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閑話 セラフィナの一日

閑話 セラフィナの一日


 ちゅんちゅんと、雀の鳴く声が聞こえる。

 カーテンの隙間からは、控えめな日が入り込んでいた。今日の天気は曇りらしい。


 ⸺朝だ。


 セラフィナはそう思ったが、全く動ける気がしない。毛布を抱き枕のように抱きしめ、横を向いて、ぎゅっと目を瞑っている。


 (あたしはまだ……寝れる……)


 しばらくすると、街が騒がしくなり始めた。

 この家は街の中心部にある。そのため、子供のはしゃぎ声や、商人たちの呼び声などがダイレクトに聞こえてくるのだ。


 「ん〜〜!今日も騒がしいわね」


 セラフィナは気怠そうに上体を起こし、雑に毛布を畳んだ。

 ベッドに座った状態で、ぼけ〜っと、遠くの鏡に映った自分の姿を見てみる。

 セラフィナの髪は、黄色みが強いが、美しい金だ。鎖骨辺りまである寝癖のついた髪をなでつける。今日の寝癖はそこまでひどくない。


 朝だから何か食べないと、と漠然とした空腹感を覚えながら、今日の予定を考える。

 身体を洗うための石鹸がそろそろ切れる頃だから買いにいかねばならない。それに、食料も少なくなってきた。パンやらチーズやら買わなければ、毎日のご飯がなくなってしまう。


 セラフィナは、とん、と軽くベッドから降りると、朝食を作りにキッチンへと向かう。

 全体的にキラキラとしている部屋だが、キッチンはシンプルな作りだ。実用性を重視して設計してもらった。

 食料が入っているはずの棚の戸を開けて、セラフィナは驚いた。パンがない。


 「あら……もう無いの?あれぇ?まだ残ってたと思ったんだけど」

 

 どうやら記憶違いをしていたらしい。

 困ってしまった、パンがないことには朝食のサンドイッチを作れない。


 「うーん、無いものは仕方ないわね。今日は外で食べよっと」

 

