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11.隊商












 リーリェンが顔を上げる頃には、すっかり日が暮れていた。ルイシーはリーリェンの顔を覗き込む。


「落ち着いたか?」

「何の話だ」


 平然とそう返してくるあたり、調子が戻ってきたようだ。ルイシーは軽く笑い、手を差し出す。

「もう遅い。さすがに戻ろう」

「うん」

 子供っぽい返事とともに手が握られ、ルイシーはばれないように目を細めて微笑んだ。甘えてくれているようでうれしい。手をつないだまま、木々の間を抜ける。ゆっくりと歩きながら、ルイシーはリーリェンの話を聞いた。


「シャンリンは、もう一人の姉のような人だった。もともと、姉上の友人だったんだ。一緒に神官見習いをしていて、かわいがってもらった自覚がある」


 シャンリンも、リーリェンを気にしてあれこれ世話を焼いているように見えた。彼女にとっても、リーリェンは妹のような存在だったのだろう。


「ジュカンは年が近かったから、一緒に武術を学んだ。幼馴染のようなものなのだと思う。今思えば、彼は私が領主になっても変わらずに接してくれたし、迷惑をかけていたのだろうなと思う」


 多分、リーリェンの思い切りの良すぎる行動に突っ込みを入れながら修行していたのではないだろうか。少し接しただけだが、ジュカンが面倒見の良い青年であることはわかった。

「仲が良かったんだな」

「……そうなのだと思う」

 少し間をおいて、リーリェンはうなずいた。そこはすぐにうなずいてやれよ……。


「失うことには慣れていると思ったが、そうそう慣れるものでもないんだな。寂しい」


 ぽつりとつぶやき、ルイシーの手を握る力が強くなった。ルイシーも握り返してやる。

「慣れていいものじゃないと思うぞ。失って悲しいのは、それで正解だ。お前も感情がないわけじゃないんだから、悲しんで悼んでやれ」

「……なるほど。そうだな」

 リーリェンの黒髪が上下したので、うなずいたのだろう。頭を撫でてやりたくなったが、さすがにやめておいた。リーリェンの矜持が許さないだろう。

 リーリェンを先に見つけていたシンユーは、すでにいなくなっていた。まだ彼女を探している者たちに、見つかったと報告しに行ったのだろう。そのまま戻ってこなかったということは、ルイシーが一緒なら大丈夫だと思われているということだ。

 領主館の近くまで来たとき、リーリェンがルイシーの手を引いた。

「ここまでで大丈夫だ」

「そうか? まあ、もうすぐそこだが」

 まだ明かりもあるので、リーリェンを一人にしても大丈夫だろう。そもそも、この金華に彼女を害そうとする人間がいるはずがなかった。彼女はみんなに愛されていることをもう少し自覚すべきだ。

 じゃあ、と別れようとすると、「ルイシー」と名を呼ばれた。ん? と振り返る。


「……ありがとう」


 夜目にも、リーリェンがかすかに微笑んだのが分かった。










 夏に差し掛かるころ、隊商が金華を訪れた。やや閉鎖的なところのある金華だが、地方都市ならこんなものだろう。ものが多くそろっていることから、流通はしっかりしているのだろうと思っていたが、隊商も受け入れていたとは、なかなか思い切ったことをすると思った。

「まあ、領民が何を求めているのか、知るにちょうどいいということだな。尤も、隊商が金華の領主の娘が美人だと言うので、主上に取り上げられたのだが」

「ああ、うん。隊商ってのは、そういうのも仕事だからな」

 どこそこで堤の修理を始めたとか、どこそこでは不作だったとか、ここでは何々が欲しがられたとか。そう言った情報を提供する隊商だってあるのだ。リーリェンは父グォシャンにならい、情報管理をしっかりしているので重要な情報が流れることはないのだろう。


