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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第四章 ~ びしゃがつく
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終章 ありったけの花束を




「──ある所轄(しょかつ)にストーカー狂言をしてる女の子がいる」


 すると、同じ所轄でさる資産家のドラ息子も行方を眩ましていた。


「当初『方相氏(ほうそうし)』は関連付けせずに調査を始めたらしいんでさ」


 雑居ビルの屋上、幽谷響(やまびこ)欄干(らんかん)に腰をかけていた。

 風に吹かれて今にも落ちそうだが、平気で下界を眺めている。


「それで恭子嬢を調べたらどうにもこうにも様子がおかしい。試しに本人に聞いてみればストーカー被害なんて出してないと言う。今度は行方不明のドラ息子を調べれば失踪する前に女に惚れたと吹聴してから行方知れず……それゆえ『方相氏』は訝しんだ」


「……そして君に厄介事を持ち掛けてきたわけだ」

 信一郎も欄干にもたれ掛かり、気怠そうに階下を眺めていた。


 抜けるような青空、風も心地よい午後。

 ビルの下は商店街があり、向かいのビルには一軒の花屋がある。


 その花屋に──後塚(うしろづか)恭子(きょうこ)の姿があった。


 商品である花や植木の手入れに余念がない。それは商品としてはではなく、一個の生命へ愛情を注ぐように接していた。甲斐甲斐しいくらいである。


「案の定、ドラ息子の水島亮司が惚れた相手はストーカー狂言をしていた恭子嬢。こりゃあ一悶着あったに違いないと『方相氏』は無能ながらにそう読んだ」


「……そして、あの始末か」

「納得して頂けたようでございやすね」


 不思議の国のアリスに登場するチェシャキャット。

 あれとよく似たいやらしい笑みを幽谷響は浮かべていた。


 眺めていて気持ちいい笑顔でもない。信一郎は恭子へと視線を戻した。

 もう水音に脅える恐怖症は感じていないようだ。


「恭子ちゃんはもう大丈夫だろうね?」


 真剣に尋ねる信一郎だが、幽谷響は大したことなさそうに答えた。


「問題ございやせん。彼女には今回の事件に関する一切合切を『悪い夢』と認識していただききやした。たまさか悪夢にうなされることはありやしょうが、じきに忘れちまいやすよ」


 一般人は丁寧に扱う──それが幽谷響なりの流儀だ。

 恭子と接触を念入りにしていたのも、その流儀からだったのだろう。


「そうか……それならいいよ」

 信一郎はそっと安堵の溜息をついた。

 その時、街角の風景に馴染まない影が歩いているのを見付けた。


「あ……あれ?」

 我ながら間抜けな声を上げるが、信一郎は驚かざるを得なかった。


~~~~~~~~~~~~


 後塚恭子は「いらっしゃいませ」と最後まで言えなかった。


 来訪したお客を見た途端、引きつけを起こしそうになったからだ。


 おおよそ花屋に相応しくない人種だった。

 体格は格闘家以上、着こなすファッションは漆黒のブラックスーツ、羽織るのは鎧のようなロングコート。

 精悍な面構えには頬に刀傷のアクセントが付いている。


 最初は狼狽した恭子だが、男の眼に何かを思い出しそうになった。


 だが──思い出せるはずもない。


 呆気に取られていると、男の方からアクションがあった。


「お姉さん、これで綺麗な花をありったけ包んでくれ」

 男は気の良い笑顔で微笑み、恭子に10万円を差し出してきた。


 恭子は気の抜けた声で「はあ」としか答えられず、男から差し出された10万円をおずおずと受け取ることしかできなかった。

 男は気にせず照れ臭そうに喋り出す。


「どうもこういうのは男の感性じゃ駄目だな。こう、女が受け取って喜びそうな、可愛らしい花をたんと包んでくれ。それで足りなきゃ上乗せしてもいい。全部お姉さんの感性に任せるよ──頼めるかい?」


 剛気な言葉遣いだが、その振る舞いは初恋をした少年のようだ。

 そのギャップに恭子は噴き出しそうになるも、親近感を覚えてしまった。


「は……はい、わかりました! 任せてください!」

 元気よく答えると、恭子は大きな花束を包む準備を始めた。


「アタシ、こう見えてもフラワーデザイナー目指してるんです。腕によりを掛けて包まさせて頂きます。どうぞ大船に乗ったつもりでいてください」


「そいつぁ頼もしい。いっちょお願いするぜ」

 ぶっきらぼうだが優しげな声だ。


 なんとなく聞き覚えがある気もするのだが──きっと気のせいだろう。


「あの、これ……恋人の方へのプレゼントですか?」

 好奇心から尋ねてみると、男は快活に笑って手を振った。


「ハハハ、残念ながら星の数ほどいる彼女よりも女房と娘を大事にしなくちゃいけねえ身なんでね。そっちへのお土産みてえなもんさ。まあ、他にも色々あってここで買わせてもらおうと思ったんだよ」


 男は照れ臭そうに鼻下を人差し指で擦る。そして、寂しげに呟いた。




「今の俺には──それが精一杯だからな」




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