23.墓参り
どうやら、金華の前領主グォシャンの喪が明けたらしいとルイシーが気づいたのは、館に上がっていた弔旗が降りたためだった。リーリェンの格好は一貫して変わらない。夏場はやや薄着ではあったが、それくらいだ。
夏も盛りを過ぎ、秋の音が聞こえてきたころである。喪が明けたのだと察した後、ルイシーはリーリェンにグォシャンの墓参りはできるか、と尋ねた。リーリェンの反応は一言。
「何故だ」
出会ったころと変わらぬ切れ味の良さ。こればっかりは変わらない。リーリェンがルイシーに対し心を開いているのはみんなが認めるところであるが、だからと言って他と対応は変わらない。これが彼女の素なのだろう。
「何故と言われても困るが、しいて言えば、俺はグォシャン殿を頼ってここまで来たのだな、と思って」
面識があるわけではないが、彼がいなければ金華には来なかった。もともと彼に会いに来たのだから、挨拶くらいしてもいいのではないだろうか。今更過ぎるが。
「まあ、構わん。喪が明けたばかりだから、他の領民も参りに来ているだろうし」
と言うわけで、ルイシーはヨウリュ、シャオエンを連れてグォシャンを参ることにした。墓自体は森の中の共同墓地の中にあるが、道も整備されているし、ヤン家の墓は見ればわかると言われて送り出された。確かに、見ればわかった。領主だから当然だが、一番大きな墓だった。これでもかと言うほど花が置かれている。リーリェンが言った通り、領民たちが参りに来たものだろう。
「グォシャン様って慕われてたんだなぁ」
「まあ、私たちが話を聞いて頼ろうと思うくらいには人格者だったのでしょう」
シャオエンもヨウリュも感心したように言う。
「そんなに慕われていたのなら、リーリェン様が自信を持てないのも仕方がありませんね」
ヨウリュがちらりとルイシーを見上げる。墓を見上げていた彼は、「そうだな」と笑った。前任者が立派であるほど、後を継ぐ者は大変だ。
税が上がってくる時期になり、館は大わらわらしい。この時期にグォシャンが亡くなったということは、昨年もリーリェンが租税の取りまとめをしたのだろう。そのころにはまだルイシーは京師にいたが、税が各所領から上がってこない、という事態にはならなかったため、リーリェンは突然回ってきた役目にもうまく対処したことになる。
グォシャンは病で亡くなったと聞いたが、突然だったという。引き継ぎもできていない中、リーリェンは本当によく頑張っていると思う。
開き直ったためか、リーリェンはたまに笑うようになった。少なくとも雰囲気は格段に柔らかい。相変わらず鋭い口調でバッサリと切り捨てる言葉を吐くが、そこらへんは前から領民たちが微笑ましそうに見守っていたので、みんなあまり気にしていないのだと思う。
「ルイシー殿」
家に戻ると、珍しいことにランウェンが来ていた。神官が一人付き添っていた。
「少しお話をしたいのですが」
微笑んで言われて、ルイシーは内心ぎくりとした。顔には出なかったと思うが、リーリェンに手を出したことを気づかれたのかと思ったのだ。違った。
「京師から、文が届いております。親書です」
すっと差し出されたのは、王の名が書かれた文だった。中を開けば、王の直筆でごまかしようのない御璽が押されている。もはやただの文ではなく、命令文書だ。
それを一読したルイシーは、それをそのままヨウリュに渡した。
「簡潔に言うと、禁軍に帰還するように、とのことです」
「そうでありましょうね」
ランウェンがおっとりと言った。どうやら、同じような文書がリーリェンのもとに届いているらしい。リーリェンを含む執政官たちが外に出られないので、ランウェンが代理で訪ねてきたらしい。
「外に出られず、いつリーリェン様が爆発するかとみなひやひやしております」
笑ってランウェンは言うが、それは笑いごとなのか? 本当に爆発しようものなら大変なことになるのではないだろうか。主に納税が。
「リーリェン様に届いた文書には、新しく領主になったことへの祝いと、ルイシー殿を庇護してくれたことへの感謝とあなたの帰還を許したこと、また、一度お会いして話をしてみたいという旨がしたためられておりました」
