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「奪ってみたいな」
「ノアくんを。マリアさんから」
そんな言葉が響いた瞬間。
空気が、止まる。
冗談みたいな声。
でも。
その目は、冗談じゃない。
「……」
言葉が出ない。
出ない、けど。
逃げるのは違う。
そう思った。
「アリスさん」
やっとのことで、声を出す。
「はい?」
変わらない笑顔。
でも、その奥。
じっと、見てくる。
試すみたいに。
「それ」
喉が渇く。
でも、言う。
「無理です」
ぴくり。
ほんの一瞬だけ。
アリスさんの表情が、止まる。
「どうして?」
すぐに、元に戻る。
やわらかい声。
でも、さっきより一歩踏み込んでくる。
「わたしの方が」
「優しくできるかもしれないよ?」
「守れるかもしれないよ?」
一歩、近づく。
逃げ場がなくなる。
「それでも?」
問われる。
試される。
でも。
「それでも、です」
今度は、迷わない。
「俺は」
拳を、ぎゅっと握る。
「マリアさんのとこにいます」
静かに。
でも、はっきり。
言い切る。
「そっか」
アリスさんは、少しだけ目を細めた。
怒ってる?
悲しんでる?
わからない。
「理由、聞いてもいい?」
「はい」
「なんで?」
息を吸う。
正直に、言う。
「好きだからです」
即答。
「助けてもらったから、とか」
「優しいから、とか」
「色々ありますけど」
一瞬、言葉を選ぶ。
でも。
やめる。
飾るのは、違う。
「全部ひっくるめて」
「俺が決めたんで」
顔を上げる。
アリスさんを見る。
「俺が、そこにいたいって思ったからです」
沈黙。
風が、少しだけ揺れる。
「ふふっ」
アリスさんが、笑った。
でも。
さっきまでの軽い笑いじゃない。
「やっぱり」
ぽつり。
「ノアくん、いいね」
「え?」
「そういうとこ」
少しだけ、近づいてくる。
でも、さっきと違う。
押し込む感じじゃない。
確かめるみたいな距離。
「流されそうで」
「ちゃんと、自分で決めるんだね」
「はい」
自覚はない。
でも。
今は、そうした。
「うん」
満足したみたいに頷く。
「じゃあ」
くるりと背を向ける。
窓を閉める。
カチャ、と音。
「今日は、ほんとにここまで」
振り返る。
いつもの笑顔。
でも。
ほんの少しだけ。
寂しそうに見えた。
「でもね、ノアくん」
指を一本、立てる。
「それ」
「ずっと貫けるかな?」
「……」
答えられない。
今は、言えた。
でも。
これからも?
「ふふっ」
「楽しみにしてるね」
ドアへと向かう。
一歩。
また一歩。
そして。
「わたし」
振り返らずに、言う。
「諦め悪いから」
どきっ
「簡単には引かないよ?」
そのまま、出ていく。
扉が閉まる。
――カチャ
静寂。
一人。
残される。
「はぁ」
一気に力が抜ける。
膝が、少し震えてる。
「なんだよあれ」
怖かった。
普通に。
でも。
「無理です、か」
さっき言った言葉。
それを、思い返す。
「俺」
小さく呟く。
「ちゃんと言えたな」
ちょっとだけ。
ほんの少しだけ。
胸の奥が、熱くなる。
でも。
同時に。
「諦めない、か」
アリスさんの言葉。
それが。
妙に、頭に残っていた。




