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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第五章 ~ がしゃどくろ
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第5話 骨になっても恨み忘れじ




「──副知事」


 とある県庁の一角に用意された執務室。

 そこに幽谷響(やまびこ)は物音ひとつさせず忍び込んだ。


 時刻はそろそろ午前四時を回る。照明の落ちた暗い部屋には誰もいないと思われたが、黒檀で造られた大きな執務机には初老の男性が座っていた。


 相撲取りのように恰幅の良い六十代ほどの男性。

 布袋(ほてい)のように膨れた顔は憔悴(しょうすい)しきっている。


「──弓田(ゆだ)充三(じゅうぞう)副知事」


 幽谷響の二度目の呼び掛けにより、弓田と呼ばれた男は我に返った。


「……おおっ! 君かね、幽谷響君。驚かさないでくれたまえ……」

「失礼いたしやした。しかし、こんな夜分までお仕事とは……副知事というのも大変でございやすね」


 弓田は何も言わない。どう見ても仕事をしていた風ではない。


 恐らく幽谷響の報告を待ち侘びていたのだろう。

 彼の来訪を安堵で迎え入れていた。


「そんなことはどうでもいい……で、首尾はどうなったかね?」


「へい、夜な夜な軽張村を襲っていた大化生(だいけしょう)『がしゃどくろ』でしたら退治してきやしたぜ。こちらが証拠にございやす」


 幽谷響は懐からデジカメを副知事へと放り投げた。


 デジカメの中にはがしゃどくろ退治の映像が収められている。


 もどかしそうにデジカメを操作して弓田は映像を確認する。


 脂汗をたっぷりと流して、何度も何度も映像を食い入るように見ている。

 やがて大きく溜息を吐くと肩の荷が下りたように笑い出した。


「ハ、ハハハ……確かに確認させてもらった。いや、ご苦労だったね」

 デジカメを机に起きながら弓田は雄弁に喋り始めた。


「あの軽張村は私の生まれ故郷でね。正しくはダムの底に沈んだ元・軽張村がそうなのだが、あそこの村の人々は同郷なのだよ。その第二の故郷とも言うべき軽張村があんな訳のわからんバケモノに襲われていると聞いて、居ても立ってもいられなくなってね。そこでツテを頼り、このような現象をまるで無かったかのように収めてくれるという君に依頼したのだが……」


「──本当にそれだけでございやすか?」


 贅肉を振るわせる弓田の言葉、それを幽谷響の鋭利な一言が断ち切った。


「貴方様は拙僧にあのバケモノを『巨大なバケモノ』と仰いやしたね? しかし、襲われた村人たちに聞いたらこうも仰っておりやした」


 巨大な骸骨──大きな骨が襲ってきた。


「いくら夜目だろうとあれが骨ってのは一目でわかりやす。しかし、貴方様はその証言を拙僧に教えようとはしなかった。頑ななまでに巨大な骸骨という目撃情報を話そうとはしなかった」


 鷹が野鼠を狙うような視線、幽谷響の眼が弓田の心臓を射抜く。


「あれが骨だと決してお認めにならなかった……何故でございやすか?」


「そ、それは……」


 幽谷響は耳元まで裂けるように口の端を釣り上げて笑った。


「置き去りにした骨を連想されたからではございやせんか?」


 椅子から転げ落ちかけた弓田は、雨に打たれたかのように脂汗まみれだ。


「弓田副知事、貴方様は元・軽張村のご出身だ。いや、それだけじゃない。元・軽張村の村長でもあった。しかし、野心に満ちた貴方様はあんな片田舎の村長では満足できなかった」


 そこに大きなチャンスが訪れる──ダム建設が持ち上がったのだ。


「この話に貴方様は飛び付いた。これでお偉方に協力して取り計らえば、片田舎から脱出する好機だ。それだけじゃありやせん。あちこちの権力者にパイプもできるし、土建連中からの袖の下も半端じゃねえ」


 実際、かなりの利権が絡んでいたようだ。

 だから弓田は、ダム建設に支障が起きぬよう東奔西走した。


 よくわからない村の連中には上手いことを吹き込み、わずかながらの反対意見を持つ連中は(なだ)(すか)した。


 遮二無二(しゃにむに)に頑張った結果、村人の全員から了承を取り付けた。


「しかし、貴方様は大事なことを忘れていた──地の底に眠る住人たちをおざなりにしちまってたんでさ」


 村の片隅にある凱恩寺(がいおんじ)──そこの墓所に眠る先祖たちの遺骨。


 村人たちの説得にかまけてばかりで、その遺骨を別の墓所に移転する計画をすっかり忘れていたのだ。墓所の処置に関しては村人たちの懸念のひとつだったが、弓田はそれを適当に受け答えしていた。


