40.建国記念の出会い
さて、今日は建国記念日である。
最近は隣国プロフォンド公国との交流記念パーティーの準備で何かと忙しくしていたのだが、実は建国記念日なのである。
当然、街ではお祝いのお祭りが開かれているし、学院の生徒たちも浮き足立っている。朝早くから街へ出て行った者たちも少なくない。
私も昨年と同様、ブラッドとクレアの3人で街に出かけることにした。
そしてせっかくなのだから今年は王家騎士団のパレードを見ようということで、半ば寝ているブラッドを引き連れて寮を出た。午前に催されるパレードを見るには彼の起床を待っているわけにはいかないのだ。
幸いなことに、ブラッドは日頃からよく目を瞑ったまま歩いているので、腕を引けば歩いてくれるのである。
そんなこんなで朝から出てきたわけだが、やはりさすがは王都、いつ来ても多い人が今日はさらに多い。ぶつからないように気をつけて歩く。
街中で時々わずかに訛りのある話し声を聞くと、つい振り返ってしまいそうになった。エルラントの山奥に住む高齢の夫婦が、似たような言葉使いをしていたものだから。
騎士団のパレードが見られるのは王城が望める港の広場だ。広場がいくつかある王都の中でも1番規模の大きな広場で、学院からは少し距離がある。
もうすぐ着きそうだ、というところで急に人が多くなってきて、自由に歩けないほどになっていた。そんな中、はぐれないように。そう気をつけていたのだけれど。
「うん、やらかしたわね、これは」
路地の人混みを抜けたときには、近くにいたはずのクレアとブラッドは見事にいなくなっていた。
気分的には彼ら2人を見失ってしまい心配なのだが、これはおそらく客観的に見れば私が彼らからはぐれてしまったと捕らえるのが的確だろう。どちらにせよ、やることはひとつである。
急いで彼らを探そう。
寝ぼけ眼で頭の働かないブラッドと小さくて見失いやすいクレアをこの人だかりの中から探すのは大変そうだが、港広場に行くことは決まっていたのでひょっとすると広場に行けば会えるかもしれない。それにここから広場まではそんなに遠くない。
私はクレアとブラッドを探しつつ、ひとまず港広場へ向かうことにした。
港広場には着いたけれど、ぱっと見回せる辺りには2人の姿はない。それなりに特徴的な彼らだから、周囲の人たちに聞いて回ってみよう。そう思い、私は出店を開いている界隈へと足を向けた。
そのとき、ふいに声を掛けられる。
「そこのお嬢さん、何かお探しものですか?」
探しもの、という言葉につられて振り返るが、ここには人がたくさんいる。私以外の人を呼んだのかも知れないし、なにより早く2人を探したい。そう思ったが、ひとつの出店の中にいた人と明らかに目があった。そしてその人はにこりと笑ったかと思うと、ちょいちょいと私に向かって手招きした。
まぁ、どうせなら片っ端から聞いてみよう。私は素直にその出店に近づいた。
何の出店だろうとついでに確認してみると、どうやらアクセサリー類を販売しているらしい。全く興味がないわけではないが今は優先順位が違う。
「あの、人を探しているんですけど」
店主は思ったよりも若く、私とそんなに変わらないのではないかと思えるような青年だった。そしてもう1人、手伝わされているのだろうか、店主と同じ髪色をした少年が店先にちょこんと座っていた。
ちなみに、先ほど私に手招きしたのはこの少年である。
「探しているのは人なんですね。ひょっとしてはぐれちゃったとか?」
そして案の定、返答をしたのは少年であった。まだ小さいのにしっかりしていて偉いものである。
「そうなんです。金髪の小さい女の子と、ふらふらした黒髪の青年なんですけど、見かけませんでしたか?」
「ううん、僕は見てませんね。ナダル、見た?」
「んや、悪いが俺も見てないな」
少年も奥にいたナダルと呼ばれた青年も、首を振ってそう答えた。
もしかするとまだ広場の方まで来ていないのだろうか。さっきの路地で私を探している可能性もある。
「そうですか。ありがとうございます」
もう少し別の人たちにも聞いてみよう、そう考えて出店を離れようとしたとき、少年が急に立ち上がって私を引き留めた。
「ねぇ、それ占ってあげますよ」
「え?」
