43.国交記念パーティー
「クローヴィア王国エルラント領の皆様!遠路はるばるようこそいらっしゃいました!」
プロフォンドの宮殿内、最も大きなホールの中央で大公はそう言った。
宿を一晩挟み、それ以外はほぼ馬車移動の後に到着したプロフォンド公国。首都に置かれた宮殿に招かれ、早速とばかりにここへ通された。
ホールはとても華やかだった。
天井はこの国で信仰されているらしい神を中心に、神子や天使などが舞い、外側に行くにつれて動物、植物、農民などが生き生きと描かれている。
柱や窓枠にも丁寧に彫刻がなされ、すべてを見回るだけでも充分に楽しめる美術館のようだ。
そして極めつけは床である。おそらく大理石だと思うが、近づけば顔が写りそうなほどに光が反射している。相当磨き上げられているようで、少し眩しいくらいだ。
他にも、ホールの隅には30人ほどのオーケストラがいて開始をじっと待っていたり、立食用のテーブルがいくつか並んでいた。
大公は恭しくお辞儀をひとつすると、声高々に言う。
「さて、本日はプロフォンドとクローヴィア王国にとって、平和をもたらした記念すべき日です。我々はかつて国を同じくした同士、今宵は堅苦しさなど無用!皆様、どうぞ心行くまでお楽しみください!」
大公の宣言の後、オーケストラが演奏を始めた。
少し驚いたのが、演奏される曲がダンス向けのワルツというより、BGMのように聞き流すことに向いていそうなリズムの複雑な曲だったことだ。
そして案の定、まだ誰も踊らない。大公夫妻ですら踊らないのだから、これは先に挨拶に赴くべきだろう。
予想通り、父様から目で合図があった。
私は隣にいるエディの方へ振り返る。
「エディ、行きましょう」
「はい、姉様」
父様、母様とともに、大公夫妻の下へ向かい、お辞儀をする。
「大公殿下、大公妃殿下。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「良い、楽にしなさい。こちらこそ、少ない日程でよくぞ来てくださったものだ」
私たちは大公の言葉に顔を上げた。
大公はおよそ厳格そうには見えない、まるで農夫と言われても頷いてしまいそうな、茶髪の優しい印象の人だった。
そして父様曰く、ある意味で油断ならぬ人だという。
大公妃は反対に、威厳に満ちた人のように見えた。金茶の髪を丁寧にまとめ上げ、ダークブルーのサテンのドレスは裾に向かうにつれて華やかに広がり美しい。
「あれから上手くやっているようだな」
「おかげさまで。大公ご夫妻もご壮健でなによりです」
しばらく父様と大公の会話が続く。
これは父様の外交を見るチャンスだ。そう思った私は、笑顔はもちろん絶やさぬまま、彼らの言葉を一言一句聞き漏らすかと耳に集中していた。
「では殿下、ご紹介します。こちらが私の娘と息子、フィオナとエディオッドでございます」
父様に紹介され、その場でもう一度お辞儀をする。
「お初にお目にかかります、大公殿下、大公妃殿下。フィオナ・エルラントでございます」
「その弟、エディオッド・エルラントでございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
さすが我が弟、示し合わせたかのように息ぴったりである。
「うむ、次期エルラント公であるな。噂はそれぞれ聞いておる」
そのままにやっと笑った大公。一体どんな噂を聞いているのか、その表情からは何も読めないが、なぜか少し背筋がぞくっとした。油断ならぬとは、こういうところだろうか。
「こちらにもあなた方と同じ年頃の娘と息子がおってな。あちらにー・・・」
彼がそう言って振り返った先を見る。そこには、プロフォンドの公子と公女がいて、貴族と話をしていたが、大公の視線に気づいたらしくタイミング良く振り向いた。
「息子のリアンと娘のリエットです」
こちらへやってきた2人は、大公の紹介に合わせてお辞儀をする。
公子と公女は、父様から話に聞いていた通りだった。
「リアン・ラッツェ・プロフォンドです。以後、お見知りおきを」
兄であるリアンは、金茶のくせ毛が特徴で、薄いブルーの瞳と合わせて柔らかそうな印象を抱く。最も、この大公の息子と言うならば、やはり見かけによらないかもしれないが。
