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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第三章 ~ 樹木子
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終章 樹木信仰




 夏の夜空──そこに桜吹雪が舞い踊った。


 信一郎が『木魂(こだま)』の力で自然の摂理をねじ曲げ、葬られた者のために無理やり咲かせた弔いの華だ。

 豪華絢爛に咲き乱れても、今宵限りで後腐れなく散ってしまう。


 そして──散った命は決して元に戻せない。


 いくら『木魂』が生命を操作しても、こればかりは自然が許さない。


 命を別の形へと変え、生を死へと加速させられても、死を生へと復元するのはできない。それは大自然にのみ許された、輪廻の御業だからである。


 桜の下──信一郎は両膝を屈して項垂れたまま動かない。


 何も言わず、何も聞かず、呆然としていた。

 幽谷響(やまびこ)も触れず、訊かずに徹している。


 そこへ涼しげな風が吹いて、信一郎の髪を凪いだ。


「ああ……そうか……」


 揺らぐ風に押されて、微かな言葉が信一郎の唇から零れ落ちた。

 気怠そうに首を持ち上げ、咲き誇る満開の桜を見上げた。


 この花弁は多くの命によって育まれた、新たに生まれた命の象徴。


 無垢(むく)なる魂も、(けが)れた魂も──純化された証でもある。


 降り注ぐ桜吹雪の中で、信一郎はじっくりと呟いた。


「人々が木を信仰したのは……滅びた命を受け入れて、そこから命を還り咲かせる……善きも悪しきも区分せず、(あまね)く全てを受け入れる……」


 ──とても偉大な存在だったからだ。


 束の間を生きて死に、大地へと還る生命。

 その大地に眠る生命を受け入れ、新たな生命を育むものこそが樹木。


 天と地を結ぶ柱であり、命に欠かせぬ息吹を生み、生命の果実を実らせる。


 傷付けられても文句を言わず、倒されても怨みを抱かず、刻まれても悲鳴を上げず、雄大な沈黙を守り通し、生命を支える柱として世界に在り続ける。


 彼等は罪を問わず、悪を問わず──在るがままに受け入れる。


 だからこそ偉大であり、信仰されるべき対象として認められたのだ。


 眼下に盛られた小さな土塊(つちくれ)

 信一郎はそれを両手で愛おしむように掬った。


樹木子(じゅぼっこ)なんて……くだらない妄想だよ……」


 両手に掬った土が、指の隙間から零れていく。


「木は分け隔てなく命を受け入れる……それを疑う人間の卑屈で矮小な心こそが、樹木子を育んだ土壌なんだ……はは、なんて酷い話なんだろうね……」


 物言わぬ土へ語り掛けるように、信一郎は呟いていた。


「だから、大丈夫……君たちの命は……必ず『常世』に還れるから……」


 土にまみれた信一郎の掌には何も残らない。


 その手に桜の花弁が舞い落ちて、その上に涙が滴り落ちる。


 信一郎は握り締めた両手を額に押し当て、そのまま両肘も地面に着けると、この手で屠った者へ許しを請うように(むせ)び泣いた。


 啜り泣く声は、次第に大きな泣き声へと変わっていく。


 幽谷響は網代笠(あじろがさ)を深く被り、懐から鈴を取り出した。


 ──寂しく鈴が鳴る。


 救われぬ死者への手向けとして、安寧を誘う鎮魂の音が響いた。




「諸行無常──でございやす」




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