『──大丈夫、ご先祖様たちはわしが新しい墓地に移しておく』


 そんな都合の良い法螺(ほら)を吹いて、なんの対策も講じていなかったのだ。


「ダム建設の美味い汁を吸おうと必死だった貴方様はすっかり忘れていた。だが、村人の転居が始まった頃、凱恩寺の住職である凱念(がいねん)和尚に呼び出された」


 弓田は和尚にも上手いことを言っていたのだが、ここに来て何も行動が起こされないのを和尚が不審に思い、弓田を呼び出したのだ。


 そして、問い詰められた弓田は全てを暴露してしまった。


 凱念和尚は剃髪した頭から湯気が立ち上るほど激怒したという。


「そこで素直に謝ってりゃいいものを、貴方様は凱念和尚にこう持ち掛けた。『わしが偉くなったら慰霊碑でも立てて供養するから骨はこのまま捨てていこう。わしと口裏を合わせてくれ』と……」


 弓田の提案は和尚の怒りを煽っただけだった。


「怒った凱念和尚は仔細を村人たちに話すと言い出した。そんなことをされて反対意見でも蒸し返されたら溜まったもんじゃない。ダム建設はもう計画に着手している頃でございやすからね。そこで貴方様は……」


「──で、出鱈目(デタラメ)だっ!」


 弓田は脂肪を積み上げた巨体を揺らして立ち上がった。

 幽谷響を指して吠える。


「な、何を根拠にわしを(おと)めるようなことを言うのだ!? な、なんの証拠があってわしが罪を犯したような言い方をするのだ! わ、わしが……ま、まるで凱念のジジイを殺したとでも…………っ!!」


「……語るに落ちるとはこのことでございやすね」


 溶岩が湧くような含み笑いで幽谷響は詰め寄っていく。


「そう、貴方様は凱念和尚に手をかけた。明らかな殺意を持って襲いかかり、傍にあった重い仏具で殴りつけ、そのまま滅多打ちにして……そうやって凱念和尚を殺しやがった」


 その後、弓田は取り憑かれたように事後処理を始めた。


 まず凱念和尚の遺体を墓所の外れに埋めると、村人には『和尚は遺骨を預かって宗派の本山に帰った。あちらで供養してくれる』と言い触らした。


 そして、凱念和尚の属する宗派の本山に赴き、凱念和尚の代理人を騙って諸々の手続きを済ませ、今後何かあったら自分に一報を寄越すように伝えておいた。


 肝心の凱念和尚については、方々に『修行の旅に出た』なんてとんでもない嘘を吐いていたのだ。


「調べてみて驚きやした……なんとも杜撰(ずさん)な後始末でございやしたね」


 幽谷響が独自の情報網を駆使して調べ上げたらしい。


 しかし──全ての時勢が弓田に味方した。


「村人たちは自分たちの転居で大忙し、その宗派の本山も『ある問題』のせいで片田舎の僧侶の事後処理にかまけている暇などなかった……おかげで貴方様のばらまいた偽情報が上手い具合に機能した。村人の間では凱念和尚は遺骨を持って本山に戻ったことになってるし、本山では凱念和尚は旅立ったことになっている。しかもそのパイプ役を担っていたのが貴方様ときた」


 どうにでも誤魔化せるし、どんな嘘でも(まか)り通せたのだ。


 幽谷響は錫杖を鳴り響かせ、その切っ先で弓田をビタリと指し示した。


「その後、上手いこと立ち回った貴方様はとんとん拍子に出世して、今やこの県の副知事……しかし、忘れてもらっちゃ困りやすぜ。貴方様の足下には一人の死者と無数の祖霊が(わだかま)っていることを……」


「で、出鱈目だデタラメだぁ!! そんなもん嘘八百だ!!」


 弓田はたるんだ両腕を振り回して立ち上がった。

 みっともないくらい幼稚な抗議をする。


「そんな巫山戯(ふざけ)た与太話があるものか! わしが……副知事のこのわしが何をしたというのだ!? そんな嘘話を騙ってわしにたかろうという魂胆か!? 目的は何だ! 金か!?」


「やれやれ、金に眼の(くら)んだのはどっちだか……拙僧はね、御本人から色々と聞いてきたんでやすよ」


 こちらの凱念和尚(・・・・・・・・)からね、と幽谷響は背後へ顎をしゃくる。

 そこには幽谷響の幻術で隠れていたが、最初から信一郎が控えていた。


 その手にはひとつの髑髏(どくろ)──凱念和尚の成れの果てである。


 あのがしゃどくろの頭部から信一郎が取り出したのだ。


 巨大な身体は崩れかけていたし、人間の脳であの巨体を動かすのには無理があったのだろう。もう長くは保たない状態だった。


 それでもがしゃどくろ──凱念和尚の最後の思いを聞き入れ、こうして生き存えさせている。


 生命を操る『木魂』の能力あってこその離れ業だ。


「ひっ……そ、その女は誰だっ!? そ、その手にある骨は…………っ!?」


「こちらの美女のことはよろしい──それよりも久々の御対面だ。挨拶ぐらいしたらどうでございやすか?」


 弓田が何か言うよりも先に、信一郎の腕の中で凱念和尚が顎を開いた。


 ──ゆぅぅ……だぁぁぁ…………ゆううぅぅぅ……だあああああああっ!


