特別編:その2
女王の夫 VS 女王の姉。
リーリェンは出てきません。
ルイシーが日常生活を問題なく行えるようになったころ、彼の処遇が決まった。というか、選ばされた。
「金華で優雅な幽閉生活を送るか、新女王の夫に納まるか、選べ」
淡々と、それこそいつも通りの調子でリーリェンに言われた。もちろん、ルイシーは後者を選んだ。感情があまり顔に出ないリーリェンだが、さすがに困惑の表情を浮かべた。
金華で優雅な幽閉生活も、嫌だったわけではない。金華はいいところだったし、のんびり暮らすのも悪くないとは思う。しかし、ここでルイシーが金華に行けば、「お前、姫様を一人にして何やってんの」という空気になる。絶対になる。ルイシーが金華になじんでいたからこそ、そんな反応になる。
何より、ルイシーが彼女の側にいたい。そばで、笑っていてほしい。リーリェンがルイシーをそばに置くことで起きる弊害があることも理解してはいるが、それを踏まえても側にいたいのだ。ちなみに、年若い女王であるリーリェンはすでに心無いことをいろいろと言われているらしい。小娘が調子に乗って、という陰口が一番多いそうだ。あと、若い男を侍らせていい気になっている、というもの。一応前王の息子として宮廷には顔を出さないようにしているルイシーが、ヨウリュたちから聞いた話である。
淡々とした女王陛下は、返答も淡々としていた。曰く、「不満ならいつでも変わってやるぞ。お前がやってみればいい」「官吏の九割は男だ。そのうち半数が若い男だな。女王が侍らせて何が悪い」と言うことらしい。完全に開き直っているが、一定の効果はあるようだ。
ここまできっぱり言われると、否定的な面子も食い下がりづらい。本当に闇討ちしても、リーリェンの場合は本当に殺せるかわからない。身体的にはそれほど強くないが、何分、霊力が強すぎるのだ。彼女が本気で怒れば、宮殿どころか京師は火だるまだ。
まあ、そんなわけで、リーリェンにとってはそこにもう一つくらい中傷されることが増えたところで、関係がないらしい。彼女なりの強がりのような気もするが、大丈夫だろうと思った。ルイシーもいるし、何より姉のリージュがいる。
そのリージュが、今目の前にいる。一つ年下の彼女は、妹のリーリェンとは違って華やかな美女だ。スーユェンの後宮は、こうした女性が多かったように思う。その癖、スーユェンの好みは、どちらかと言うとリーリェンのような女性だった。どこか気の強そうな。
リーリェンが女王になり、後宮は解体された。後宮にいた女性たちは、出家したもの、実家に戻ったもの、若い女性は別の男に嫁いだりもした。後宮の建物はほぼ封鎖され、いくばくかの女官だけが残っている。
その中でリージュは、一人だけ残った。使っていた宮に、そのまま居住している。スーユェンが王だったころ、妃嬪は後宮から出られなかったが、今は違う。ルイシーがリージュに声をかけられたのは、リーリェン、というか、女王が暮らしている内朝内の庭だった。
「ルイシー殿、ちょっと寄って行きません?」
「……」
朗らかに声をかけられ、ルイシーは東屋へ引きずられていった。リージュは後宮の女官長が一緒で、お茶を出された。本格的に話をする体勢だ。
「リーリェンの側にいてくれるそうですね。私が言うのもなんだけど、ありがとう」
「ああ……いえ、つけ込んだ自覚はあります」
姉であるリージュにどういえばいいかわからない。上品に茶器を持ち上げたリージュは微笑んだ。
「それはどうかしら。嫌だったらあの子は、問答無用であなたを追い出しているはずです。そうしないということは、あの子もあなたに気があるのでしょ」
「……そう言うものですか」
リージュは十二歳までの妹しか覚えていないはずだが、彼女の言うことは正鵠を射ている気がした。本当に嫌なら、リーリェンははっきりとそう言うだろう。ルイシーが嫌なら、命までは取らないまでも、少なくとも京師を追い出すはずだ。
「そう言うところは変わらないんですよねぇ。素直じゃないというか」
「ああ……可愛いですよね」
うっかりと本音が漏れたルイシーに、リージュは怒らなかった。ただにっこり笑って。
「ルイシー殿がそう言ってくれる方で安心しました。私、金華に帰ろうかと思っていたのですけど、リーリェンのことが心配で残ってしまいましたから」
にっこり笑って言われたが、これは「リーリェンを泣かせたら容赦しないぞ」と言っているように聞こえる。リーリェンは真正面から差しに行く性分に見えるが、リージュはどちらかと言うと後ろからぐさりとやりそうで怖い。自分が非力であることをわかっている、と言うことだが。
「金華に戻られるんですか」
気になったので、尋ねた。姉が離れていくと知れば、リーリェンは悲しむのではないだろうか。見送るときは平然としている気もするが。
「ええ。迷っていたのですけど、ルイシー殿がいてくれるなら、リーリェンもひとまず安心かな、と。母のことも気になりますし」
「……そうですね」
ヤン姉妹の母クゥイリーは、リージュがスーユェンに召し上げられたことを嘆いていた。彼女が顔を見せれば喜ぶだろう。……もう一人の娘であるリーリェンが女王にってしまったから、特に。今度はリーリェンが帰れないわけだ。
「私は、あの子が大変な時に側にいてあげられませんでしたから……あの子をわかっているふりをしているけれど、今のあの子のことは、ルイシー殿の方がご存じなのですよね」
「……実の姉君に向かって『そうだ』と言えるほど図太くはありませんよ」
苦笑して言うと、リージュはやはりにこにこ笑って。
「そう言うってことは、思ってはいるってことですよね」
「……そうかもしれません」
リージュ、さすがに鋭い。
「素直じゃないし、癇癪持ちだし、なのに一番大事なことは言わないし。まあちょっと面倒くさい子だけれど、女王の素質はあったんですねぇ」
姉、言いたい放題である。癇癪持ちというか、短気なきらいはあるな、と思っていた。少なくとも、気は長くない。それに、一番大事なことを言わない、と言うのもなんとなくわかる気がした。
ルイシーも、一番大事なことを言っていない。リーリェンに好きだと伝えていない。リーリェンに言われたこともない。これは彼女の素直じゃない性格がどうの、とかいう問題ではなく、彼女の責任感がそれを言わせなかった。ルイシーも同じだ。
あの時、お互いに立場を捨てることができなかった。だから、一番大事なことを言わなかった。
金華の領主から僑の女王になったのも、彼女の責任感からだろう。変わらなかった日常に変革を与えてしまった。その責任を取る必要があると考えたのだろう。
だが、彼女はそんなことを言わない。彼女の中では取るに足らないことなのかもしれない。
だが、ルイシーもリージュも気づいている。リーリェンがスーユェンを討った理由。一番大切なことを言わない彼女は、スーユェンからルイシーとリージュを解放したかったのだと、絶対に言わないだろう。そんな彼女だから、ルイシーも、リージュも、彼女をたまらなくいとおしく感じるのだ。
「リーリェンは、よい女王になると思います。金華ではよい領主でした」
規模は違うが、やることはそう変わりない。彼女はよい女王になる。リージュはふふっと笑って言った。
「では、妹のこと、よろしくお願いしますね」
「承りました」
まず、彼女に好きだと言ってみよう。どんな反応をしてくれるのか楽しみだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
そろそろお気づきかもしれませんが、ご都合主義ルートはこんな感じのくだらない感じで進みます。




