第三章 二人分の食卓
二学期から、僕は手伝いの数を増やした。
増やしたぶん、選び方も変わった。誰も見ていない廊下で千尋の荷物を持つより、職員室の前で持つほうがいい。掃除の分担を代わるなら、担任に聞こえるところで代わる。朝のプリントは、藤崎先生が二年の教室へ回ってくる時間に合わせて配った。
やっていること自体は、同級生にできる範囲の手伝いだ。教室での支援は担任とコーディネーターの先生が組んでいて、僕はその外側にいる。境目を越えないように気をつけていれば、越えないぶんだけ感謝された。
千尋のほうは、手伝われることをいつも受け取ったわけではない。
体育館へ移動する列に僕が並ぼうとすると、彼女は列の反対の端へ移った。ノートを覗き込むと紙を引き上げる。話が長くなると、途中で椅子を引いて立った。立って、廊下の窓のところで時間を過ごし、鐘が鳴ってから戻ってくる。
そういう日は、僕は次の日に手伝いを一つ減らした。減らして、また少しずつ戻した。
十月の終わりに、先生が職員室で線を引いた。
「宮原くん、助かってるけど、やらなくていいことまではやらなくていいからね」
「やらなくていいことって、どれですか」
「たとえば、千尋の給食を運ぶのは、係の子の仕事」
僕は頷いた。頷いてから、用意してきたほうの話をした。
「いとこに似てるんです。母方の、小さい子で。小さいころ、僕がよく面倒を見てて」
「そう」
「両親が別れてから、母方の親戚とは会わなくなって。だから、藤崎さんを見てると、その子を思い出すんです」
先生は湯呑みを持ったまま、しばらく僕を見ていた。
「地理も、好きです」と僕は続けた。「先生の授業の順番が好きで。地形から気候にいくところ」
湯呑みが机に置かれた。先生は笑って、引き出しから地図帳の薄いほうを出して、僕に貸してくれた。
それから、疑うような目つきはしなくなった。
先生は僕にも声をかけるようになった。教室で千尋の机の横にしゃがんだあと、立ち上がりぎわに僕のノートを覗いていく。自習の時間には職員室の隅の机を貸してくれた。千尋のために握ってきたおにぎりが二つあると、そのうち一つは僕の前に置かれた。
学校にいるのに、帰ってきたような時間だった。父の家では、玄関を開けても返ってくる音がない。ここでは、誰かが必ず何かを言った。
*
十一月の初めに、僕は汀丘教員住宅へ呼ばれた。
市が管理している古い住宅が六棟並んでいて、母娘はその一棟を借りていた。木造の平屋だ。玄関を入ると短い廊下があって、突き当たりが居間になっている。廊下から先は、どの部屋も同じ一階にある。
居間の西側に窓がひとつあって、その脇に書架が立っていた。入りきらないぶんは床に積んである。教える側の本、文庫、自閉スペクトラム症についての本。背の高さがそろっていない山が三つ、窓の下に寄せてあった。
床の一角には絵本が並べてある。並べてあるというより、置き場所が決まっている、という置き方だった。僕が鞄を下ろす場所も、二度目からは決まった。
居間の壁ぎわに、古い冷暖房の機械があった。壁の上のほうを配線が這っていて、留め具のところで少したわんでいる。
「ここ、夏は効かないの」と先生が言った。「冬はよく効くんだけど」
配線は窓のほうへ伸びて、書架の裏に入っていた。本の山のひとつは、その窓の下にある。低い日が差して、背表紙の上半分だけが白く焼けていた。
先生が台所へ立つ。僕は湯呑みを運ぼうとして、卓の端に伏せてあるスマートフォンが光るのを見た。画面には千尋の部屋が映っていた。机と、壁と、カーテンの端。人は映っていない。
先生が戻ってきて、それを裏返した。
「音が出ちゃうから」
千尋は居間の隅で、絵本の一冊を膝に載せていた。顔を上げて、廊下の上のほうの機械を一度見て、それからまた下を向いた。見る位置が正確だ。そこに何があるかを、彼女は知っている。