リーリェンに届いたものも、王からの親書である。前の三つは、よい。遅い気もするが喪が明けたのは最近だし、領主の祝いはありだろう。ルイシーたちを金華に置いてくれたのも事実だ。ルイシーの元へも帰還の許可が届いている。だが、最後の一つは。
「リーリェン様は、『今すぐには無理だが、姉の顔を見られるのなら行きたい』とおっしゃっているのですが……わたくしたちはそういうことを心配しているのではないのです」
「でしょうね……リーリェンがどれだけ機転を利かせられるかにもよりますが、そのまま後宮に収められても不思議ではない」
ランウェンも同じことを思っていたようだ。神妙にうなずく。リーリェンに任せていたら『行く』の一択になるので、ランウェンが間に入ることにしたのか。忙しいのも本当だろうが。
王ワン・スーユェンは真新しいものや珍しいものが好きだ。一般的に美女と呼ばれる女性も好きである。リーリェンは実は、そのどれもに当てはまるのだ。
「おそらく、国軍から話が漏れたのでしょうね。黙って立っていれば、リーリェンはただの美女だ」
ルイシーの言い方に、ランウェンは面白そうにくすくす笑った。
「ええ、そうですね。ただの美女です」
ここにリーリェンがいたら、何を言ってるんだお前たちは、的な顔をするだろうが、今はいない。
「ところで、主上はリーリェン様がリージュ様の妹君であるとご存じないのでしょうか?」
ランウェンがツッコんできた。気持ちはわかる。文書には、リージュことヤン昭容について一言も触れられていない。下手に姉のことに触れると釣れないと思ったのか、それとも。
「単に知らないだけかもしれません」
おそらく、ヤン昭容がグォシャンの娘であることは知っているだろう。しかし、その妹まで把握しているかと言うと、ちょっとわからない。ランウェンがため息をついた。
「わたくしたちの主上は、そんな方なのですね……」
擁護はできない。というか、したくない。リージュにとどまらずリーリェンまで連れていかれたら、金華の者たちはどう思うだろう? 反乱を起こしても不思議ではない。となると、リーリェンには慎重に動いてもらわなければならない。
「今のところ、理性の勝っているお方ですから、飛び出していくようなことはありませんが……といいますか、さすがにリーリェン様も主上の狙いに気づいている……と思うのですが」
「怪しいところですね……」
さすがに自分が不細工であると間では思っていないようだが、美人ではないと思っている。まあ、本人も『珍しい女領主として目に付く』可能性を理解していたから、大丈夫だとは思うのだが。
「とりあえず、あのままのリーリェンが主上にお目にかかれば、九割の確率でそのまま後宮入りですね」
「それは高い確率ですね……」
ちょっと引き気味にランウェンが言った。まあ、これ以上話しても仕方がない。ルイシーは京師に戻るほかないし、リーリェンは王が話したいと言っている以上、京師まで赴かなければならないだろう。できるだけの対策はすべきだが、結局、リーリェンの振る舞いにすべてがかかっている。
「リーリェン様のお耳に入れておきましょう。お忙しいところ、ありがとうございました」
「いえ。ランウェン殿も、わざわざお越しいただいて申し訳ない」
ランウェンを見送ると、ルイシーはため息をついた。ついに、リーリェンも王の目に留まってしまった。
「そうだ。先に誰かと結婚しちゃうのはどうです? ルイシー様とか」
シャオエンが名案! とばかりに提案してくるが、それは逆効果だ。
「馬鹿ですね。そんなことをすれば、逆に主上を刺激することになります」
「じゃあどうするんだよ……」
困惑したようにシャオエンが言うのを、ルイシーはただ聞いていた。彼も、同じ思いだった。
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次で『金華編』は最後です。




