47.気づいたこと
もうすぐ卒業試験だ。
最終学年は卒業がかかっているので、他の学年より試験が早い。学院祭よりも前に行われるのだ。
その代わり無事に試験を突破できた人は、大いに学院祭を楽しめるということである。
普段からできるだけ勉強を積み重ねてきた自負はあるけれど、油断してはならない。最後まで気を抜かず、集中したいところなのだ。
「はぁ……」
とはいえ、いまいち集中しきれない。
理由は分かっている。ブラッドとドエトルのことだ。
どちらかを選ぶのか、どちらも選ばないのか。単純なはずの3つの選択肢が、試験なんかよりも遥かに難しく思えた。
「あら、フィオナ?まだ残っていたの」
ガラリ、と教室の扉を開けたのはエレーナだった。
「エレーナこそ。忘れ物?」
「えぇ。と言っても、私ではなくてアルバートの忘れ物よ」
エレーナの後ろからひょっこりとアルバートが現れ、どこか嬉しそうな顔で言った。
「ふふ、俺のためにエレーナが着いてきてくれたんだよ、本当に可愛いよなぁ」
「お黙りなさい、元はと言えば忘れるあなたが悪いのよ」
赤い顔をして反論するエレーナに、アルバートはますます気を良くしたらしく、にこにこが止まらない。いや、最早にこにこを通り越してにやにやに見えてしまうくらいだった。
今日も2人は変わらず仲が良い。
特にここ最近はエレーナのむくれた顔が見たいのか、アルバートが下手に出ることが多い。
いつか本気でエレーナを怒らせないように気をつけてほしいものだ。
「フィオナ、あなたなんだか顔色が優れないわね」
2人のやり取りを見てほっこりしていると、エレーナにそう言われてしまった。
「え、そう?」
ブラッドとドエトルのことで悩んでいたからだろうか?
自分的には顔に出るほどではないと思っていたが、他人から見れば煮詰まっていると見えるのかもしれない。
「なんだ、何か悩み事か?なら相談に乗るぞ。フィオナには世話になったからな」
「あなたに相談しても、碌な返答は期待できなさそうね」
仮にもこの国の第一王子に向かってする発言ではないが、当のアルバートはそれでも嫌な顔ひとつしなかった。
なんだか彼は変わったようだ。
最愛のエレーナと想いが通じたからなのか、それとも1年前の婚約破棄発言で灸を据えられたか、どちらにしても以前の第一王子よりも今の第一王子の方が良く見えた。
このまま立太子もされるだろう。
もしかするとアルバートには、マゾヒストの気でもあるのかもしれない。
……いや、他人の詮索はやめておこうか。
ぼんやりと夫婦漫才を見届けた後、エレーナの鋭くも生暖かな眼差しがこちらに向いているのに気づいた。
「それで、何に悩んでいるのかしら?」
流れるような動作で私の前の席に座ったエレーナがそう聞いてきた。
彼女に倣ってアルバートも椅子を引いた。斜め前の席の人物はそれなりに背が低かったと思う。アルバートの足では余るかもしれない。
聞く姿勢をがっつり取られては、話すしかあるまい。もとより、今までなにかあっても私が遠慮して話さないことも多かったので、変な気を使うなという彼らの親切なのだろう。
どこから話せば良いか。少しだけ頭の中で整理をして、私は息を吸った。
「なんというか、進路で悩んでいるというか」
「フィオナ、あなたに領主以外の道があったかしら?……あぁ、なるほど、結婚相手ね」
「仰るとおりです……」
さすが鋭いエレーナである。ぼんやりとしたことしか言っていないのに核心を衝かれてしまった。
それからドエトルとブラッドのことをかいつまんで話した。
するとアルバートは何か面白い本でも読んでいるように、驚愕混じりの顔をした。対してエレーナは真剣な表情で私の話を聞いていた。
「それで、あなたはどうしたいの?」
エレーナの凛とした声が教室に響いた。
ずばり聞かれて、私は再び口ごもる。自分でもまだ決まってない考えを、他者に上手く話せそうにない。
「そこを迷ってるの。父にも、どの道を選んでも良いって言われていて……」
「……あぁフィオナ、そうではなくて」
私の言葉を一旦切り、エレーナは苦い顔をして額に手を当てる。
何かがまずいのだろうか。私は今の解答について考えてみるが、嘘偽りない現状なので、これ以上どうしようもない。
いや、どうしようもない状態にいるから答えが出ないのだ。何か、考え方を変えるべきなのだろう。
「一番大切なのは家のことではないわ、あなたの気持ちよ」
「気持ち……」
エレーナの言うことは最もである。
私はどうしたいのか、改めて考えてみようとしたところで、沈黙していたアルバートが口を開いた。
「フィオナ、何も難しく考えることはないよ。単純に君がドエトルといたいのか、ブラッド君といたいのか、それだけさ」
「あら、珍しくまともな事を仰るのね」
「フィオナは君の友人で俺の友人でもあるからな、幸せになってほしいんだよ」
