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17.夜明け














 まぶしさに目を開いた。何度瞬きして目が慣れると、夜が明けているのが分かった。ルイシーが身じろいだのに合わせ、リーリェンが目を覚ます。


「朝……」

「ああ。おはよう、リーリェン」

「おはよう……」


 少し寝ぼけていたリーリェンもだんだんと目が覚めてきたらしい。寝入ったときとは明らかに違う態勢に困惑したようだが、文句は言わなかった。

「歩けるか?」

「大丈夫だ」

 川で水分補給をし、ルイシーはリーリェンの手を引いて歩き出した。方角はわかっているし、川の上流に向かって歩いて行けばいい。まだ鍛冶場の方が近いだろう。

「夕べ、妖魔が来なくてよかったな」

「簡易だが、魔物よけの呪いをしたからな」

 そう言えば、リーリェンが野営になると決まったときに術をかけていたような気がする。あれか。

 思えば、ルイシーとリーリェンでなかなかいい組み合わせなのかもしれない。ルイシーは剣を使えるし、リーリェンは術師だ。必ずしも守らねばならないほど弱くはない。崖の上でも、シンユーにかばわれながらだが反撃していた。


「ルイシー様!」


 いくらか上流に上ったところで声がかかった。シャオエンである。


「シャオエン!」


 ルイシーが手を上げると、シャオエンはほっとした様子で近づいてきた。


「よかった。無事で」


 リーリェン様も、とシャオエンが微笑む。

「二人とも、怪我は?」

「ない。心配をかけたな」

「あ、いえ。ルイシー様は大丈夫だろうなって思ってました」

「……」

 まあ、シャオエンの言葉もわからないではないが。彼の立場なら、ルイシーよりリーリェンのことを心配する。いろんな意味で。

「リーリェン様も、歩けます?」

「鍛冶場までなら、おそらく」

 歩き始めたころは「大丈夫」と言っていたので、歩いてみたら大丈夫ではなかったのかもしれない。結局、ルイシーが抱え上げた。

「背負った方がよくないか?」

 左腕だけで抱え上げられたリーリェンは不服そうに言ったが、鍛冶場までそれほどないので、背負うほどでもない。第一、背負ったらリーリェンの服の形状上、足が丸見えになるだろう。そのあたりは彼女は気にしないのだろうか。


「ま、行きましょう! シンユーがズーランに殺される前に!」


 楽し気にシャオエンが恐ろしいことを言った。シンユーはリーリェンの護衛だ。リーリェンを守れなかったので、今頃侍女のズーランに責められているだろうことは容易に想像できた。

「お前もズーランに説教されるんじゃないか」

「今回は私が悪いから甘んじて聞く」

 判断を誤った、とどこか悄然としているように見えるリーリェンの頭を軽くたたいた。それを見ていたシャオエンが先導しながら首をかしげる。

「……なんか、仲良くなりました?」

「さあな」

 ルイシーははぐらかしたし、リーリェンも口を開くことはなかった。

 朝食の時間をいくらか過ぎたくらいの時間に鍛冶場へ着いた。ルイシーから降ろされたリーリェンが憮然としたまま言う。


「私が歩くより早く着いた……」


 解せぬ、とばかりのリーリェンに、「俺らは軍人ですからねぇ」とシャオエンが笑う。


「リーリェン様! リーリェン!」


 駆け寄ってきたズーランがリーリェンに抱き着いた。ズーラン、とリーリェンが彼女の背を無表情のまま叩く。

「大丈夫? 怪我は!?」

「ない。少し疲れたくらいだな。心配をかけた」

 そう言うと、ズーランはリーリェンから離れ、不思議なものを見る顔でリーリェンを見つめた。

「あんた、どうしたの……?」

「どうしようが私の勝手だ。おなかがすいた。汚れも落としたい」

「はーい。用意できてますよ。ルイシーさんもどうぞ」

 リーリェンが戻ってきたことにほっとしたのか、笑顔でそう言うズーランを見てうなずきながら、ルイシーはふと言った。

「リーリェン。笑顔、かわいかったぞ」

 ばっ、と振り返ったのはズーランだった。シャオエンも「ええっ!?」と声を上げる。当事者のリーリェンだけが温度のない顔でルイシーを見つめた。


「寝言は寝てから言え」


 お決まりの台詞を残し、リーリェンはズーランの背中を押して別宅に入っていく。ルイシーは息を吐いた。

「脈、ねぇのかなぁ」

「脈はあると思いますけど」

 たぶん、ルイシーが思っていることとシャオエンが思っていることは、違う。だからルイシーは笑った。


「そう言うことじゃないんだよな」














 ルイシーがお湯をいただいてから今に戻ると、リーリェンが朝食を食べていた。蒸し餃子や焼売などの天津から、麺や米。かなりがっつりしているが、リーリェンはけろりとして食べている。本当によく食べる娘だ。ここまでくると気持ちがいい。

