第12話 拾い物
まるで時が止まったかのよう。
一体何があったのか。メラニアは視線を上げる。
「あなた達。まさか私に相談もなくペットを飼うなんて言いませんよね」
階段の上には母が立っていた。
冷ややかな視線を向けながら、ゆっくりと玄関まで降りてくる。
「えっと、今から相談しようかと思って……」
「屋敷に連れてくる前にちゃんと獣医には診せて、注射と爪切りは済ませてあって」
「そういう問題じゃありません!」
父と兄は必死で言い訳をするも、ピシャリと一喝されてしまう。しゅんっとする二人。先日も見たような光景だ。
「ふむ、お母上は二人よりも上なのだな。しかと覚えたぞ」
一瞬でパワーバランスを理解し、頷くももちゃん。
完全に他人事だ。だがガルド家の一員になるからには、ももちゃんにもその中に加わわってもらわねばならない。
「それからあなた。ももちゃんと言ったかしら? 言葉が話せるならちょうどいいです。クッキーが焼けるまでお話があります」
「キュッ!?」
早速母にロックオンされたようだ。
父兄と一緒に書斎へと連れていかれた。
「えっと、美味しいクッキーを期待しててね」
完全に縮こまる彼らの背中に頑張れとエールを送る。
今のメラニアにできることはクッキー作りだけなのである。
二人と一匹が解放されたのは、クッキーが焼き上がった後のことだった。
門限や爪切りの頻度など、諸々の条件はありつつも、無事にももちゃんもガルド家の一員として認めてもらえたようだ。
丸いバタークッキーを抱えるももちゃんを見守りながら、父との出会いを聞かせてもらう。
なんでも図書館の窓から控え室に入ってきたももちゃんは、妖精のためにお供えてしたバターサンドを食べてしまったのだとか。その現場を父に見つかり、バターサンドを抱えて逃走したところを確保。図書館への飲食物持ち込みを阻止しようとした父に恐れをなし、全力で謝ったことで喋れることがバレてしまったーーという経緯らしい。
まさかバターサンド泥棒だったとは。
頬を膨らませ、クッキーを食べるももちゃんは愛らしい。確かにこんな子に謝られたら許してしまう。悪気もなかったのだろう。
隣に供えていた本が無事だったこともあり、バターサンドの件は父と兄は気にしていないようだ。もちろんメラニアも怒るつもりはない。
「普段はしゃべれることを隠してるの?」
「ただでさえこんなにも愛らしい我が輩が賢いと知られれば、この身を狙う者が現れるやもしれんからな」
おどけたように告げるが、実際見せ物にされかねない。
大して気にしない父と兄がイレギュラーなのだ。ももちゃんはこの家なら安心できると思ってくれたようで、完全にリラックスモードである。早くも五枚目のクッキーに手を伸ばした。
「そういえば、ぬしには渡したいものがあったのだ」
ももちゃんは皿にクッキーを置き、飛膜に手を伸ばす。
脇あたりのスリットに手を入れてガサゴソと漁る。そして小さなアイテムを取り出した。
「指輪?」
「ただの指輪ではないぞ。よく見てみるといい」
メラニアは手に載せてもらった指輪をよく観察する。
少し年季を感じるが、しっかりと手入れされたシンプルなリングだ。台座に入っているはずの宝石はスッポリと抜けている。
ちょうど小さな石が入りそうな……。
まさかと思い、リングの裏を確認する。刻まれていたのは、メラニアがジニアと家族になった日付けであった。
「私の結婚指輪? ももちゃん、一体これをどこで……」
「拾った」
「え、でも」
「我が輩が拾ったと言ったら拾ったのだ!」
「そっか。なら妖精が未来から持ってきてくれたのかな」
エメラルドがなくなっているのは、時間を巻き戻ったことでジニアと家族ではなくなったからか。それでもこの指輪がメラニアの宝物であることは変わらない。
ももちゃんが一体どこかで手に入れたのかは分からないが、見つけてくれたことに感謝する。もらった指輪を両手でしっかりと包み込む。
あとでチェーンを用意してもらって、首から下げよう。
二度と左手に飾ることは許されずとも、肌身離さず持っていたかった。
「指輪を拾ってくれたお礼に、今度ももちゃんの好きなお菓子を作るわ。何か食べたいお菓子はある?」
「ならばサントノーレがいい! 前に観に行った劇で登場したであろう? あの小さき王冠を一度食してみたいと思っていたのだ」
本を読むだけではなく、劇も見に行くとは。なかなか洒落た趣味のあるモモンガだ。
お供え用のバターサンドを食べてしまったのも、何かの本で見て興味があったからかもしれない。妖精の分はまた後日、メラニアセレクトの本を供える際に改めてお供えさせてもらおう。
どうせならももちゃんが希望するサントノーレにしようか。サントノーレなら何回か作ったことがある。
「分かった。劇の名前か、原作のタイトルって覚えてる?」
憧れのお菓子を作るなら見た目も寄せたい。
そう思っての質問だったのだが、ももちゃんはなぜか寂しそうな表情に変わってしまった。大きな目をウルウルとさせながら、スッと俯く。
「内容が分かれば俺達も探すの手伝うぞ?」
「本を探すのも司書の仕事だからな」
父と兄は『本のことなら任せろ』と胸を張る。
だがももちゃんはフルフルと首を振るばかり。
「……記憶違いだったかもしれん。他の物にしてくれ。我が輩にはアレを食べる資格がない」
サントノーレは手間のかかるお菓子だが、食べる資格なんて必要はない。
ももちゃんには何か思うところがあるらしい。
しゅんと落ち込んで、食べかけのクッキーに手を伸ばしたのだった。