本作も朗報を届けられたら嬉しいなぁ。
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