第14話 お気に入りの服であなたと
「お待たせしました」
玄関で待っていてくれたジニアにペコリと頭を下げる。彼はメラニアの服を見て、目を丸くしていた。
「……その服」
「どこか変、ですか?」
ジニアがボソリと漏らした言葉に首を傾げる。
なにせこの服は死に戻りをする前からのお気に入りで、結婚後も何度か着ている。今まで特に指摘されたことはないが、おかしなところでもあっただろうか。
メラニアはその場でクルリと回る。ひとまず糸くずが付いているとかではなさそうだ。ボタンも全部あるし、首元も閉まっている。
靴や帽子、バッグとの相性も気になって、近くの姿見の前まで移動する。
ジニアと出かけるというのに変な服装では、メラニアが自分を許せない。彼に恥をかかせるわけにはいかないのだ。
だが全身を確認しても、やはり気になる点は見つからない。
「すみません、すぐ着替えてきますので……。もう少しだけ待っていただいてもよろしいでしょうか」
固まるジニアに声をかける。するとハッとした彼がすぐに「変じゃない!」と否定した。いきなり飛び出した大きな声にメラニアだけでなく、周りの使用人も驚いてしまう。
「すまない。だが変ではない、変ではないんだ。ただ、その服に見覚えがあったものだからつい……」
「そうでしたか! この服は城下町のブティックで買った既製品なので、同じ服をどこかで見かけたのかもしれませんね」
貴族なら仕立てるのが一般的。ガルド家でも社交に出る時のドレスは針子に依頼する。ただし自宅で過ごしたり、町に繰り出したりする時は城下町で買った既製品であったり、一度袖を通したドレスをリメイクした物を着ている。エリザとルイと三人だけで会う時もそう。一度だけしか着られないなんて勿体なさ過ぎる。
以前は母に任せきりだったが、メラニアも結婚後は自らドレスをリメイクするようになった。死に戻り後もその技術が衰えることはなく、今では母に並ぶほどの腕前を自負している。今度新しいドレスを着る機会があったら、自分でリメイクするつもりだ。
だがこんな考えの貴族は特殊だ。今のジニアが驚くのも無理はない。
思えばウィルヴェルン家に嫁いですぐの頃も、ドレスを手直ししていたらメイド長が飛んできた。そんなことはしなくていいと必死で止められ、意図を理解するのにしばらくかかった。
といっても理解できた頃にはクローゼットの中のドレスは全てリメイク済みとなり、使用人の誰も止めることはなくなっていたが。懐かしい。
当時のジニアも気を使って指摘しなかっただけで、このワンピースのことを不思議に思っていたのだろうか。
「なるほど。なら、彼女も同じ店で買ったのかもしれないな……」
「ジニア様のお知り合いの方が着ていらしたんですね。この服、可愛いですものね」
メラニアはショーウィンドウに飾られていたこの服を見て、一目で気に入った。
同じ服を買った人なら趣味が合うかもしれない。結婚後に紹介してもらった人の誰かだろうか。今となっては確認できないのが少し寂しい。
服の謎が解けてスッキリしたのだろう。今度はメラニアの足元に視線を向ける。
「ああ、メラニア嬢もよく似合っている。今日は本当に馬車を出さなくていいのか? 私は徒歩でも構わないが、メラニア嬢では少し距離を感じるだろう」
相手が他の令息だったら、ここで馬車を用意させるところ。だが相手はジニア。彼が構わないと言ったらその通りの意味。ただただメラニアを心配してくれているだけなのだ。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが慣れているから大丈夫です。そのためのブーツですから!」
メラニアは右足をちょこっと上げてアピールする。すると彼は小さく頷いた。
「分かった。辛くなったら言ってくれ」
「はい!」
玄関から出て、二人で貴族街を歩く。
横を通るのは馬車ばかりで、メラニア達のように歩いている人はいない。だが案外楽しいものだ。どこの家もそれぞれこだわりの植物を植えており、様々な季節の花を楽しめる。
「この道を歩く機会はなかなかなかったが、こういうのも悪くないな」
結婚後はよく馬に乗って出かけていた。
といっても初めから馬に乗れていたわけではない。嫁いでからしばらくした頃、乗馬に憧れていると話したら、ジニアが付き合ってくれたのだ。
ウィルヴェルン家の馬は大人しい子が多く、すぐに上手く乗れるようになった。少しずつ距離を伸ばしていって、暑くなる少し前には領内の湖にピクニックに行くのが恒例となっていた。
メラニアもジニアも爽やかな風に吹かれながら、緑の香りを感じるのが大好きだった。だからきっとこの風景も気に入ってくれると思っていたのだ。
些細なサプライズが成功した嬉しさで頬が緩む。
「本屋に付き合ってくださると聞いてから、ジニア様と一緒にここを歩いてみたいと思ったんです。気に入ってもらえてよかった」
「ウィルヴェルン領は植物が多くてな、緑が好きなんだ。ところで今日の目当てはどんな本なんだ? 確か、妖精に捧げるための本だったよな?」
「児童書です。妖精とは子供の頃に図書館で何度か会ったことがあるので、その時読んでいたような本がいいかなと思いまして」
当時のことは婚約者であったアルゲルにも話したことがある。だが「馬鹿なことを言うな。妖精など所詮、空想上の生物にすぎない。お前は本ばかり読んでいるから、幻覚でも見たのだろう」と一蹴されてしまった。
今になって思うと、言い方にトゲトゲしさはあるが、彼の言いたいことも理解できる。だが幼い頃から本好きに囲まれて育ったメラニアにとって、読書する行為自体が否定された気分だった。
そこから色々積み重ねた結果が浮気と婚約破棄。
彼の行為は貴族としても、人としても褒められた行為ではなかった。だがメラニアとの関係に限ってだけ言えば「ただただ合わなかった」の一言に尽きる。
罪を償った後は、メラニアの視界に入らない場所でまっとうに生きていてほしいと思う。
他人になった元婚約者を思い出し、遠くを見つめる。
「妖精との思い出は、その……君にとって楽しいものだったか?」
ジニアは言葉を詰まらせながら質問する。
彼も妖精の存在は信じていないのかもしれない。それでもメラニアに寄り添おうとしてくれることが嬉しかった。
「幼い頃の話なので忘れてしまっていることも多いですが、楽しかったです。会えなくなったら寂しさを覚えて、何かあったら彼のおかげだと本とお菓子を用意するくらいに。といっても、先日用意したお菓子は他の子に食べられちゃったんですけどね。また新しく用意しないと……」
「いや、妖精も味わって食べたはずだ。本も、メラニア嬢が選んだものならどんな話でも喜んでもらえる。私が保証する」
「そう、ですかね?」
「ああ」
力強く肯定するジニア。不思議と信ぴょう性がある。
お裾分けしたバターサンドは未来でも好物だったくらいだ。よほど気に入ったのだろう。
また何かの機会に差し入れさせてもらおう。屋敷でお茶会を開いてもいいかもしれない。その時はエリザとルイの分も誘って……。
想像するだけで楽しくなってくる。
なぜか想像の中に王子とフランシスカも一緒にいるが、王子も想像の中でくらいならフランシスカを誘っても許してくれることだろう。




