13.事件
ヨウリュを待つ間、リーリェンは遠慮なくお茶菓子に手を伸ばした。せんべいをポリポリと上品に食べている。せんべいを上品に食べる、という意味が自分でもわからないが、本当にそんな感じだ。
彼女は、姿を見るとき大概何かを食べている。その食べたものはどこに行くのだろう。リーリェンはどちらかというと痩身の部類に入るし、背丈も一般女性並みだ。
「……なんだ」
せんべいを飲み込んでお茶をすすったリーリェンが怪訝そうにルイシーを見る。さすがにまじまじと女性を眺めるのは失礼だったか。
「お前、食べたものはどこに消えてるんだ?」
「胃」
「いや、そうじゃねぇよ。わかってんだろ」
思わず素でツッコミを入れてしまった。シンユーは驚いた表情になったが、自分も口の悪いリーリェンは気にしなかったようだ。
「さて。おばば様に調べられたことがあるが、ほとんど能力を維持するのに使われているようだな。そうでなければ説明がつかない、と言われた」
「へえ」
どうでもいいような、特に意味のない会話をしている間に、ヨウリュが戻ってくる。
「確認しました。うちにあるものもすべて本物ですね」
「では、やはり売る相手を選んでいたのだろうな」
すぐさま頭を切り替えるリーリェンはさすがである。ルイシーはちょっと時間がかかって、一瞬何を言われたのかわからなかった。贋金の話だ。
「リーリェン様としては、どう対処なさるのですか」
「役人たちと折衝中だ。だが、贋金については見つけられるだけ集める。同額の貨幣と交換としているから、ほぼ回収できるだろう。売られたものについてはそのままにする予定だ。特に害もないからな」
贋金については、出回らせるわけにはいかないのだろう。それはルイシーにもわかる。一応、禁軍の将軍としてある程度の知識はあった。詳しいことはヨウリュに丸投げであったが。
「回収しても、また入ってきては意味がないのでは?」
「ヨウリュの言う通りだな。しかし、私には対処するすべがない。私は、ただの一地方の領主に過ぎない。本来なら、贋金対策は国がやらねばならないのだからな」
「……その国の機関が働いていないのですけどね」
ヨウリュが苦笑していった。リーリェンは己の力の及ぶ範囲で対処しようとしている。そういう意味では、彼女の取る予定の行動は正しいのだろう。
「母が正気であれば、作者くらいはわかったかもしれないな」
ルイシーはリーリェンの母の錯乱した様子しか見たことがないためわからないが、彼女は優秀な術師であったらしい。
「そういうわけだから、贋金を見つけたら、館まで届けてもらえると助かる。お茶と茶菓子をご馳走様」
リーリェンはそう言って立ち上がると、シンユーに「行くぞ」と声をかけた。シンユーが慌てて立ち上がる。相変わらず振り回されているな。
「……リーリェン様は本当によくできた領主様ですね。それだけに、つぶれてしまわないか心配ですが」
忘れがちだが、彼女はまだ十七歳の少女である。すべてを背負うには若すぎる。
「ヨウリュさん、リーリェン様のこと結構気にしてるよな」
シャオエンが意外そうに言った。ヨウリュはため息をつく。
「気にしていない、と言ったらうそになりますね。自分で才能を使いつぶそうとしているように見えて、見ていられないんです」
「……なるほど。言いえて妙かもしれんな」
思わず、ルイシーは納得した。なるほど。確かに彼女は自分で自分の才能を使い切ろうとしているのかもしれない。
「息の抜き方がわからないのでしょう。食べることが緊張感の発散になっているのかもしれません。ルイシー様といるときも、比較的落ち着いている気がします。我々が、もともとの領民ではないからでしょうね」
ヨウリュの分析がちょっと怖い。しかし、リーリェンはルイシーと一緒の時でも食べているが。
「それとこれとは別問題なんでしょう。というか、ちょっかいをかけすぎないようにしてくださいよ。領主の前に年若い女性なんですからね」
「お前はいつの間にリーリェンの保護者になったんだ……」
付き人の方が近いかもしれないが。なんにせよ、ここにいる三人はリーリェンのことを認めつつ、気にしているのだ。
その後、リーリェンは早急に事態を収束させた。ヨウリュに言わせるのであれば、才能がいかんなく発揮された結果である。いや、本当にすごいと思う。彼女が国を治めればよい王に慣れそうだと思うが、同時に国を背負えばそれこそつぶれてしまいそうな気がした。
贋金事件に一応の方がついて、しばらくたったころである。
川辺に、男女の遺体が打ち上げられた。雨が降り、川が増水して流されてきたのだ。話を聞き、様子を見に行ったのはシャオエンだ。
「いやあ、ひどいものでした。二人とも、暴行を受けた形跡がありました」
ルイシーとヨウリュは思わず顔を見合わせた。女の方の遺体は、それだけではないかもしれない。損傷がひどく、身元の特定に時間がかかるそうだ。
その翌日、ルイシーは今日も今日とて街をうろついていたリーリェンを捕まえた。話を聞くためでもあるが。
「お前、何一人でうろついているんだ。シンユーはどうした」
急に腕をつかまれてびくっとしたリーリェンは、ルイシーを見上げて何でもないように言う。
「シンユーはズーランと調査中だ」
「それでお前が一人になったら意味なくないか?」
領民たちはリーリェンを害そうなどとしないだろう。しかし、今、領民ではない殺人犯が近辺にいる可能性があるのだ。リーリェンははたから見ればただのか弱い少女なのだから、用心するに越したことはない。
「一応、大通りにいれば大丈夫かと」
確かに大通りに面した茶屋で団子を食べていたが!