「リエット・ネシュア・プロフォンドと申します」
妹のリエットは灰色がかった茶の髪に、兄と同じようなくせ毛をしている。瞳はリアンと同じようで、ふわふわした可愛らしい女性、という印象だ。
こちらも2人に続き、もう一度己の名を述べる。
この先、長く友好な関係を続けるために、彼らとはしっかり交流しておきたい。
とは言え、他の貴族家とも挨拶をしたいので、また後程話すことになった。
そしてひと息つく間もなく、プロフォンドの貴族たちと挨拶合戦に。
父様と母様も挨拶に忙しくなり、私は少し離れた場所でエディと共にたくさんの人たちと顔合わせをした。
ひととおりの挨拶が終わった頃、オーケストラの音楽がワルツへと変わった。
おそらく、最初の音楽はプレリュード。挨拶をスムーズに始めるための演奏だったのかもしれない。
貴族たちはそれぞれホールの端へと流れていき、中央には大公夫妻と父様たちが現れる。ワルツの拍子に合わせて優雅に踊り出した彼らのダンスは、誰が見ても素晴らしいものだった。
「フィオナ様」
にこやかな笑みを浮かべてやってきたリアンは、私の名を呼びながら右手を差し出した。
「私と1曲、踊って頂けませんか?」
初めはエディと踊れないかと僅かに期待していたのだが、やはり駄目なようだ。
仕方ない。ダンスパーティーなのだから、どんなに苦手でも一度くらいは踊っておかなければならない。エレーナにもらった合格のひと言を信じるとしよう。
「えぇ、喜んで」
私は右手を取り、ダンスの中に飛び込んだ。
誰か、私がダンスを苦手としていることを教えたのだろうか。流れてくるワルツは、それはそれは綺麗な3拍子。あまりテンポも早くなく、それほど肩肘張らずにリズムに乗れていた。おそらく。
頭の中にメトロノームを置くが如く。きっちりリズムを捉えるのに必死で余裕はないけれども、仏頂面で踊るわけにはいかない。私はなんとか愛想笑いを作りながら、相手のリアンを見上げた。
リアンは平均よりも背が高いようで、踊りながら顔を上げると少々背中がきつい。最低限の高さのヒールになどせず、もっと頑張っても良かったかもしれない。
「なんだか必死そうですね。大丈夫?」
「すみません。あまり、ダンスは得意ではないものでして」
さらに、慣れない相手では気も遣うもの。己でもいらぬところに力が入っているのがわかった。
ブラッドが相手をしてくれていた時は、相当合わせてくれていたのだろう。
「あはは、構いませんよ。ではこの1曲が終わればお仕舞いにしますか」
リアンにも気を遣わせてしまった。なんだか申し訳なく思ったが、そんな私に気づいたのか彼は言う。
「実は俺もあんまりダンスって好きじゃなくて。音楽は乗るより聴く派なんですよ」
あのオーケストラも俺が呼びました。彼は少し誇らしげにそう続けた。
「まぁ、そうなんですか」
「指揮者の友人がいましてね、ぜひ今日の演奏をやってくれと頼んだんですよ。・・・疲れにくい曲目ならなお嬉しいとも」
「なるほど、だからゆったりした曲調なんですね」
1曲目が終わり、小休止が入った。
周りはいつの間にか男女で溢れており、皆お辞儀をしている。私たちもそのタイミングお互いお辞儀をして、輪の中から抜けた。
リアンはウェイターからすっとグラスを2つ受け取ると、片方を私へ差し出す。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。楽しいダンスでしたよ」
リアンから、息をするかのような滑らかさでお世辞が出てきた。その自然さをぜひ見習いたい。
グラスに注がれた透明度の高い白は、どうやらアルコールではないらしい。白ワインだったらどうしよう、なんて思ったが、それは杞憂だった。
ほんのり酸味の効いたそれは、甘いのにさっぱりしている。ダンスや歓談で渇いた喉にはとても嬉しい味だった。
「少し話しましょうか」
リアンの提案に、私たちはホールの隅に移動した。
眩いホールの煌めきと、人々の楽しそうな喧騒。オーケストラが奏でる演奏も相まって、ずっと見ていられる絵画のようだった。
「そういえば、あなたが次期エルラント公ですか?」