夕飯は三人だった。
卓に皿を並べたのは千尋だ。自分の前と、僕の前と、台所に近いほうの席。台所に近い席には、箸と湯呑みだけを置いて、皿は置かずに待っていた。
味噌汁の具は豆腐と葱だった。千尋は豆腐を先に全部食べ、それから葱を食べ、最後に汁を飲んだ。順番が決まっている。先生はその順番について何も言わず、自分の分を食べていた。
「宮原くん、おかわりある?」
僕は茶碗を出した。出してから、出すのが早すぎたかと思った。
先生が郵便を取りに出て、戻ってきた。玄関で靴が鳴る。その音がしてから、千尋は手を動かし始めた。僕が同じ玄関から入ったときには、顔を上げなかった。
帰りに手洗いを借りて、廊下から二つのドアを見た。
北側が先生の部屋で、東南が千尋の部屋だ。千尋の部屋は南と東に窓があって、どちらにも面格子が入っている。日当たりのいいほうを娘に渡したのだと、先生は言った。
千尋が自分の部屋へ入って、内側からドアを閉めた。
「千尋、鍵はかけないでね」
返事はなかった。返事はないが、かちりという音もしなかった。
*
冬のあいだ、僕は地理をやった。
最初は点のためだった。先生の前で地図帳を開いていれば、話しかける理由になる。等高線の読み方を訊きに行き、扇状地の図を写し、索引の小さすぎる活字を目を近づけて追った。
やっているうちに、面白くなった。これは噓ではない。春に槙瀬市の中学生地図作品展というものがあって、僕は校内の推薦をもらい、出して、入選した。審査をしたのは市の人たちで、先生は関わっていない。
賞状を見せると、先生は両手で持って、端から端まで読んだ。
「宮原くん、飲み込みが早いね」
それから、短い息をついた。息をついた先に、机で鉛筆を転がしている千尋がいた。
僕はその比べられ方が好きだった。比べられるということは、同じ台の上に載せてもらえるということだ。
夕方の職員室で、先生が机に肘をついていることが増えた。
「進路のことを考えると、頭が痛くなる」
「藤崎さんは、細かいところをよく見てますよ」と僕は言った。「返事はしなくても、聞いてます。先生が言ったことは、たぶん残ってます」
先生は僕を見て、ありがとう、と言った。中学生にこんな話をするものじゃないね、とも言った。
残っていると思って言ったわけではない。そう言えば先生の肩が下りると知っていて、言った。
僕は父の話を出した。
汐枝県で包装資材の会社をやっていること。出張が多いこと。小さいころから、人との付き合い方を教えられたこと。金だけ渡して放っている、というふうには言わなかった。離婚の理由も、性格の違いということにした。
「僕の目標は、父みたいになることです」
父が聞いたら茶を吹いただろう。
先生は湯呑みに口をつけて、うちは母ひとりだから、と言った。それから、机の引き出しから写真を一枚出した。
山の斜面の途中に、屋根の半分落ちた家が写っていた。裏に杉が立っていて、手前に細い川がある。奥槙町の折沢という集落で、母方の家だという。
「祖父母が亡くなってから、誰も住んでないの。崩れる前に、どうにかしないと」
僕は写真を長く見た。屋根の穴から空が見えていた。
写真を戻すとき、千尋が横から手を伸ばして、端を指で押さえた。押さえて、しばらく動かさない。行きたい、と先生が訊くと、手を引いた。
家に帰って、父の携帯にかけた。
「父さん、来月の三者面談、来られる?」
「日にちは」
「十二月の、第二土曜」
少し間があった。紙をめくる音がした。
「空けとく」
通話を切って、僕は自分の予定表の十二月のところに、その日を書き入れた。書き入れてから、赤い丸で囲んだ。丸の線が一周して閉じるまで、鉛筆の先を紙から離さなかった。




