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18.侵入者












 彫刻師を連れてきたのはヨウリュとズーランだった。後ろ手に縛り、椅子に座らせている。拘束はしているが、彼自身は普通の彫刻師に見えた。


「な、な、何なんだ! 誰だお前!」


 大声をあげているが、その声は残念ながら震えていた。彼と向かい合うように椅子に座ったリーリェンは、尊大に腕と足を組んでいた。たぶん、見せかけだけだと思うが、多少素は入っているかもしれない。


「誰だと思う」


 問いに対して問い返した。彫刻師は返答に詰まって口ごもる。リーリェンは小さな頭をことりと傾ける。


「まあ、私がだれかなんて、お前には関係のないことだな。私の質問に答えろ」

「お、俺が答えると」


 だん、とリーリェンがそばの卓子を叩いた。それほど強い力ではなかったし、大した音でもないが、彫刻師はびくっと体を震わせた。まあ、無表情の美女が突然卓子を叩けばびびりもする。というか、彼女の尋問の仕方が妙に堂に入っているのが気になる。

「いいから答えろ。お前が彼らを金華に引き入れたのか?」

「な、何のことだ!」

「違うようだな。では、引き入れた人間を知っているか?」

「し、知らない!」

「嘘だな。その人間は、この領地の人間を二人、殺したやつらか?」

「知らない! 俺は関係ない!」

「何人、侵入してきたか知っているか?」

「本当に、知らないんだぁ……」

 彫刻師、怒涛の質問攻めに半泣きである。美女に責められるのが怖いのはよくわかった。シャオエンもちょっと顔色が悪い。


「なるほど。お前が利用されたのだということはよくわかった。最後にもう一つ」


 まだ聞くのか、と縛られて逃げ出せない彫刻師は偉そうに自分を尋問してくる少女を見た。


「贋金を作ったのは、お前だな?」


 リーリェンの温度のない問いかけに、彫刻師ががくがく震えだす。

「お、俺は」

「脅されたのはわかっている。私はとらえないが、外に放り出せば軍が捕まえてくれるだろうな」

「放り出す気かよ……」

「私には金華を守る義務があるのでな。間接的とはいえ領民に手を出した以上、私はお前を保護しない」

「……」

 さすがの彫刻師にも、このエラそうな娘が領主だとわかっただろう。偉そうなのではなく、本当に偉いのだ。

「聞きたいことは聞いた。こちらも時間がないのでな。今、ここいらは混乱しているから、気づかれずに逃げられるだろう。いくらか路銀をやるから、捕まるならできるだけ金華から離れたところで捕まってくれ」

「ひどい!」

 なんだろう。なんとなく、リーリェンがいろいろ開き直っている気がする。ルイシーのせいだろうか……。

 彫刻師は本当に放り出された。鍛冶職人たちが、「いいのだろうか」と不安げな顔をしている。

「かまわん。この混乱の中なら、うまく逃げられるだろう。お前たちは、宿を求めた旅人にしばらく空き家を貸しただけだ」

「はい」

 鍛冶職人を束ねる親方が、ほっとしたようにうなずいた。ズーランが眉を顰める。

「リーリェン様、やっぱりおかしくない? 頭打った?」

「打ってはいない。水には落ちたが」

 ズーランは怪訝そうにリーリェンを見ている。気持ちはわからなくはないが、別におかしくなったわけではないだろう。開き直った、と言う感じはするが。


「では、私は戻る。ズーラン、シンユー。あの男が使っていた部屋を調べて、荷物をすべてまとめて持ってきてくれ。ゆっくりでいい。あまり早く来ると、敵とかち会ってしまうからな」

