22.宴会
国軍を金華の外に送り出して街の方に戻ると、時刻はすでに夕刻だった。ほどなく日が沈むだろう。リーリェンではないが腹が空腹を訴えている。
「あ、お帰りなさい」
ヨウリュが何でもないように挨拶をしたが、家に帰ってきたルイシーとシャオエンは困惑した。なぜか家の中で宴会が開かれていた。いや、本当に何してるんだ。
「お邪魔してます」
「お腹すいてますよね。早く食べないと、姫様の胃に消えていっちゃいますよ」
近所の奥様方が朗らかに言う。どうやら、先ほど国軍の臨検に関わった『銀葉』の関係者たちが集まっているらしい。慰労会のようなものだろうか。奥の方にはリーリェンもいて、お供え物かというほど料理が並べられていた。見る限り出ている分の半分くらいはなくなっている。さらにその半分くらいはリーリェンの胃に収まっているのだろう。
「……なんでうちで宴会してるんだ?」
「慰労会と言うことで。料理を作ってくれると言うので、いいかなと」
と、基本的に家事を担当するヨウリュ。彼がそう言うのなら、ルイシーとシャオエンは逆らえない。適当に空いている椅子に座る。料理も豪勢だった。
「……食費はリーリェン持ちか」
「一番食べるやつが払えとのことだ」
リーリェンは女性にしてはかなり食べるほうだが、たぶん『一番食べるやつ』ではない。だが、彼女が納得しているのなら突っ込まないでおこう。
「お酒もどうですか。せっかく持ってきたんですけど、ヨウリュさんは飲まないって」
リーリェンの隣でにこにこ点心をつまんでいたズーランがどこからともなく酒器を取り出した。リーリェンの前にも杯が置いてあるので、二人で飲んでいたようだ。護衛のシンユーは? 尋ねると、部屋の奥の長いすで伸びていた。
「下戸なのか?」
「いや、ズーランに飲まされたんだ。かわいそうに」
「まったくかわいそうな感じがしないが」
平坦な声で言われてもただ述べられている、という感じしかしない。とりあえず、ズーランが酒に強いのはわかった。シャオエンが嬉々として応じる。
「おっし、俺が飲む! よろしく!」
「よし、来た!」
すでに酔っ払いのノリである。ルイシーは二人を放っておくことにした。代わりに斜め向かいのリーリェンに話しかける。
「まだ食べるのか」
「甘味が食べたい」
食べるらしい。彼女の前に杏仁豆腐を置いて、ルイシーは料理に手を付けた。なるほど。おいしい。ルイシーとリーリェンのいるあたりだけ、料理の減りがおかしい。
「そういえば、館にいなくていいのか」
普通にここで食事をしているが、領主である彼女の本来の居場所は館である。ズーランとシンユーを連れてきているので、リーリェンの気まぐれで来たわけではないようだが。周囲がうるさいので、リーリェンの向かい側の席に移動する。声が届かない。
「館では母上が絶賛暴れている最中だ。おばば様がなだめてる」
「街で戦闘があったからか。そのあと国軍が来たしな」
リーリェンの母クゥイリーが国を敵視しているのはルイシーの一件で分かっている。暴れるのも無理ない気がした。
「また娘が連れていかれると思ったそうだ。力づくでなだめようとしたら、おばば様に追い出された……」
それはリーリェンが悪い。領主であり、それなりに尊敬を集めている彼女だが、母親のことに関しては信用を得られていないようだ。力づくで押し付けようとしたのなら仕方がない。リーリェンもなだめ方がわからなかったのだろうが、しかし。
「娘って、リーリェンのことじゃないか。ヤン昭容はもう後宮にいるわけだし」
ルイシーが指摘すると、レイシに手を付けていたリーリェンが驚いたように目を見開いた。ルイシーは付き合いの期間が短いわりに彼女のいろんな表情を見ている自覚があるが、ここまではっきりとわかる変化は初めてだ。
「……そうか。なるほど……確かにそうかもしない」
つぶやいた後、リーリェンは不意に穏やかに微笑んだ。
「忘れられたわけでは、ないんだな……」
突けは消えてしまうような淡い笑みだったが、はっきりと笑ったのを見たのは初めてで、今度はルイシーが目を見開く。
そうか。リーリェンは母と折り合いが悪い、扱い方がわからない、という風情だが、別段、クゥイリーを嫌っているわけではないのだ。彼女にとっては唯一、残された家族であるわけで。とりあえず何が言いたいかと言うと、微笑んだリーリェンはめちゃくちゃ可愛かった。
「あっ! リーリェン様、笑ってるじゃない!」
隣の酔っぱらいがリーリェンにしなだれかかる。それなりの酒豪であるシャオエンを吞み潰したズーランは、主であり友人でもあるリーリェンに抱き着く。一瞬でリーリェンが真顔に戻った。ズーランが猛然とリーリェンのほほをつつく。
「え~。なんで笑顔ひっこめたんですかぁ。えーがーおー」
「うるさいぞ」
完全に酔っ払いの絡み方のズーランの口に、リーリェンが皮をむいて種も取ったレイシを押し込んだ。ズーランが静かになる。リーリェンはもう一つレイシを手に取った。どうしても食べたいらしい。
「すごい酔っ払いだな」