エレーナに褒められて嬉しそうなアルバートがそう言った。
本当に2人は仲が良さそうである。若干、アルバートが尻に敷かれている感は否めないが。
急にエレーナが何か閃いたようにぱっと顔を輝かせ、ずいっと前のめりになった。
「そう、そうよフィオナ。あなた、ドエトル様はお好き?」
「えっ、何を急に」
「急なものかしら。ほら、どうなの?」
エレーナに急かされて、私は考える。いや、考えるというより考えながら声を出した。
「ドエトルさんは好き……よ?」
うん、私から見るドエトルは、好きである。同じ次期領主仲間として負けていられない部分もあるけれど、彼のことはすごく尊敬できる。
「……じゃあ、ブラッドさんは?」
ブラッドとは、学院でとても長い時間を共にしている。
目の前にいなくても、ぱっとブラッドの顔が浮かぶほどにはよく知っていた。滅多に笑わないけれど、その分言葉を使うのが上手い。
博識で、観察力が高くて、冷たいように見えるけれど実は優しい。意外にも辛いものが苦手で、意地を張って食べるけれど、そのあとヨーグルトをあげると必ず食べるところを何度も見た。
「ブラッドも、もちろん好きよ……?」
私の返事に満足したのか、エレーナが意味深な笑みを浮かべた。
「ねぇフィオナ、私はアルバートが好きよ。アルバートの好き嫌いは知っているし、彼の良いところも悪いところも把握しているわ。いつも彼のことを考えるし、幸せでいて欲しい、幸せにしてあげたいと思うの」
突然のエレーナのアルバートへの告白が始まり、私は驚いて目をしばたたかせた。
当の本人も全く予想だにしていなかったらしく、言葉になっていない声を溢しながら照れている。
そんなアルバートに、これでもかというくらい美しい笑みを投げたエレーナは、そのままこちらを振り向いて言った。
「あなたにとって、その人は誰?」
ふいに、目の前に漆黒の姿が浮かんだ。
何でも知っていて、いつも頭の中で考えていて、幸せになってほしい人。それは、もしかして、ひょっとして……。
そのとき、ガラリと教室の扉が開いた。
「あれ、3人で何してるの?」
ブラッドが私たちを見回して、不思議そうな顔をしてそう言った。
そして彼の、髪と同じ真っ黒の目がこちらを向いた。
ばっちり視線が合って、私はひゅっと息を飲んだ。
「え、あの、ええぇ!?」
急に顔が熱くなって、どうしたらいいのか分からなくて思わず叫んでしまった。心臓も、その存在を普段より主張する。
きっと今、顔が赤い。慌てて頬に手を当ててみるけれど、隠せている気がしない。だってエレーナとアルバートがにまにました笑顔でこちらを眺めているのだから。
なんだこれは。これはなんなのだ。
「えぇ……?」
ブラッドがさらに眉間にしわを寄せて、いぶかしげな表情で私の前にいる2人を見た。きっと2人が私に何かしたり言ったと思ったのだろう。
それは半分正解で、半分間違いだ。いや、少なくとも2人は何も悪くない。今まで全く気づかなかった私が悪いのだ。
それにしても、何故このタイミングで気づいてしまうのか。
ブラッドが好きだということに。
「ふふ、フィオナ、悩みは解決したかしら?」
「……しました。お2人のおかげで解決しました。ありがとうございます」
確かに最近、ブラッドに対して少し緊張することが多かったように思うけれど、それがまさかそういうことだったなんて。
解決したは良いが、何せ今自覚したばかりなのでブラッドを直視できそうにない。新たな問題が浮上してしまって、私は俯いて顔を手で覆った。
「何もないなら良いけど……どうしたのさ、フィオナ」
ブラッドがこちらへやってきたのが足音で分かった。問いかけてきたその声は、純粋に心配してくれているのが伝わってくる。
「では、私たちはこれでお暇しましょう。行くわよ、アルバート」
エレーナはとても楽しそうに笑いながら、アルバートを促して席を立った。
短く返事をして、アルバートも同じように席を立つ。そして、あぁそうだ、と何か思い出したようにこちらを向いた。
「また困ったことがあれば相談に乗るからな、遠慮せずに話しに来いよ」
「はい。アルバートさんもありがとう」
忙しい身なのでこれから彼に相談することは政治関連くらいしかないかもしれないが、そう言ってくれる人がいるのはありがたい。
それでは、と軽い挨拶を交わして、エレーナとアルバートは出ていった。
「それにしても、あなたに相談したところで進展はするのかしら」
「……確かに君の意見の方が建設的かもしれないけれど」
なんだか聞いたようなやり取りが廊下に少しだけ残して。
私は思った。
この全く整理できていない頭で、ブラッドと共に教室に残されてしまうのか、と。
どんな顔をしたら良いのかわからない。内心大暴れな私にはとてもじゃないが、普段通りの顔はできそうになかった。