「そういう問題じゃないだろ……」
ルイシーは突っ込み疲れてリーリェンの隣に座る。茶屋の娘がルイシーにもお茶を出してくれた。
「お前、いつでも調査をしているな」
「前はいつでも食べていると言われたが」
「趣味とかはないのか」
「私の話を聞いていたか? 二胡くらいはたしなむが」
ツッコミを入れながらもリーリェンは穏やかに返してくれる。そういえば、神官見習いだったこともあるのか。ならば納得だ。祭祀には音楽がつきものである。
「へえ。食べ歩きとか言われるかと思った」
「食べるのも好きだが」
好きではあるらしい。ルイシーは膝に頬杖を突く。
「京師にも団子のうまい店がある。京師に来たら案内してやるよ」
「なるほど。楽しみにしておく」
かなうかどうかわからない約束に、リーリェンがかすかに笑った気がした。見間違いかもしれないけど。
「姫!」
「ちゃんとお留守番できましたか!」
シンユーとズーランが早足で戻ってきた。ルイシーが「よう」と手を上げる。
「ルイシーさん、一緒だったんですね」
シンユーがどこかほっとしたような笑みを浮かべて言った。ああ、とうなずく。
「いつものことと言えばそれまでだが、この時期にリーリェンが一人でいたから驚いてしまってな」
「ああ。本当は館でじっとしていてほしいんですけどね」
ズーランが一応主であるリーリェンをにらみつける。
「妥協案だったんです。私たちが聞いてくる代わりに、人目の多いここで待ってるって」
「ここまで出てきたらもうさほど変わらんだろう」
平然と言ってのけるリーリェンである。彼女の侍女だが友人でもあるズーランは容赦なく領主の頬を引っ張った。
「あんたのその余裕はどこから出てくんのよ! こっちがどれほど心配してると思ってんの!」
「痛い」
ズーランの叫びには反応せず、リーリェンは引っ張られた頬をさする。責められたことに関しては気にしないらしく、「どうだった」などと尋ねている。慣れているシンユーが口を開いた。
「姫の言った通りです。あの鍛冶職人と娘は恋仲だったようです」
「だろうな。大方、何かを見てしまい、口封じされたのだろう」
さくっとそんなことを言うリーリェンに、すでについて行けないルイシーである。いや、先日の男女の遺体のことだとはわかるが。
「……あれについては、自警団が調査してるんじゃないのか」
思わず口を出すと、立ち上がったリーリェンが「自警団というか、『銀葉』だな」とうなずいた。
「役人も割いているが、手が回らん。私が一番暇だからな。私が動く方が早い」
「って言って、本当に動く領主なんてあんたぐらいよ!?」
ズーランのツッコミが絶えない。
「私の性に合っている方法を採用しているだけだ。一日中部屋の中で机にかじりついているなど、気が狂う」
なんとなく察していたが、彼女は相当なじゃじゃ馬なのだろう。跳ね回りたいのを理性で抑制している感じだ。
「領主ってそう言うのが仕事なんじゃないの?」
「視察も仕事だ。というわけで、午後から鍛冶場の方へ行こう」
サクサクと一人で話を進めている。なんでよ! とズーランがつかれたツッコミを入れた。
「おそらく複数人、金華に招かれざる来客があるということだ。『銀葉』に任せてもいいが、所詮彼らは妖魔狩りだ。人を相手取るなら指揮者がいる」
自覚があるかはわからないが、リーリェンはなかなか采配がうまい。そのうえで、自分が指揮を執るには経験がなさすぎることを理解している。ヨウリュではないが、本当によくできた領主だ。
「……あんたが行く必要ないんじゃないの?」
「いや。私が知っておきたい。それに、領民を護るのも、領主の仕事だからな」
不満顔のズーランに、いつも通りの表情でリーリェンはそう言った。
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