ヨウリュは酒を飲まないし、シャオエンは酒豪だが一定量を超えるとすぐに寝る。ルイシーも飲みすぎで前後不覚になったことはあるが、自分を客観的に見ることは難しいので、結局、ズーランほどの絡み酒は初めて見ることになる。
「ズーランは恐らく、金華一の酒豪だろうな。酒豪と言うか、ざる、と言うのか? ただし、ものすごく絡み酒だ」
「みたいだな」
シャオエンがつぶれてしまったので、ズーランはリーリェンにちょっかいを出す。それが姉に甘えてかかる妹のようで、ルイシーは思わず笑った。非常に微笑ましい。見ているだけなら。リーリェンは途中であきらめたようで、腰にズーランを引っ付けている。
「でもさぁ、笑わないけどさ。最近表情が豊かになってきたなって思うんですよ。もともと泣き虫だったけど~」
「余計なお世話だ」
「泣き虫だったのか」
「うるさい」
ルイシーに向かって手巾を投げてきた。皿でないだけましだと思いながら、手巾を受け止めて卓子に置く。
「やっぱり、ルイシーさんたちが来てからよねぇ。好きなんですか?」
食べていた料理が気管に詰まって咳き込んだ。ルイシーが。リーリェンは表情を変えない。こっちの方がうろたえるってどういうことだ。リーリェンが無言で水を差しだしてくれた。
「ズーラン。吐いた言葉は戻らないんだ」
いや、酔っ払いにそんな真面目に説教をしても。
「ええ~。でも、ルイシーさんはリーリェンのことが好きですよねぇ」
こいつ、実は意識がはっきりしているのではないか? とルイシーは疑った。しかも、リーリェンには尋ねたのに、ルイシーには断定口調だった。リーリェンより、ルイシーの方が分かりやすいだろうか。
「あまり気にするな。ズーランは酔っぱらうと、記憶がなくなる」
「……そうなのか」
だからリーリェンも適当にはぐらかしているわけだ。明日になったら忘れているから。なんとなくほっとした。
「ズーラン、そろそろ帰ろう。これ以上前後不覚になるとさすがに連れて帰れない」
「いやーっ!」
ズーランが暴れるが、力自体はリーリェンの方が強いので取り押さえられた。ヨウリュが長いすを占領しているシンユーを示す。
「彼はどうします?」
「置いて行っていいか? 床に寝かせてもかまわん」
「扱いが雑すぎないか?」
とりあえず、シンユーのことはそのまま寝かせておくことにした。ズーランはリーリェンが引っ張って立たせる。何やら言っているが、すべてリーリェンが「はいはい」と流していた。最終的にズーランを背負った。領主に背負われる侍女と言うのは彼女くらいではないだろうか。
「送ろう」
そう言って、ルイシーはリーリェンとともに家を出た。治安のいい金華だが、昨日の今日であるし、単純にリーリェンと酔っ払いのズーランが心配である。
「ズーランを預かろうか?」
「いやぁっ!」
ルイシーが名乗り出たが、ズーラン自身がリーリェンにしがみついて離れないのでどうにもならない。寝るのを待つしかない。幸い、リーリェンは人一人を背負ってもぶれない体幹をしていた。
「リーリェンは領主だけどさー。別にさー。欲しいものをあきらめる必要はないと思うんだよね~」
明日には忘れているということだが、ズーランの言うことはなかなか的を射ている気がする。そう言うと、リーリェンはズーランを支え治しながら言った。
「ズーランは直感が鋭いからな。特に、酔っぱらっているとき」
「……一種の催眠状態のようなものか」
「そうだな。だから、私がルイシーを好きなのかという問いも、答えは是なのだと思う」
唐突に蒸し返された話に、ルイシーは思わず吹き出す。
「なんで他人事なんだ」
「これがはっきりとしない。好きかと言われれば、お前のことは好きだな。だが、ズーランが言っていることはそう言うことではないだろうということだ」
「ああ……なるほど」
おそらく、リーリェンは恋をしたことがないのだ。そんなことができる状態ではなかったのだろうが、だから、ズーランが指摘した愛だの恋だのはしっかり認識できないのだろう。
館につくと、さすがにランウェンは宮に戻った後だった。クゥイリーも落ち着いているらしい、とズーランを預かる使用人から聞いた。
「ルイシーも、すまない。押しかけた上に送らせた」
「そこは領主が気を遣うところじゃないだろ」
何しろ、彼女に言わせれば『金華は私の領地』なのだから。どこにいようと自由だ。まあ、さすがに冗談半分だろうが。
「そういえば俺も言われたな。ズーランに」
「何が?」
「リーリェンが好きだろうって」
「……言っていたな」
直感の女が言うのであれば、そうなのだろうとリーリェンは思っているだろう。それは正しい。リーリェンを引き寄せてそっと唇を触れ合わせた。愛も恋もわからん、などと言いかねない彼女も、さすがに何かしらの動揺を見せるかと思ったが、そうはならなかった。何度か目をしばたたかせて。
「……せめて一言尋ねてからにしてほしかった」
ごもっともである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ズーランは直感が鋭い。