「……リーリェン、お前、本当に指揮を執るのは初めてなのか? なんか慣れてないか? 尋問もそうだが……」


 馬を用意しながらルイシーが尋ねると、リーリェンは「もちろん初めてだ」ときっぱりと答えた。

「それどころか、『銀葉』全体を指揮したこともない」

「は? でも妖魔狩り……」

「妖魔狩りとはまた別だろう」

「怖くはないか」

 ルイシーが思わず尋ねると、リーリェンはひらりと馬に飛び乗った。


「死ぬほど怖い」


 だろうな。


「けど」


 馬を走らせようとしたが、リーリェンの言葉が続いたので彼女を見る。


「逃げてもいいのだと思ったら、まだ進める気がした」


 行こう、とリーリェンの声が促した。ルイシーは目元をやわらげてうなずく。


「ああ」











 リーリェンは自分で言うだけあって、馬術がうまかった。取り回しには力がいるが、体重が軽いので馬も軽快に進めるのだろう。ルイシーは道順が怪しいので、先導するのはリーリェンだ。一応、道があるのだが……。


「リーリェン! 代われ! 襲われるぞ!」


 街は今、戦場になっている可能性が高い。リーリェンもそれに気づいたのだろう。馬の速度を落としてルイシーと入れ替わった。その判断は正しかったようで、明らかに武装をした男が馬に気が付いて振り向いた。知らない顔だったので、ルイシーは問答無用で斬ったが、そのあとでリーリェンがおびえるだろうか、と危惧した。しかし、彼女にそんな可愛げはなかった。倒れた男を馬で飛び越えている。

 彼女の持論は『悲しむことは後からでもできる』だ。シャンリンとジュカンの時がそうだった。この後も、泣くのだろうか。彼女は。


 まず、ランウェンと合流した。馬から降りたリーリェンが駆け寄る。

「おばば様! すまない。大丈夫か?」

「これはリーリェン様。さすがにおてんばが過ぎるのでは?」

 馬から飛び降りたので裳が翻って足が見えたことだろうか。乗馬には影響がなさそうだったので、あえて指摘しなかったのだが。

「急ぎだから勘弁してくれ。状況はどうだ?」

「よろしくはありませんね。住民は避難させましたが、街の中まで侵入を許してしまいました。申し訳ございません」

 ランウェンはリーリェンから街を預かっていたことになる。ランウェンはそれを守れなかったということだ。厳しいが、そういう見方ができる。

「いや、私が差配していてもさして変わらんだろう。むしろ助かった。住民は全員避難したんだな?」

「はい。宮と館の方へ」

「多少街が壊れても構わん。『銀葉』は前に出ているのか?」

「ええ……ただ、やはり人間相手は初めてですので」

 『銀葉』は妖魔討伐組織だ。対人戦に慣れていないのも無理はない。

「だろうな。ルイシー、この通り、素人集団だ。大丈夫か?」

「『銀葉』なら戦闘訓練は受けているだろ。押し返すくらいはできる」

「街の外まで追い出したら国軍が来てるだろ。突き返してやれ」

「なるほど。そうだな」

 簡単にリーリェンと認識をすり合わせ、ルイシーはランウェンのいる小さな宮を出ようとする。驚いたようにルイシーとリーリェンを見ていた彼女は、出て行こうとするルイシーを見て言った。


「お待ちください! 敵には術者がおります」

「どれくらい強い?」


 尋ねたのはリーリェンだった。術者に関してはリーリェンの方が詳しい。ランウェンはリーリェンを見上げて言った。


「……おそらく、今のリーリェン様では勝てません」

「さて。どうだろうな」


 リーリェンははぐらかした後に言った。


「おばば様。防御索敵関係の術をすべて任せてもいいか。私が行こう」

「はい!? あ、いえ……リーリェン様。お立場をわかっておいでですね?」


 ランウェンがさすがに面食らったように言った。リーリェンはいつも通りに「わかっている」と答えた。

「だが、現実問題として金華で一番強い霊力を持つのは私とおばば様だ。おばば様がいけないのなら、私が行くしかないだろう」

「……」

「と言うのは建前で、今ならできる気がするというだけだ」

 根拠はない。しかし、時に術者の勘は理論を越えるものだ。合理的な思考回路の持ち主であるリーリェンがそう言うのであれば、実際にできるのかもしれない。

「……わかりました。どちらにしろ、金華が占拠されれば未来はございませんからね」

 ランウェンの物言いに、リーリェンがほのかに微笑んだ。

「そうだな」











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リーリェン、笑うようになったけど誰も気づいていない(笑)


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