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刹那に色を  作者: はるの そらと
夏ノ章 小梅
34/50

三十三.砂の城は所詮、砂


「こんにちはー」

「お邪魔します」

「……本当に来たのかよ」

 苦笑を浮かべる悠が出迎えたのは、山崎と川野だった。

「おじさん、相変わらず家にはいないんだ」

「まあ」

 落ち着きなくあたりを見回す山崎。それとは対照的な様子の川野がいるせいか、より際立っている。

「おじさん留守の時に俺たち泊まってもいいのか?」

 申し訳なさそうな顔をした川野に、悠は笑って答えた。

「家にいないのは日中だけで、夜はほとんどいるし。今日はたまたま用があっただけだろ」

 本当は気を使って、悠の無理な頼みを聞いてれたことはわかっていた。今日一晩、小梅を悠の部屋で寝てもらって、悠は奏と、そして普段小梅と良明が使っている部屋を山崎と川野の部屋になる。

「それにしても、急な話だったからびっくりしたわ」

 昨日、突然かかってきた電話を思い出す。

 二人が泊まりに来てくれるのは嬉しいが、何か裏があるのは目に見えていた。多分、見夢のことだろう。

 でなきゃ、高校生にもなって、わざわざ山の中腹にある友人宅に泊まろうとは思わないはずだ。

「ん? ユウ君お友達?」

 居間から顔だけのぞかせた小梅が、見知らぬ人を見て声をかけてきた。

「そう。昨日話しただろ、今日泊りに来るって」

「あー。そうだったね」

 そう言って小梅は玄関までやってきた。

「初めまして。小梅です」

 ぺこりと小梅が頭を下げれば、二人もたどたどしくお辞儀を返した。

 二人には小梅の話はしたことはあっても、こうやって実際に会うのは初めてだ。

「えっと、はじめまして。オレは山崎秀央」

「川野宗一です」

「そっか! じゃあ、ヒデ君にシュウ君だね」

 ぽかんと間抜け面をさらす二人を見て、思わず吹き出してしまった。もちろん、二人には思いっきり睨まれたのだが。

「小梅流コミュニケーションなんだ」

 そう答えれば、いきなり山崎が仰け反った。

 片手で目を隠し、声を上げる姿を見て、小梅は目を丸くしている。

「オレも妹欲しいー!」

 山崎の雄叫びに小梅は笑った。

「ユウ君が友達連れてくるの、初めてなんだけど、思ったよりいい人達みたいでよかった」

 小梅、と目で訴えたが時すでに遅し。

「え、風早友達連れてきたことないの?」

「マジかよ。え、友達いなかったとか?」

「……そういうわけじゃなくて」

 視えることを隠すため、極力人との関わりを避けてきたとは口が裂けても言えない。

 悠は、玄関で騒ぎ始める二人をとりあえず部屋まで案内した。


   ◇


 悠たちが廊下を曲がっていくのを確認してから小梅は玄関を開けた。外に出れば、肌を刺すような日差しが降ってくる。

 蝉がうるさいほど鳴いているが、小梅の耳には入ってこなかった。

 足元をじっと見つめる小梅の目に、小さな蟻が迷子のようにうろついていた。

「……梅ちゃん」

「うるさい」

 木陰に立つ野良が、沈んだ声をかけてきた。

「……いいのかな、本当に。オレたちは――」

「うちに話しかけないで。言っておくけど、まだあんたのこと許したわけじゃないんだから!」

 ――もう、何よ。

 小梅は野良から顔を背けた。

 私が悪いみたいじゃない――。

「……オレは」

「……今更迷う暇なんかないんだから」

 打って変わって弱々しく呟く小梅に、野良は驚きの目を向けた。

「……うちだって」

 今にも泣きそうな声でいう。

「……別の方法があるなら教えて欲しいわよ。このままが一番いいだなんて、思うわけないじゃない」

 座敷童という妖怪は人を幸福にするという。

 もし、それが本当ならその妖怪は神にも近いはずだ。

