第4話「霞が関から来た男」
金曜日の夜。
仕事を終えた西岡恒一は、いつもの居酒屋「さくら」へ向かっていた。
店の前には、見慣れた顔が並んでいる。
「恒一、遅いぞ!」
翔太が手を振る。
「今日は特別や。」
「木田さん来るから。」
その名前を聞いた瞬間、恒一の背筋が少しだけ伸びた。
木田隆史。
地元では知らない者がいないほど有名な先輩。
東京・霞が関で国家公務員として働くエリート。
帰省するたびに男気会へ顔を出し、翔太たちも頭が上がらない存在だった。
「緊張するな……。」
恒一が呟くと、大地が笑う。
「お前、可愛がられてるやん。」
「木田さん、お前のこと気に入ってるし。」
「そうなんかな。」
「そうやって。」
健吾が肩を叩く。
「今日は粗相すんなよ。」
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店へ入ると、奥の座敷だけ異様な静けさだった。
翔太たちが急に姿勢を正す。
入口の引き戸が開く。
ゆっくりと一人の男が入ってきた。
身長は高く、肩幅も広い。
鋭い眼差し。
低い声。
「……久しぶりやな。」
それだけで場の空気が張り詰める。
「木田さん!」
全員が立ち上がった。
恒一も慌てて頭を下げる。
「お、お久しぶりです。」
木田は一人ひとりを見回し、最後に恒一で視線を止めた。
「西岡。」
「はい。」
「少し見ん間に、また太ったな。」
周囲が笑う。
「酒ばっか飲んでますから!」
「毎週です!」
翔太たちが笑う中、木田だけは笑わない。
「酒で身体壊したら終わりや。」
「……はい。」
恒一は小さく返事をした。
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宴会が始まった。
翔太たちは木田に酒を注ぎ、昔話で盛り上がる。
木田は酒を飲みながらも、時折恒一を見ている。
「西岡。」
「はい。」
「仕事はどうや。」
「何とかやってます。」
「正社員か。」
恒一は一瞬言葉に詰まる。
「……いえ、契約です。」
座敷が少し静かになる。
翔太が慌てて笑う。
「恒一は自由人なんですよ!」
「そうそう!」
「縛られるの嫌いやもんな!」
木田は翔太たちを見てから、静かに恒一へ言った。
「資格は取っとるんか。」
「まだです……。」
「勉強しろ。」
「はい。」
短い言葉だった。
しかし恒一には、叱られているようにも、励まされているようにも聞こえた。
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二時間後。
店員が伝票を置く。
翔太が何気なく恒一を見る。
「恒一。」
「今日も悪いな。」
恒一は財布へ手を伸ばす。
その瞬間だった。
木田が低い声で言った。
「待て。」
全員が動きを止める。
「毎回、西岡が払っとるんか。」
翔太が笑顔で答える。
「いや、恒一が男気あるだけです。」
「好きで払ってくれてるんですよ。」
木田は恒一を見る。
「そうなんか。」
突然話を振られた恒一は戸惑う。
「えっと……みんな楽しんでくれるなら。」
数秒の沈黙。
木田はため息をついた。
「今日は俺が払う。」
「えっ!?」
翔太たちが驚く。
「帰省した時くらい、先輩の面子を立てさせろ。」
そう言って木田は会計へ向かった。
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店を出たあと、木田は恒一だけを呼び止めた。
「西岡。」
「はい。」
「今度、時間あるか。」
「ありますけど……。」
「飯でも行くぞ。」
恒一は少し驚いた。
「俺と……ですか。」
「ああ。」
「話がある。」
それだけ言い残し、木田は夜道を歩いていく。
翔太たちはその後ろ姿を見送りながら笑った。
「木田さん、お前のことほんま気に入ってるな。」
「出世したら、お前も東京連れて行ってもらえるんちゃうか?」
恒一は照れくさそうに笑った。
「そんなわけないやろ。」
しかし、夜風の中で木田だけは一度も振り返らなかった。
その背中には、誰にも見せない孤独と、恒一への複雑な感情が静かに隠されていた。