 くるっと振り返り、すたすたとクローゼットまで歩く。せっかくの外食だ、お気に入りの服を着ていこう。

 手に取ったのは白いワンピース。金の刺繍で縁取られており、見るからに高価なものだ。セラフィナはこの服をとても気に入っており、もう一着同じものをもっている。

 セラフィナは一旦ワンピース置いた。

 寝間着を脱ぎ、畳んで棚の上に置き、ワンピースを再度手に取る。

 ワンピースを上からすっぽりとかぶり、袖を通す。そして背中にある紐をきゅっと締めて留めた。

 服にあわせて低いブーツ、薄緑のピアスを選び、姿見でチェックする。

 服にシワは無いし、寝癖も直した。

 と、ここであることに気がつく。


 「顔洗ってない!」


 慌ててタオルをニ枚手に取り、一枚は首周りに掛け、もう一枚はシンクの横に置く。

 嵌められている水の魔法石に魔力を込めて水を出し、ぱしゃぱしゃと顔を洗うと、先程置いたタオルで顔と髪をぽんぽんと軽く叩いた。

 服が濡れていないかも確認する。どうやら服は無事なようだ。


 「やっと出かけられる……」


 セラフィナはひとりごつと、玄関へと向かい、棚の上においてある鍵を手に取る。

 玄関のドアを開け、外に出ると、ガチャリと鍵を閉めた。

 ドアノブを捻り、ドアが開かないことを確認し、通りに足を向ける。


 まずは朝食だ。いつものカフェに行こう。

 朝食と言いつつも、起きるのが遅いため、もうお昼だ。

 セラフィナは週に一度は通っているカフェ、「アルキミナ・ドルチェ」へと向かった。

 甘い錬金術、という意味のあるこのカフェは名の通り、甘いものに定評がある。

 そしてセラフィナは、甘いものが大好きだ。そんなセラフィナの食べる今日の朝食は⸺。


 「やっぱりこれよね〜!」


 カフェのテラス席で嬉しそうに声を上げる。

セラフィナの眼前にはクリームたっぷりのパンケーキとミルクティーが置いてあった。

 朝はいつも、ハムとチーズのサンドイッチを食べるのだが、カフェに来るとやはり甘いものを頼んでしまう。

 クリームと共に添えらているベリー系の果物がキラキラと輝いて見える。パンケーキはふわふわぷるぷるとしていて、とても美味しそうだ。

 セラフィナはパンケーキにナイフを滑らせ、ぶすりとフォークを刺して口へと運ぶ。

 口に入れる前からわかる。しゅわしゅわと消えていくようなパンケーキの食感と、砂糖たっぷりの甘ったるいクリーム。

 口の中の甘さが消える前に、酸味のある果物を食べる。口内で酸味と甘味が合わさって、絶妙なバランスだ。

 セラフィナは、ぱくぱくと食べ進め、ほんの10分で平らげてしまった。

 忘れていたミルクティーをごくごくと飲み干し、ごちそうさま、と店員に声をかけるとゆっくりと立ち上がる。


 今日は買い物をしなければならない。

 石鹸は市場の西側、食料は東側だ。

 

 セラフィナはカフェから出ると、まず市場の西を目指して歩いていく。

 ほどなくして目当ての店にたどり着いたセラフィナは、石鹸を購入した。

 いつも使っている、何の変哲もない石鹸だ。香りつきの物もあるが、香りは香水でつけたい派のため、無香料のものを使っている。

 

 「いつもありがとうね」


 「こちらこそ、質のいい石鹸をありがとう」


 そんなやり取りをし、次は逆方向、東へと向かう。くるりと方向転換をし、のんびりと歩く。

 食料は買い足すだけでいいと思っていたのに、まさか1切れもパンがないなんて思わなかった。

 

 そうして歩いていると、段々と、人の賑わいが増していく。珍しい香辛料なども売っているため、日用品エリアと比べるとかなり人が多い。

 やっとの思いで人混みをかき分けて、いつものパン屋さんにたどり着いた。


 「おば様、いつもの食パンを1斤ちょうだい」


 「あら、セラフィナ様。もう食べきってしまったんですか」


 「美味しいからつい食べ過ぎちゃうのよ」


 団欒しながらも、店員はテキパキとパンを包んでいく。

 その様子を眺めながら、セラフィナは密かに深呼吸した。

 小麦が焼けた、パンの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。さっき食べたばかりなのに、お腹が空いてきた気がする……。


 「はい、お待ちどうさま」


 「ありがとう、また買いにくるわね」


 「いつでも、お待ちしておりますよ!」


 ひらひらと手を振り、店員に背を向ける。

 これで今日の買い物は終わりだ。

 起きたのが遅いのもあるが、ゆっくり歩いていたため、結構時間が経ってしまった。

 気がつけば、空はあかね色に染まっていた。あまりお腹は空いていないが、家に帰って夕食の準備をしよう。

 セラフィナはパンの入った紙袋と石鹸を抱え、帰路についた。


 帰宅して真っ先にセラフィナは手を洗い、うがいをした。健康管理は大事だ。手洗いもうがいも侮れない。

 キッチンの棚にパンを仕舞い、石鹸は風呂場に置く。

 夕食を作ろうと思ったのだが、思った以上にお腹が空いていない。


 「パンを買ったし、お腹が空いたらサンドイッチにでもしましょ」


 もう寝間着になってしまえ、とセラフィナは背中の紐を解きながらクローゼットへと向かった。

 棚の上に置いてあった寝間着に着替えた頃には、すっかり夜だった。


 「うーん、今日はなんだか人も多くて疲れちゃったわね」

 

 ベッドに腰掛け、入念に足のマッサージをする。ふくらはぎをモミモミとほぐし、うーんと伸びをしたら眠気がやってきた。

 ふわぁぁ、とあくびをして明かりを消し、横になる。

 今日は充実しているようで、実はそんなに充実していないな。そんなことを考え、思う。


 明日はもう少し早く起きよう。

 そして、朝お風呂に入ろう。


 毛布をかぶり、目を瞑る。いい夢を見られるといいな、と思いながらゆっくり息を吐く。セラフィナの意識は、徐々に夢へと溶けていく。


 遠くでは、フクロウの声がしていた。


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