第1話「男気あるな」
夜八時を過ぎた頃、西岡恒一のスマートフォンが震えた。
『今日、いつもの店な。二十分後集合。』
送り主は「トワイライト斑鳩」のグループLINE。
返信は誰もしない。
返事をしなくても全員が集まることを知っているからだ。
恒一はため息をつきながら、仕事帰りにコンビニへ寄り、ATMで現金を下ろした。
財布の中には一万円札が何枚も並ぶ。
給料日からまだ一週間しか経っていないのに、残高はもう心細い。
「……また減るな。」
そう呟きながらも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
今日も仲間と会える。
その安心感のほうが勝っていた。
アパートの駐車場には、黒いレクサスが停まっている。
見栄を張って残価設定ローンで購入した一台だった。
本当は自分の収入では身の丈に合わない車だ。
それでも納車された日は、グループ全員が口を揃えて言った。
「さすが恒一!」
「男はやっぱレクサスや!」
「あとは彼女だけやな!」
その言葉が嬉しくて、恒一は笑った。
今日もそのレクサスで店へ向かう。
エンジンをかけると、電話が鳴った。
「もしもし?」
『恒一? 俺や翔太。』
グループの中心人物、川本翔太だった。
『悪いけど、明日そのレクサス貸してくれへん?』
「明日?」
『家族で買い物行くねん。軽やと狭くてさ。』
「……ああ、ええよ。」
『助かる! やっぱ恒一は男気あるな!』
電話はすぐ切れた。
恒一は少しだけ考える。
明日は休みだった。
本当は一人でドライブへ行こうと思っていた。
けれど、翔太にも家族がいる。
困っているなら貸すのが当然だ。
「まあ、また今度乗ればええか。」
そう自分に言い聞かせた。
店の駐車場に着くと、すでに数人が集まっていた。
「おっ、来た来た!」
「恒一!」
「今日は頼むで!」
その一言に、恒一は苦笑する。
「何を?」
「何をって、いつものや。」
全員が笑う。
恒一も笑う。
それが当たり前だった。
店へ入ると、生ビールが次々と運ばれてくる。
「乾杯!」
ジョッキがぶつかり合い、大きな笑い声が店中に響く。
「恒一、飲め飲め!」
「男気見せろ!」
煽られるまま、一杯、二杯、三杯。
気付けばテーブルは酒瓶で埋まり、料理も山のように並んでいた。
翔太が後輩に話しかける。
「恒一は昔から男気あるんや。」
「全部面倒見てくれる。」
後輩は尊敬の眼差しで恒一を見る。
「恒一さん、かっこいいっす。」
その言葉に、恒一の胸は少しだけ温かくなった。
自分は必要とされている。
ここには居場所がある。
そう思えた。
二時間後。
店員が伝票をテーブルへ置いた。
誰も伝票を見ない。
誰も財布を出さない。
静かな数秒。
翔太が笑った。
「恒一。」
「今日も頼むわ。」
恒一は何も言わず財布を開いた。
一万円札が何枚も消えていく。
「ごちそうさま!」
「さすが!」
「男気!」
その言葉だけが、恒一の耳に残った。
店を出ると夜風が心地よかった。
酔った仲間たちは楽しそうに歩いていく。
恒一は少し遅れて後ろを歩く。
誰も振り返らない。
そのとき、ポケットのスマートフォンが震えた。
職場の同僚からのメッセージだった。
『西岡さん、日曜日に資格試験の勉強会があるんですが、一緒に参加しませんか?』
恒一は画面を見つめたまま立ち止まる。
その日曜日は――
トワイライト斑鳩の恒例の飲み会だった。
彼は小さく笑い、スマートフォンを閉じた。
「また今度でええか。」
その一言が、自分の人生を少しずつ削っていることに、まだ気づいていなかった。




