第九話「私のヒーロー(私と彼)」
私には幼馴染がいる。彼は私が困っているときに現れて、私に手を差し出してくれる。とってもかっこいい私だけのヒーローだった。
あの時もそうだった。
私は当時、自身に友達がいないことを母に言えず、友達がいると装いいつも公園を訪れていた。当然私なんかと誰も遊んではくれず、一人寂しくブランコの座り、前へ後ろへとブランコを力なく漕いでいた。
その時、どこからか知らないが小さな石つぶてが私に投げられた。最初は小さくて私に辿り着かなかったが、次第に大きな石になり私の元へたどりついた。その時になって、私は投げられた方向を見た。
少年達が私を見て、意地悪くにたぁと笑っている。大きいのと小さいのと少し大きい三人が何か私に汚い言葉を吐いた。なんだったっけ。おそらく「獣交り」「お前なんかここで遊ぶんじゃねぇ」「ここに居場所はねぇんだ、向こう行け」と言ったことだろう。
いつだってそうだ。私はこういったことに言われ慣れている。でも、当時の私はそうじゃない。何もかもが恐ろしかった。石が投げられ、私に向かうものも。だんだん大きくなる罵詈雑言と石という暴力、それに少年たちの手も。ブランコから引き釣り下ろされて、髪を掴まれて、何を言っても許してもらえない。
こんな恐ろしいことがこの世にあるなんて、と思い体を縮こまらせた。周囲の子供は私がひどい扱いを受けているのにも関わらず、それが当然と振舞っていた。大半は私がいじめられている姿を見て、笑っている人の方が多かった。公園で遊ぶ子どもを見ている大人も来ていたのに誰も止めない。
私が『獣交り』というもので獣になれるから、汚い醜い卑しい存在だから、こういう行為がまかり通っている。
私はひたすら怖かった。
この状況から逃げ出したくって。
気づけば牙を剥き白髪を靡かせて大きな咆哮をあげ、長く鋭い爪を少年たちに突き立てていた。一瞬だ。私がその気になれば、一瞬でこの姿になる。そして、人を殺す化け物となり理性が効かない状態となり、最後猛獣として処理される。
私はとどまった。そして少年たちののどにつきたてている爪を寸でのところで引っ込めた。
震える少年たちの嫌悪の目を覚えている。これが当たり前の反応だ。私にとってこれほど嫌いな反応はない。どうしたって彼らと一緒になれないと、悟ったのはきっとこの時だ。
親たちが周囲の子ども達を避難させていた。私が悪かった。全て私が間違っていた。公園になんて行かなければよかった。なんでこんなところに来たんだろう。
猛獣として処理されるのが怖くなって、誰とも喋らず向き合わず公園から抜け出した。逃げて逃げて、猛スピードで逃げて、逃げている自分が正しくないのが分かって、逃げているときに涙が溢れだした。
情けなかった。自分がいけないことをしたのに、謝れない私が心底嫌いだった。正しくない自分をずっとずっと心の深いところで傷つけて憎悪した。自分は悪い子だ。この認識はあの時から違わない。
そうして、逃げた先はどこかの木の穴だった。うずくまって、涙でぐしょぐしょになった顔をぬぐった。でも涙は次から次へと流れて仕方がなくって、情けなくって、弱くって、向き合えない自分をまた呪った。
「いた」
誰かの声が降り注いだ。
私は、自身が罰せられるのだと身を凍りつかせた。カチカチに固まってしまった私に彼は、瞳を合わせてくれた。子供にしては大きな体格で、焦げ茶色の髪をした彼。私は彼の家族を幾度となく祭りで見ていたから、すぐに彼がどんな人かを察した。
街で有名な鳥羽家の子だ。
その子が私を大人に突き出して栄誉を得るためにやってきたのだと思った。
私は覚悟した。自分は処分される。家族には迷惑をかけるだろう。母は私を叱って、見離すだろう。父は哀れに思い一思いに首をしめるだろう。兄は私なんか気にせずに生きていくだろう。そうしたいっさいの未来をさっと走馬灯のように頭に浮かべた。
でも、彼はそんなことはしなかった。彼は近くにより私の銀髪を一束手に取った。流れるようなその所作に私は息をのんだ。彼の瞳は輝いている。
「きれいだ」
その一言が私の世界を輝かせた。
その子の大きな体格は怖かったし、有名であるはずのこの子に関わるのも引け目があった。でも、私の大嫌いだった髪の色をとっても大切そうに彼は告げてくれた。
「さっき、公園で見てたんだ。こんなきれいなもの見たことない。おれ、この色、だい好きだ」
私の大嫌いが大好きだと、言ってくれた。
その後、彼は少年たちを襲ったのは事故だと取り計らい、証言し、私だけが悪いのではないことを説明してくれた。彼は私のことを悪いようには見ず、少なくとも同じ次元の人間として扱ってくれた。その後ろ姿はとてもたくましく、私にはない度胸を見せ輝いていた。
彼は私のヒーローだった。
それから私達は、よく遊ぶようになった。いつしか仲間も増えて、今では彼と私ともう一人の子の三人で一緒に学校へ行ったり、放課後にいろいろ喋ったり、気心の知れた仲としてともにいた。
彼の傍にいるだけで私は充分安心できた。いろんな人が私を傷つけ、蔑み、遠巻きにしたにもかかわらず、彼はいつだって一緒にいてくれ、離れはしなかった。
彼は変わらない。変わらずそこにいることが安心する。そうすることで私は獣ではなく人間としていれた。
だから、今日も私は変わらずにいれる。彼が私のヒーローとして変わらずにい続けるために、私も変わらない。いつも通り朝、彼がひとり暮らしをするアパートで集合する。
灰色の黒ずんだ壁に、さび色の鉄梯子が掛けられているように見える。よく見ればその梯子はアパートの二階に通じる階段だった。頼りなくアパートの一階から二階までつなげでいる。梯子から降りてくる彼に私は笑みを作った。
「おはよう、誉」