特別編:その3
前半はルイシー視点。後半はリージュ視点。
本編では死んでいる二人ですが、とても書きやすい。
「好きだ」
書類上は夫婦であるルイシーとリーリェンは、一応、同じ内朝に住んでいた。ルイシーが王の私的空間に身を寄せたことになる。ともに夕餉を食べていた時にそんなことを言われ、リーリェンは怪訝そうな表情になる。
「もう眠い?」
「いや、なんでだよ」
おそらく本気でそんなことを言われ、ルイシーは思わず素で突っ込んだ。この娘は時々突拍子もない。いや、突然なのはルイシーもだが。
「ただ……言ったことがなかったと思っただけだ」
「別に義務感で言わなくてもいい」
彼女はそういって胡麻団子を食べている。相変わらずよく食べる。成人男性のルイシーと同じくらいは食べていると思う。その食べたものはどこに消えているんだ。
「義務感じゃないぞ。本当に好きだ。愛している。たまらなくいとおしい」
「……どうした? 何かあったか?」
ドン引きされた。さすがにリーリェンの食べる手も止まって、手巾で手を拭いた後、立ち上がるとルイシーの隣まできた。小さな手がルイシーの額や首に触れる。どうやら熱があるか確かめられたらしい。
「いや、正気だって」
「そうなのか……? 今まで言ったことないだろう、そんなこと」
「だから言ってみようと思ったんだって」
「そう……?」
なんだろう。めちゃくちゃ疑われている気がする。ルイシーはため息をついて苦笑を浮かべた。
「どうしたら信じてもらえるんだろうな」
「別に信じていないわけではない」
「は?」
さくっと言い切ったリーリェンに、ルイシーの方が目を見開く。リーリェンは椅子の背もたれに手を置いて首を傾げた。
「私をなんだと思っているんだ。好意を向けられていることくらいわかる」
「そ、そうか」
「始めて言われたから、驚いただけ」
「そうだな……これからは毎日言おうか。口説くと宣言したからな」
調子に乗ってそう言うと、リーリェンから「寝言は寝て言え」といつも通りのお言葉をもらった。立ち去りかける彼女の手首をつかみ、軽く引っ張った。いつかと同じく、力に引かれてリーリェンがルイシーの腕の中に納まった。
「ちょ……怪我」
「大丈夫だ」
足の骨が折れたことを知っているのだろう。膝に乗り上げてしまったのを少し気にしている風だったが、とっくに治っている。普通に歩いているのも見ているだろうに。何なら今日は、古巣の禁軍で剣を振ってきたくらいだ。
抱きこむように抱きしめると、「あの」とリーリェンがルイシーの腹のあたりを押した。抱きしめられたために肩に手が届かなかったのだろう。
「私も好きだから、口説く必要はない……」
彼女の中でどういう回路をたどったのか不明だが、リーリェンはそう言った。いつもより弱い口調で、恥じらっているような様子に笑みがこぼれる。可愛い。
ルイシーの指が彼女の唇をなぞり、その唇を吸った。女王になっても、リーリェンは化粧と言うものをしない。格好も男装のことが多く、これについては姉のリージュを含む女官たちとの攻防戦が毎朝行われている。
どん、と胸を叩かれて我に返った。痛くはなかったが、そこそこの衝撃だった。驚いてリーリェンの顔を覗き込む。ぱっと彼女は立ち上がった。その唇も、頬も、首元すら赤くて、ルイシーは立ち上がった。
「リーリェン……」
頬に触れようとした手を避けられた。地味に傷ついたが、リーリェンは今それどころではないと目を見てわかった。水の膜が張り、今にも零れ落ちそうだ。ルイシーはぎくりとする。感情の起伏が表に出ないリーリェンが泣きそうになるなど、ただ事ではない。
「ど、した? 気に障ったか?」
首が左右に振られる。気に障ったわけではないと安心したが、ならどうしたのだろう。
「は」
「は?」
「恥ずかしくて……」
いつものような歯切れのよい口調ではなく、どこか弱弱しい口調で言われ、ルイシーは膝から崩れ落ちた。
うちの女王陛下が可愛い。
*+〇+*
「それで、そのまま私のところに来ちゃったの?」
長椅子に座り、両手で水の入った玻璃の茶器を持ったリーリェンがこくんとうなずく。ひょんなことから一国の頂に立つことになった少女は、小さくなっていた。別に今更一国を率いることに今更おじけづいたわけではない。そんな可愛げは、リージュの妹に存在しない。
どうやら混乱の末姉に泣きつきに来たらしいリーリェンは、夕餉の後、内朝から後宮まで走ってきたらしい。妙なところで行動力のある妹だ。
禁城内とはいえ夜中に女王を外に出しておくわけにはいかず、リージュは妹を招き入れた。単純に妹が可愛かったのもある。いくらリーリェンが静謐な美女に成長していようと、リージュにとっては可愛い妹なのである。そしておそらく、リーリェンがここまで走ってくる原因になったルイシーも同じことを思っているだろう。というか、今彼はどうしているのだろう。
「だって……その」
普段はずばっと切れ味の鋭い口調のリーリェンがおどおどと口ごもる。感情より理性の方が強いと言われる彼女にしては珍しい態度だが、リージュにとっては、子供のころの妹はこんな感じだったな、と言う感想になる。
「前はあれだけ落ち着いてたじゃない。からかっても無反応だったし」
長椅子に隣り合って座り、リージュはリーリェンの顔を覗き込んだ。頬は色づき、涼やかな目が潤んでいた。これは、ちょっと、ぐっとくるのはわかる。
「は、恥ずかしくて……」
「前は恥ずかしくなかったの?」
「前は、手に入らないことが分かっていたから。何というか……」
「恥ずかしがってる場合じゃなかったんだ?」
「うん……」
リーリェンがうなずいて茶器を置くと、膝を抱えた。
「今までどういう風にふるまっていたのか、思い出せない……」
リージュは妹の背中を撫でた。たぶん、彼女はいっぱいいっぱいなのだ。いくら経験があるとはいえ、一地方に過ぎない金華と僑という一国家では規模が全く違う。怖気づいたわけではない。無理だと思っているわけでもない。ただ、気負いがあって、自分が限界だと気づいていないだけだ。だから、今まで平気だったルイシーへの対応方法が行方不明になっている。ここが彼女の弱い部分なのだろう。
「ま、少しずつでいいんじゃない? ルイシー殿なら待っていてくれるわよ、たぶん」
「……いいのかな」
「いいのよ」
子供の時分のような口調に、リージュは微笑んでうなずいた。本来、彼女は私的生活においてはまだまだ子供なのだろう。領主として、女王としての印象が強すぎて隠れているけど。
こういうところを、リージュではなくて、ルイシーに見せられるようになればいいと思う。そうならなければ、リージュは安心して金華に戻れない。
しかし、一緒にいる間くらいは甘やかしてやろう。何しろ、これでも六年ぶりの再会なのだ。
「今日はこちらに泊まっていく?」
「そうする……」
リーリェンがリージュの元を尋ねてきた時点で遅い時間だったので、そろそろ真夜中に近い。いくら同じ禁城の中とはいえ、さすがに戻るには遅すぎる。
「じゃあ、いっしょに寝ましょうか」
「うん」
一緒に寝るのなんていつぶりだろう。リージュも年甲斐もなくわくわくした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
乙女なリーリェンを書きたかったが、途中で断念した結果。