「ルイシーさんもどうぞ。ありあわせですけど」

 と、機嫌よく言ったのはズーランである。彼女に風呂に入っている間ずっと説教を受けていたはずのリーリェンだが、あまり堪えた様子はない。

「ありがとう」

 口ぶりからしてズーランが作ったのだろう。ヨウリュも手伝わされたようだが。ほかの四人は先にすませたらしく、シンユーはズーランに責められ続けたのかちょっとぐったりしていた。

 ルイシーが麺をすすっていた時である。肉饅頭を食べていたリーリェンがふと咀嚼を止めた。口の中のものをゆっくり飲み込んで、お茶を飲んでから口を開いた。


「何か入ってきたな」


 え、と振り返ったのはシンユーである。彼は冷えたお茶を用意しようとしていた。

「入ってきたって、金華にですか!?」

「そうだな」

 リーリェンはそう言って食べかけの肉饅頭を皿に置く。ルイシーも箸をおいた。

「集団だな。遠すぎて正確な数はわからないが、統率が取れている気がする」

「……リーリェン様、そんなに知覚能力、高かった?」

 ズーランも驚いたようにリーリェンを見つめる。いや、とリーリェンは首を左右に振った。

「私の能力はほぼ念動力に振り切れているからな。今はおばば様と術式を共有しているから。私が館を離れているからな」

 つまり、ほとんどはランウェンの能力なのだろう。気になるが、いま問うべきはそこではない。


「侵入者か。統率が取れているならそれなりの戦闘組織と考えるのが自然だ」


 隊商の可能性もなくはないが、それなら事前に領主であるリーリェンに連絡が来る。つまり、招かれざる客だということだ。


「え、でも、金華は結界があるんですよね?」


 シャオエンが首をかしげる。求めていないものはたどり着けることがある、とリーリェンは言っていたが、侵入者たちは何か目的があって金華にやってきたのだろう。ならば、たどり着ける可能性は限りなく低いはずだ。

「誰かが内側から招き入れたということだ。お前たちも、ジュカンに招かれてはいってきただろう?」

「ああ……そっか」

 本当に納得したのかわからないが、シャオエンがうなずいた。

「え、じゃ、ど……っ! すぐに戻らないと!」

 シンユーが慌てたように言う。リーリェンは「そうだな」と冷静に言った。動揺のかけらもない。

「今から急いでも、初期対応には間に合わん。おばば様が気づいているだろうから、任せるしかないな。私より経験がある。下手なことはしないだろ」

 リーリェンが顎に指をあて、考えるように少し視線を下ろした。

「ただ、人の相手はあまりしたことがないからな……ルイシー、ヨウリュ」

「なんだ?」

 名を呼ばれてルイシーとヨウリュが視線をリーリェンに向ける。

「対人戦闘の指揮を執るなら、どちらがうまい?」

「……作戦を考える、と言う意味では私ですが、単純に采配を振るうのであれば、ルイシー様が上かと」

 ヨウリュの言葉に、リーリェンは「よし」とうなずいた。

「では、悪いがルイシーには私とともに街に戻ってもらう。私の代わりに『銀葉』の指揮を執ってくれ。大丈夫だ。私がやれと言ったら、みんな動く」

「すごい自信だな……かまわないが、お前ではだめなのか?」

「ダメだな。知識はあるが、まるっきり経験がない」

 経験を積むために指揮を執っている場合ではない、とリーリェンは判断したらしい。この判断力がすごい。

「シンユー、馬を二頭借りてきてくれ。足の速い馬がいい」

「わ、わかりました」

 シンユーが別宅を飛び出していく。ルイシーはリーリェンに目をやった。

「馬に乗れるのか?」

「乗れる。乗馬だけならシンユーよりうまい自信がある」

「おお……」

 本物のじゃじゃ馬である。

「それと、例の彫刻師を連れてきてくれないか」

 リーリェンの次なる頼みごとに、ヨウリュが恐る恐る尋ねる。

「……ちなみに、何をなさるので?」

 相変わらずリーリェンはけろりとした口調で言った。


「尋問くらい、する時間はあるだろう」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


おそらく、ルイシーとシャオエンが言っている『脈』は同じ意味です。


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