私が呆けていると、少年はどこからか水晶玉を取り出してきて、それをじっと見つめだした。
まさか占いって、クレアとブラッドがどこにいるかを占うってこと?それにしたって水晶玉で占うなんて少なくともこの世界では聞いたことがない。
まぁ、せいぜい子供の良心的なお遊びなのだろう。そう甘く捉えていると、水晶玉の中に煙が広がってきた。それはやがて色を持ち、ぐるぐると水晶玉の中を泳ぎながら形を変えていく。それになんだか、見ていると不思議な感覚がしてくるのはなぜだろうか。
「お嬢さん、手を乗せてくれませんか?」
そう言われ、予想以上の水晶玉の変化に興味が湧いた私は、とりあえず冗談のつもりで水晶玉の上に手を乗せた。一体どういう仕掛けがあるのか、後で聞かせてもらいたいところである。
しかし結果は思っていたのとなんだか違った。
「うん、あっちの方向に行けば会えますよ。最も、今その2人はこっちに向かっているみたいですけど」
少年は水晶玉を見てから私が来た方向へ手を指し示した。
水晶玉は相変わらずカラフルな雲がぐるぐると回っているだけに見えたが、彼の目には違うものでも映っていたのだろうか。とはいえ、こちらに向かっているというのも半信半疑で、やはりきちんと探す必要があるなと思った。
とりあえず探し人の手がかりを一応くれたので、私は少年に向かい直る。
「ありがとうございます。もう少し探してみますね」
けれど次に彼の口から出た言葉は、なんだか意味深な雰囲気を纏っていた。
「あなたからは不思議な何かを感じますね」
「え・・・?」
少年の言った言葉の意味がよく分からず、私は首を傾げる。
別にこれといった特技があるわけでもないし、ファンタジーのように魔法が使えるわけでもない。そもそもこの世界には魔法というものは存在せず、おとぎ話の一環でしかない。
まさか、私には霊感でも備わっているのだろうか。いや、幽霊なんて生まれてこのかた見たことも感じたこともないのだけれど。
私が考えを巡らせていると、奥からやってきた店主が少年の頭を上からぐいっと押し込んだ。おかげで少年は無理矢理頭を下げされられていて、まるで弟子を叱る親方のようだった。
「すみませんね。こいつ、面白いものを見ると首を突っ込みたがる癖があるんで」
「うわっ」
「あ、いえ、お気になさらず」
確か先程この店主らしき青年はナダルと呼ばれていた。2人は少し似ているので、ひょっとして兄弟だろうか。
「もう、僕は首を突っ込むのが好きなんじゃなくて、いつも巻き込まれるだけ!」
「はいはい、わかったよ」
店主のナダルがひょいと腕を退けたので、少年はびしりと背筋を正した。その姿からは、未来のやり手の商人を彷彿とさせる。
「それじゃ、なにかあったらまた僕のところに来てくださいな。微力ながらお助けします。あ、それと」
少年はそこで言葉を句切ると、さっと襟を正してからにこりと笑った。
「僕の本業は占い師じゃなくて宝石商なんです。貴族の素敵なお嬢さん、よろしければおひとついかが?」
「え、そちらの方が店主ではなくて?」
言いながら、私はナダルと呼ばれた青年の方に視線を投げる。
すると少年はがくりと項垂れると、頭に手を当てて嘆くように溜め息をついた。そして悔しげな目で青年を見る。
「違いますよ。僕が店主で、彼は補佐です。あと、僕もう16歳です」
驚いた。12、3歳だと思っていた少年が実は16歳で、なおかつこの装飾品店の店主だとは。なるほど、それで年の割にしっかりしていると思ったのだ。
「それは大変失礼致しました。あの、それとせっかくですが、すみません、今は連れを探す方が先なので」
私は謝ると、少年もとい店主はにこにこと笑ったままで首を振った。
「やだなぁ、商人たるもの、いついかなるときも宣伝をするものですから、そんなに深く受け止めなくて構いませんよ。あなたが人を探しているのは分かってますから」
言われてみればそうである。クレアとブラッドを探している最中に声を掛けられて占いまでされたのだから。
あ、でも、と少年は言った。
「宝石商リュクの名はお持ち帰りください。貴族向けのジュエリーをご入り用の際はぜひ、当店へどうぞ!」