飲み干したグラスをウェイターに渡したリアンは、そう問うてきた。
「はい。よく弟であると間違えられますが、今のところ私です」
「そうか、それは残念です。あなたに求婚しようと思っていたのに」
さらりとリアンはとんでもないことを言った。
一瞬思考が止まり表情を崩しかけたが、なんとか堪える。これくらいで動揺してはならぬ。
そもそも、エルラント公爵の娘である私がプロフォンド公国に行ってしまうと、割りと危ないのではないか。
「ふふ、ご冗談を。国王が軍隊の準備を始めてしまいますわ」
私がそう返事をすると、リアンは先ほどまでとは違う雰囲気になった。柔和な笑みから一転、悪戯好きの笑顔である。
「おぉ、結構話の分かる方ですね。これなら安泰だ」
背筋をひやりとした汗が伝うのを感じた。
きっと今の返しで私の力量を図ろうとしていたのだろう。油断ならぬのは息子のこちらもではないか。恐ろしい。
「あなたの仰る通り、プロフォンドが単身のエルラントへ歩みを寄せれば、領地奪還の意図があると思われてしまう」
過去、まだ世界中が領土を争って戦争に明け暮れていた頃のこと。当時のエルラントは、プロフォンドと同じ国、というより同じ地域の民族だった。
プロフォンドはクローヴィア王国とも戦をしていた。現状のままではお互いの隣国かつ敵国であるヴァリオ帝国と対抗できない。
そこでプロフォンド側はエルラントの領土を王国に明け渡すことで、一時停戦にしたのだ。
その後、世界的な戦争が落ち着いた頃、発展してきたエルラント領を介して王国と公国は終戦となり、国交が回復したのである。
「父上はそのことを理解していないのです。むしろ、領土を返してもらおうとも思っている。・・・そうなれば、プロフォンドが焼け野原になるのは確実だ」
確かに、近年王国の食糧庫になりつつある我が領地にプロフォンドの息がかかるとなれば、さすがに田舎といえど王国も黙ってはいない。
もしウィスタリアの軍隊も出てくるようなことがあれば、その時はリアンの懸念も言い過ぎだとは言えなくなる。
「幸い、エルラント公もそのことに気づいているみたいです。パーティー参加の返事を最後まで渋っていたと聞く。これであなたもこちら側になってくれれば、俺はかなりやりやすくなります」
「私としても不要な戦はできるだけ避けたいですね。父の意向にも添うつもりです」
リアンは満足そうに頷いた。
「良かった。俺は俺の思う通りに動けます。いずれ近い内に大公が変わっても驚かないで下さい。・・・あぁ、そんな怖い顔をさせるために話したのではないですよ、せっかくのパーティーですから、楽しまなくては」
そう言われ、はっとする。物騒な話になっていたばかりに、愛想笑いが崩れていたのだ。
急いで私は笑顔を作る。まだパーティーの最中なのだから。
「それにしても、良いことですね。王国は女性の活躍が目覚ましいと聞きますから」
「ありがとうございます。あまり気にしたことはないのですが」
むしろ、私の周囲は強い女性が多いように思う。
今や王太子を掌で転がすエレーナに、剣術もできるクレア、確固たる意志の上では父様をも覆す母様と、思い出すと何人も出てくる。
ホールの光を見やりながら、リアンはため息をついた。
「・・・きっとそれが、プロフォンドとエルラントの行く道を違えたのでしょうね。地形など関係ない」
物憂げなリアンに、なんと声をかけるべきか悩んだ。私は未だ、こういうときの対処が下手だ。
「今日あなたとお会いできて良かったです。ぜひ、俺のことはリアンとお呼びください」
こちらに振り返ったリアンは、初めのにこやかな笑顔に戻っていた。
「はい。私も今日、リアン様にお会いできて良かったです。共に公国と王国の未来を良くして行きましょう」
王国の部分を強調して言えば、リアンはありがとう、と小さく呟いた。
私にできることはあるのか。彼の話を聞いていて、今日強く思ったことだ。
リアンは別の貴族に呼ばれ、人の中に消えていった。私もプロフォンドの貴族に囲まれ、歓談に励むこととなる。
民の知らぬところで紛争の火種が燻っている。どうかそれが燃え上がらぬよう、誰1人泣くことがないよう、今は無事を祈るしかない。
そうしてパーティーの夜は更けて行った。




