特別編:その11
寒さが緩んできたころ、リーリェンとメイメイの終わりがないように見えた戦いに変化が現れた。いや、別の戦いではないが。メイメイも怖いと思っている相手の世話を、よく頑張ったと思う。リーリェンも彼女に対して多少心を開いたのだろう。
一応、リーリェンも朝議の際は盛装をしていく。リーリェン自身は「略式でもいいだろう」などと言っているが、必要性は理解しているようだ。金華でヨウリュに威厳も必要、と説得されたのを覚えているのだろう。
たいていは男物の盛装である。今日は何を思ったか、女物の盛装だった。毎日服装に関して女官たちと攻防戦を繰り広げている彼女だが、さすがに朝議での服装に文句をつけることはやめたらしい。これが半年ちょっと女王を続けた結果である。妥協案として、男物の盛装をすることで落ち着いたらしい。
それでリーリェンもおとなしくなっていたので、女官たちは調子に乗ったらしい。実際、女性の盛装をさせられたリーリェンはそれに気づかなかった。
がん! と音がして、ルイシーは驚いてそちらを見た。自分の着替えが中途半端だったが、そちらに向かう。何のことはない。リーリェンがずっこけたらしかった。裳の裾を踏んずけて転んだらしい。そんな古典的な、と思ったが抜けたところのあるリーリェンならやりかねない。苦笑して近寄ろうとしたが、その前にメイメイが現れた。
「きゃっ! どうしたんですか!?」
リーリェンが床になついているのを見て、メイメイが悲鳴を上げて駆け寄った。とりあえず体を起こしていたリーリェンはメイメイを見上げた。床に座り込んだ状態だ。慌てて駆け寄ったメイメイが。
「わきゃっ!」
おそらく、リーリェンと同じ状態でこけた。リーリェンの目の前にべしゃっとつぶれて、リーリェンがびくっとした。
「だ、大丈夫か?」
リーリェンがメイメイの肩を軽くたたく。メイメイが顔を上げた。
「……申し訳ないです」
「大丈夫か聞いたのだが」
「……痛い、です」
思いがけず素直に言ったメイメイに、リーリェンはためらいながら頭をなでる。なお、ルイシーはこの時点で隠れている。
「残念だが、私は治癒術は不得手で」
「あ……はい。ふふっ。大丈夫です」
メイメイが笑ったのを見て、リーリェンも目元を和ませた。リーリェンの感情は、目元を見るとなんとなくわかる。最近、メイメイも気づいてきたらしい。リーリェンが笑っているのを見て安心したらしかった。先に立ち上がって、リーリェンを引っ張り起こす。
「主上もお気を付けください」
「わかっている。うっかりしただけだ」
けろっとリーリェンはそう答えたが、かなりほっとしたのだろうか。おそらくこれから、リーリェンとメイメイはちゃんと会話ができるようになるだろう。ルイシーは息を吐いて部屋に引っ込んだ。
桜が舞っている。そういえば、桜の下のリーリェンを見るのはなんだかんだで初めてだな、と思った。なんとなく淡い色の服を着ると違和感のある彼女だが、満開の桜の下にいるリーリェンはただただ美しかった。
ルイシーはしばらく彼女を眺めていたのだが、声をかける前にリーリェンが気づいた。
「なんだ」
眉をひそめた彼女に、さすがに見すぎだったか、と少し反省しつつ、ルイシーは回廊を降りて桜の元へ向かった。
「いや、桜歩引きの中のお前が美しすぎて見惚れていただけだ」
「……前から思っていたんだが、お前、目は大丈夫か? 欲目だとしてもほめすぎだと思う。検査してもらう?」
おそらく、恥ずかしがっているのもあるだろうが、半分は本気だ。本気で医者に診てもらおうなどと言い出しかねない。ルイシーは笑顔をこわばらせた。
「本当にお前は……いいんだよ。俺にとっては誰より美人でかわいくてかっこいいからな」
「最後」
いや、確かに最後だけおかしかった気はするが、格好いいはリーリェンを語るうえで外せない。それをひっくるめて可愛いし、好きなのだ。
そう言うと、リーリェンは少し笑った。
「なんだそれは」
いつもと同じ言葉でも笑っているだけで印象はだいぶ違うものだ。かたくなに表情筋の動かなかったリーリェンだが、メイメイにおびえられるためにだいぶ表情が動くようになった。それがうれしいような、ちょっと損をした気持ちになるような。
リージュも安心して金華に帰ることができる、と喜んでいた。……そう。おそらく、リーリェンは姉が金華に行ってしまうことが寂しいのだ。
ここは彼女が生まれ育った場所ではない。頼れるものはほとんどなく、破天荒な領主を受け入れてくれていた金華とは違う。どうしようもなく不安で、寂しいのだろう。
「そうだよなあ。寂しいよな。お前、結局はただの寂しがり屋の女の子だもんなぁ」
「……」
「まあ、リージュ殿の代わりにはなれないが、俺はずっとお前と一緒にいるよ」
「……」
返答がない。寂しかろうと思って言ったのだが、違ったのだろうか。
そう思っていたら、リーリェンがルイシーの体にとん、とぶつかってきた。胸のあたりに額を押し付け、袖を握った。
「私、ルイシーのそう言うところが好き。私のことを好きだと言ってくれる、あなたが好きだ」
言ったことはあったかな、とつぶやかれ、ルイシーは震える声で「ない」と答えた。衝動的に彼女をかき抱く。
「……初めて聞いた」
「そうか。もっと早くに言えばよかったな」
さらりとそんなことを言われて、縋りつくような自分がちょっと情けなくなるルイシーだった。深呼吸を一つすると、リーリェンの顔を覗き込んだ。いつもの表情でゆっくり瞬きをして首を傾げた。今日もうちの女王陛下は可愛い。
「今、無性にお前に口づけたいんだが」
そう言うと、リーリェンは笑った。
「私も」
許可が出たので遠慮なく口づけた。口づけた後顔を見ると、笑っていた。ルイシーも穏やかに微笑んだ。
「行こう。リージュ殿が出発できなくて困ってる」
「うん……そうだな」
すっと手をつながれた。ルイシーも小さな手をぐっと握る。肩を抱くよりも、手をつなぐ方が彼女の在り方にあっている気がした。
「今度はちゃんと、笑って見送る」
手を放したら、そう言って笑った彼女の笑顔が、永遠に消えてしまう。そんな気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これにて、『明日が見えなくても』は本当に完結になります。
ご覧くださった皆様、本当にありがとうございました。
ちなみに、本編は、ルイシーがリーリェンの手を放してしまった世界線。