自信満々にそう言ってのけた彼は、リュクというらしい。装飾品の方面に明るくない私は当然知らないが、ひょっとしたら有名なのかもしれない。あとでクレアに聞いてみようと思い、私はその名を記憶に刻んだ。
「ええ、ありがとうございます。それでは私はこれで」
「お気をつけて!」
女性客が数人やってきたため補佐の青年はそちらの対応に向かったが、店主のリュクはぺこりと綺麗なお辞儀をして私を見送ってくれた。なるほど、貴族向けに商売をするだけのことはあるらしい、その動作にぎこちなさはなかった。
私はとりあえず2人とはぐれた広場へ戻ることにして、出店の界隈から離れる。
「一応彼の言う通りなら、来た道を戻ればいいのよね」
迷った際には来た道を戻れとはよく言う。現状迷っているわけではないが、確かに一度戻ってみるのはアリだと思えた。
そして港の広場から出ようというところで、私は見慣れたふわふわのブロンドヘアを見つけた。
「クレア」
またはぐれてしまってはかなわないと思い、私は呼び止めた上でクレアの肩に手を伸ばそうとした。
すると私が触れるより先に振り向いて気づいたクレアが、ものすごい速さでこちらへと飛び込んで来る。
「フィオナちゃん!」
ぼすっ。というなかなか良い音を立ててクレアは私の懐へ収まった。
が、受け止めきれなくて、私は後ろによろけてしまう。
「っと、危ない」
今度は私が誰かに受け止められてしまった。振り返れば、そこにいたのはブラッドである。
端から見れば、クレアを抱いた私がブラッドに抱かれる、という面白い構図の完成だ。
「あら、起きたのね、ありがとう」
「最初に出るのがそれなの?」
「もうっ、フィオナちゃん勝手にどこかに行っちゃうんだから!心配したんだよ!」
顔を上げたクレアに怒られてしまった。涙目になりながら怒るという大変器用なことをしているせいで、正直可愛いという感想しか出ない。
私はクレアの頬を撫でながら、2人に謝る。
「ごめんなさい。でもこの通り無事だから許して?」
「やだ、許さない」
「僕も同感」
「えぇぇ・・・」
どうやら2人は許してくれないらしい。道の端とはいえ、前後から思いっきり抱き締められてしまって少々息苦しかった。クレアは下を向いてしまったし、ブラッドも私の肩に顔を埋めている。
何でしょう、これは。
「あまり心配させないでよ。何かあったらどうしようって、心臓止まるかと思った」
・・・正直、寝ぼけ眼だったブラッドに言われても説得力がない。とはいえ、2人のこんな姿を見るのは珍しいので、よほど心配を掛けてしまったのだろうということはひしひしと伝わった。
「次からは絶対に僕の手を離さないで。起きないのなら、叩き起こしてくれても構わないから」
「ブラッドさんはどっちでもいいけど、私から絶対に離れないでね、フィオナちゃん」
これは、出店で油を売っていたことは話さない方が良いかもしれない、と私は思った。なんだか2人に呆れられてしまう図が頭に浮かんだのだ。
「ええと、次からははぐれないように気をつけるし、何かあったらちゃんと助けを呼ぶわ」
そう言うと2人はまだ何か訴えていたが、私はクレアの手を握って、パレードを見に行きましょうと無理矢理話を変えた。
「あれ、ていうかそもそも、ブラッドさんが寝ぼけていたのが原因じゃない?ちゃんとフィオナちゃんと手繋いでおかないから」
「え、ごめん・・・?」
「まあまあ、なんでもいいじゃない」
ブラッドが朝に弱いのは今に始まったことではないし、おそらく彼のせいでもない。たぶん。きっと。
何事もなかったことに感謝して、建国記念日を満喫しようではないか。
しかし私はふと、引っかかった。
そういえばあの宝石商の少年は私に向かって貴族向けの、と言った。だが、いつ私が貴族階級の人間だと言っただろうか。
いやまぁ、貴族相手に商売をするのなら、万に一つ、私のことを知っていたのかもしれない。それはそれで侮れないなとは思ったが、今の私の格好からはおよそ貴族だと思われそうにはないので、末恐ろしい少年だなと思った。
おそらく知っていたのだと結論付けて、あまり気にしないことにした。なんだか不思議な人だったなぁ、というくらいで。
ちなみにその後、いつかのエレーナが身に着けていた蝶の髪飾りが実は宝石商リュクの店であつらえた品であったことを知るのは、また別のお話。