「しかし、いいのか? 今度は金華の領主が美人だと言って、後宮に召し上げられるかもしれんぞ」


 割と本気で言ったのだが、今日も今日とて隣で麻花マーフアをかじっているリーリェンはそれを飲み込んでいつも通りの平坦な口調で言った。

「珍しい女領主だと興味を持たれる可能性は視野に入れているが、それはないだろうな」

「いや、お前、普通に美人だろう」

「お前も領民たちも気を使ってそう言ってくれるけど、美人とは母や姉のような人のことを言うものだ」

「……」

 どう育てたらこうなるのだろうか。確かに、リーリェンは母親のクゥイリーや姉のリージュと顔立ちの系統が違う。よく似ているこの母娘に対し、リーリェンはどちらかというと父親似だろう。だからと言って、美人でないわけではないのだが、本人が自覚している通り狭い世界で育った彼女は、それに気づかない。

 ルイシーはリーリェンの頬をつかむと自分の方を向かせた。

「お前は美人だ。少なくとも、俺はそう思っている」

「……それはどうもありがとう」

 まったく信じていなさそうな口調で、リーリェンは礼を言った。


 ルイシーの前で泣いたあの日から、リーリェンは遠慮がなくなった。それまでも遠慮されていた気はしなかったが、それでも一応気は使われていたのだな、と思うくらいには遠慮がなくなった。少し心を開いてくれたのだろうかと思うと嬉しいが、表情筋は相変わらず仕事を放棄していた。あの淡い笑みはどこへ行った。


 今日も一人で街をふらついていたリーリェンであるが、隊商が来ているので仕方がないような気もする。ただ、領民でない人間もいるのに、こんな無防備でいいのだろうか、という気もする。だが、最近みんなにどうせルイシーがついているから大丈夫だろう、と思われているような気もした。

「リーリェンは何か買わないのか」

「私が先に動くとほかの者たちが遠慮するからな」

「今更金華の領民がお前に遠慮するのか」

 むしろ遠慮がなさ過ぎてびっくりしているのだが、そううそぶくリーリェンにツッコミを入れると、足元を蹴られた。


「余計なお世話だ」


 反応が返ってくるだけだいぶ彼女も感情を表現するようになった。お茶を飲んだリーリェンの手を引いて立たせる。何、と言わんばかりの表情になったな、抵抗はしなかった。力の関係で抵抗できなかっただけかもしれないが。

「見て回るくらいはいいんじゃないか」

「お前は暇なのか……?」

「まあ、お前にちょっかいを出すくらいには暇があるな」

 リーリェンはちょっと不審そうに「そうか」と言ったが、時間があるのは事実だ。禁軍時代に比べれば、かなりゆとりのある生活をしていると思う。何度か妖魔狩りにも行ったが、毎日ではない。

 それに、ただ単純にリーリェンをかまいたいのもある。ルイシーの前で泣いて微笑んでくれたのがうれしかったし、このけなげな少女を護りたいと思う。まあ、そんなことを言えばリーリェンの矜持を傷つけるので、言わないが。


 リーリェンも随分ルイシーに気を許したものだと思う。まあ、ルイシーがちょっかいを出しすぎてあきらめた結果かもしれないが、少なくとも嫌がられてはいないはずだ。今も、握った手を振り払ったりしない。最初から領主を日常風景の一部として認識している領民たちは、微笑ましそうに眺めるだけでからかってきたりはしない。

 しかし、とルイシーはこの頃思う。領民たちが領主を日常風景の一つだと思っているのは事実だと思う。しかし、下手に刺激しすぎることで、彼女の精神の均衡を崩さないようにしているのではないか、とも思う。彼らは、リーリェンが思うよりも彼女をよく見ている。ルイシーに関しては、リーリェンがその心に踏み入れるのを許した相手なので、領民たちも静観している。これで彼がリーリェンを傷つけるようなことがあれば、領民たちは一気に手の平を返すだろう。それくらい慕われているのだと自覚すべきなのだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リーリェンは普通に美人ですが、幼いころは「おてんば」と言われることが多く、「美しい」は姉に対して使われることが多かったので、自分が不細工ではないとは理解していますが、美人であるとはいまいち認識しきれていません。


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