 ――だって私には、身近な人の幸福さえもわからないのだから。


   ◇


「お前、まだ風邪治んないのかよ」

 普段、良明と小梅が使っている寝室を案内したあと、三人は居間にいた。お茶を入れているとき、咳き込んだ悠に山崎があきれ顔で言う。

「一度病院行ってみたら」

 川野も便乗してきた。

「ただ咳が出るだけだって。そんなに気に掛けることでもないだろうし」

「ただの咳ならいいけどな」

 テーブルに頬杖をつき、掛け時計を見ながら答えた川野に、思わず目を向けた。

 咳にいいも悪いもあるのだろうか。

 悠は、麦茶の容器を置きながら、二人に気づかれないように視線を上へと向けた。

 最近、空間にあるヒビ、つまり「綻び」の数が多くなってきている気がする。ただ、奏の教えてくれた通りに念じれば消えるものだからか、そこまで深刻には捉えていない。

 だが、あの白いリボンのようなものは問題外だ。あれが増えれば、逃げる余地がないのはもちろん、間違いなく殺されるだろう。

「綻び」も「白いリボン」も一体何なのか、悠にはわからない。けど、奏は知っている。――多分。

 奏と一度ゆっくり話をしたいと思っているのだが、そう簡単でもないようで、思い立ってからすでに数日が過ぎている。答えてくれるかもわからないが、人目もあって、なかなか切り出せないでいた。

「ここは街中より涼しいな。こんなクーラーいらずのところに住んでるとか、マジで羨ましいー」

 だらしなく机の上に体を預ける山崎の一言で物思いから覚めた悠は、苦笑を浮かべた。

 今は夏。なのに、悠には梅雨の季節のまま、止まっているようにしか視えていなかった。そう、空さえも。

「だけど、蝉の大合唱がうるさいね」

「……まあ、山の中だから」

 川野の一言で、蝉が鳴いていることを初めて知ったのだった。

 白龍の瀧に行きたいという山崎と川野に対し、悠はゆっくりと頭を左右に振った。

 それでも土下座でもしそうなほど必死に頼み込む二人に、悠は覚悟が揺るぎそうになったものの、心を鬼にした。

「案内してやりたいのは山々なんだけど、そればかりは――無理だ」

 一応ここの主は良明だ。その良明の許可なしに立ち入ることは、悠にはどうしてもできなかった。それに……。

「鎮守の杜の中は迷ったら困るから、一般には立入禁止なんだ」

 そのとき、隣の部屋の襖を開ける音が耳に届いた。

 奏、いたのか?

 意識を向けるが、確かめる術はない。

 それならば、枯れ桜が見たいという川野の一言で、悠は二人を連れ境内にある桜の木まで案内した。

「枯れ桜」と言われてはいるが、一応この神社の御神木。たまに罰が当たるんじゃないかと思うときもある。

「……真夏なのに、葉を一つもつけてないなんて」

 まるでここだけ冬だな、という川野の言葉に悠は何も言い返せなかった。

「まだ、咲くんだろ? この桜」

「そうらしいけど、いつまた花を咲かすのかはわからないらしい」

 咲くか咲かぬか。全ては、この桜の木次第といったところか。

「……咲かねえかな」

 ぽつりと真剣な面持ちで呟いたのは、以外にも山崎だった。

「なんだ、なんだ山崎。お前もこの神秘に魅力を感じたか?」

 そう言って嬉しそうにからむ川野に対して、山崎は何も言わずに小さく頷いた。

「……マジかよ」

 予想外の反応に川野は、驚いたようだ。もちろん、悠もだ。

「俺たちが生きているうちに、桜が咲いてさ、満開になったらこの木の下で、花見をしようぜ」

「花見?」

「そ。花見。楽しそうだろ」

 そう言ってにかっと笑う山崎の顔は、無邪気な少年そのものだった。

「……それは確かに……面白そうだ」

 三人は、真っ裸の木を見上げ、花をその身いっぱいに付けた姿を思い描くのだった。



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