 がしゃどくろの時よりも鮮烈に胸を打つ、哀惜に満ちた慟哭。

 それを聞いた瞬間、弓田はその場に腰を抜かした。


「ひぃぃぃいいっ!! そ、その声ぇ……凱念のジジイぃぃぃぃっ!?」


 怨嗟の声は室内に鳴り響き、あらゆるものを揺り動かす。


「あの時、貴方様は凱念和尚を殺した。だが、和尚は死んでいなかった……地の底に埋められた後、息を吹き返したそうでございやす。しかし、延髄をやられたせいで全身不随になって動けなかったそうでさ」


 そんな状態の凱念和尚は怒りと憎しみの虜となった。


 果てしない怨念が理性も狂気も打ち崩し、極限を超えた結果──。

 彼は外道となってしまったのだ。


「そして、25年の歳月を水底で過ごした凱念和尚は、あの『がしゃどくろ』となって戻ってきやした。それは新しい軽張村を襲うためじゃござんせん……弓田充三、あんたを捜してたんでございやすよ」


 家を丁寧に壊していたのも、弓田が隠れていないかを確かめていたのだ。


「道から堕ちる果てには魔道……」

 錫杖が無常を唱えるように鳴り響く。


「道から外れる果てには外道……」

 数珠が無情を訴えるように擦り鳴る。


「望み求めて欲せども、いずれ道も尽き果てる……残るは虚しい足跡ばかり」

 幽谷響は手にした鈴を響かせると、弓田の悪辣な所行を罵倒した。


「現世の欲に溺れ、薄汚れた肉で膨れ、温々と偉そうに踏ん反り返ってる貴方様に、凱念和尚は一言物申してやりたいと仰るので、こうしてお連れした次第でございやす。おっと、忘れるところでございやした。貴方様に物申したいのは、凱念和尚だけじゃございやせんぜ?」


 幽谷響の錫杖が、数珠が、鈴が、異次元の不協和音の掻き鳴らす。


「拙僧の名は幽谷響──三途の川で血肉を洗い流された髑髏の哀哭を聞き、火途(かず)血途(けつず)刀途(とず)の三悪道を渡って奏でることを生業(なりわい)とする魔性にございやす」


 濡れた陶器を擦れ合わせるような音が響いてくる。


 弓田の影に波紋が起き、水面から浮き上がるように骨の指が現れた。


 それは骨の手、骨の腕と続き、やがて骨の全身が現れると弓田に背負われるように絡み付いた。ただし、1本や2本ではない。


 何十という骨の腕が伸びてきたのだ。


「さあ、耳を傾けなせえ──貴方様が水底に捨ててきた骨たちの声なき怨嗟を!」


 ──ゆうううぅぅ……だあああああああああああぁぁぁ!!


 凱念和尚の号令が次々と骨を招き寄せ、現れた骨たちは弓田にしがみついた。


 群がる骨の亡者──弓田が軽張村に捨ててきた遺骨。

 骨たちはカタカタと顎を動かし、黄ばんだ歯をカチカチと打ち鳴らしている。


 言葉にならない恨み言を吐く骨たちは、弓田の身体を持ち上げた。


 無数の骨によって羽交い締めにされた弓田は太い首をさらしている。


 ──ゆうううううだあああああああああああああああっ!!


 突如、凱念和尚の頭蓋骨が信一郎の腕の中から飛び出した。

 飛び跳ねた髑髏は大きく口を開け、弓田の首へ深々と歯を突き立てる。


「ぎゃあああああっ! ゆ、許してくれぇぇえええぇぇぇ…………」


 弓田は絶叫を上げて痙攣すると、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


 怪談のラストシーンのような光景に信一郎は固唾を呑む。


 ピシリ──と亀裂の走る音がした。


 弓田の首に噛みついた凱念和尚の頭蓋骨がひび割れたのだ。

 亀裂が走ると同時に崩壊し、凱念和尚の髑髏は跡形もなく崩れ去った。


 恨みを晴らせたのか、それとも限界を迎えたのか──それはわからない。


 ただ、幽谷響は数珠を鳴らして念仏を唱えている。


「凱念和尚、これが貴方様の道の果て──見届けさせて頂きやした」

 踏み外した道であろうと、彼は最後まで歩き終えた。




 凱念和尚に敬意を払うように、弔いの音色が捧げられる。




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